京都自由大学 広島

広島は日米韓同盟のネック 小骨
原爆投下の主体性
広島がからめとられ、(政治)利用された。

日米同盟の完成
公園の下には骨が埋まっている
爆心地から100m
広島自体が骨だらけ
黒い雨 二次被爆
はだしのゲン
モルモット サンプル 貴重なデータ
「原爆供養塔」7万の遺骨
1955年 平和祈念公園
廃炉にはできない
滅亡で金もうけしている
冷温停止状態にできない
廃炉神話
原子力規制委員会の水道水データ セシウム
「俺が被爆者だった」
フクシマ以後、ヒロシマ被爆者同士が直結した
>>黒と赤のアディダス<<
被爆者の怒り
遺伝の問題
免疫力がない
「患友会」
2世は認めない
 
台湾に4基ある
迷惑施設 いじめ
→植民主義 国家 資本
怒り通りこして呪いたい
魂の叫び
ゴジラになる
一人一人が戦う
身体=直感
直感は言葉にならない。
凝り固まったしこり。

京都自由大学「この経済政策が民主主義を救う」

松尾匡先生。
失業率が一番大事
実質 名目GDP
雇用者数 非正規
公共事業
ケインズ
大規模な
教育・医療・介護
コービン
>>質問 国債 暴落 消費税0%
タイ、インドネシア、韓国
ドゥームズデー 
完全雇用→戦争
トリクルダウン<<

京都自由大学 発話の位置

田仲康博先生
95年沖縄に戻る
9.11 「コンディション・デルタ」が発令
機動隊、警察が警備
沖縄戦を想起
藤本幸久「one shot one kill」
人格を剥奪していく
稲嶺恵一 仲井眞弘多
米軍→自衛隊
オール沖縄→日の丸
civil nationalism
沖縄を生きる
「脱国家」 島 生き様
みんな非国民になりましょう。
イード 亡命状態を生きる
仲村清司 パトリ
貧困の問題 
放射能汚染地図
ytanaka icu.au.jp

最終回 音楽体験の分析

1.音楽的感動の諸相
1)さまざまな「感動」
スーザン・ボイル
①曲による「感動」
②歌詞による「感動」
③記憶による感動
④ビジュアル(パフォーマンスや映像)による感動
⑤「物語」による感動
⑥<場>による感動
⑦コンテクスト(文脈)による感動 時代 社会情勢
*音楽はトータルな文化体験、音楽は関係性の中で鳴り響く 
2)構造的理解と感動
・音楽の構造=一種の言語
・音楽の構造が理解できなくても「感動」する場合がある
3)法外な音楽体験
三島由紀夫の評論
*既知(知的理解)に回収できる音楽/未知との出会いとしての音楽
ジミ・ヘンドリクス
ギターを燃やす エクスペリエンス ノイズ
 
2.フロー体験
◇ミハイ・チクセントミハイ
1)「楽しさ」の経験に共通の特徴
・「自分が一つの流れである」「流れているような感じ flowing」
・「全人的に行為に没入している時に人が感じる包括的感覚」
2)フロー体験の特徴
①意識集中:没入状態「無心」
②行為(カラダ)と意識(ココロ)の融合
③自我の喪失、環境との融合
④行為と環境のコントロール 自由自在の境地
⑤環境からのフィードバック
⑥楽しい 行為それ自体が目的 中毒の危険性
3)フローの条件
4)フロー体験と自己の成長
・「快楽」は「ホメオスタティックな経験」
・「楽しさ」は新しい経験
 
3.音楽におけるフロー
◆音楽は関係性の中で鳴り響く
 
【資料】ジェニー・ボイド『素顔のミュージシャン』
流れに乗る 自分が大きなものの一部に バンドのグルーヴ 溶ける
スポーツ 野球 サッカー














 

パースペクティブ 最後 バタイユの普遍経済学

復習
作田啓一
・溶解体験
・拡大体験
溶解体験:皮膚の境界線が溶ける
相互浸透 連続性の体験 人の境界線が点線になり、相互浸透する図
波 連続性 生命世界
言語を使って分節化している
リアルなもの 存在している 山の境目 ゴッホのひまわり
拡大体験:「われわれ意識」 他者/敵 自我意識が拡大
ベルグソン
開いた社会 人類 生命 「宗教と道徳のニ源泉」
閉じた社会 家族 コミュニティ 国家 仲間は大切にできる 有用性



>>乗り越えるには人は必ず死ぬという当たり前のことを認識すること<<
作田・井上「命題コレクション社会学
高橋由典「体験選択」気がついたら選んでしまっている 行為論

 
1.バタイユの普遍経済学
1)普遍経済学(『呪われた部分』)
・爆発する宇宙、燃焼する太陽、地表の過剰エネルギー
・太陽の燃焼(内物質の破壊と光の放射)=「太陽の贈与」「太陽の浪費」情熱的な生
・地表エネルギーの過剰→生物:生命維持以上の過剰エネルギーを享受
 →生物の成長の限界(生の沸騰)→「消尽」:エネルギーの無益な消費呪われた部分)、破壊的消費
・「普遍経済学」は、<力>の全体運動をみる視点から、社会と個人における過剰な富とエネルギーの消費形態を分析。「生命の沸騰のなかで表現された過剰エネルギーの運動」を考察
>>近代日本語は頑張ったが完全でない<<
2)純粋贈与とポトラッチ
・1925年頃、バタイユはマルセル・モースを読む(講義に出る?):『呪われた部分』ポトラッチの分析
・「純粋贈与」=純粋喪失=完全な非生産的消費:現実にはありえない
 Cf.デリダ「究極的には、贈与としての贈与は贈与として現れないのでなければならない――贈与するものにも、贈与されるものにも」
 *高橋哲哉デリダの「贈与」論には明らかにジョルジュ・バタイユの影響が色濃いが、彼はすでに67年には画期的なバタイユ論「制限されたエコノミーから一般的エコノミーへ」を公にしていた。そこで追求されている「純粋な消費」は「贈与」以外のなにものでもない」
・贈与制度における浪費や破壊は、純粋贈与(純粋消失)の「演劇」「見世物」「パロディ」
・ポトラッチ:「喪失」の効果から身分の「獲得」をめざす「見えすいた喜劇」
 「喪失」における生の<光輝=栄誉>⇛社会的な「栄誉」や身分の「獲得」へ変容
バタイユ「ポトラッチは奢侈の典型的発現」であり、「現在も奢侈は身分を創り出すポトラッチの機能的価値を保持している」。だが、「本物の奢侈と深遠なポトラッチはかえって貧者の手に、すなわち地面をねぐらにして何者にも目をくれぬ人に帰している。本物の奢侈は富の完全な侮蔑を要求する」
>>俺のこの2年は、ポトラッチ。社会的な「栄誉」や身分の「獲得」。見えすいた喜劇。今年からは純粋喪失(呪われた部分)に向かう。<<
3)イスラームチベット
暴力的エネルギーを外部に振り向ける社会 過剰な富とエネルギーを宗教において消尽する社会
4)資本主義経
ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に言及
 中世の経済:過剰な富を非生産的に消尽 / 資本主義経済:富を蓄積し、生産設備の拡大に使用
・資本主義は「非人称の貪欲さの運動」「あまねく成長するように宿命づけられたマシン」:失う以上のものを獲得するのでなければ投資や消費をしないシステム 損しないようにする
☆隷従した生:永続的に「悲惨」の感情、物質的な豊かさはあっても「貧しさの感情がすべての人を襲う」
5)戦争か、無条件の贈与か
・資本主義システムの成長の限界 → 過剰エネルギーの消尽が不可能 → 破局的消費としての戦争
・「自らのエネルギー・システムをいかなる方法によっても拡張をしえず、その容量を増大することができない国民は、それが生産せずにはすまされない剰余の総体を純粋損失として消費せねばならない」
・戦争を回避する方法:世界的規律で生活水準を向上させること、純粋贈与 *マーシャル・プラン(欧州復興計画)を支持
・「世界のなかには、次のように決断に結ばれた平和のチャンスが残っている。その決断とはあらゆるものに逆らってでも、諸個人の資源を平準化する政策が無条件に価値を持つ、と断定することである」
 
アエラ社会学を学ぶ」
文学の社会学 作田啓一 ドストエフスキー
「文学からしか学べないことがある。なぜなら、アンケート調査や心理学の実験は、日常的思考の覆いをつけたままの応答しか引き出せないからだ。文学は深層の意識にかかわるデータの宝庫である。」
「その探求のために、日常的欲望の底にあるフロイトラカンの欲動の理論を再構成したいと思っている。こうして、生の欲動(エロス)と死の欲動タナトス)が近代の社会をどのように動かしているかが、文学研究を通して明らかになっていくだろう。」
社会意識論 三船久蔵
社会意識 エスノメソドロジー 当たり前の社会学 文化社会学 知識社会学 空気の研究
 
文学からの社会学作田啓一の理論と方法 岡崎宏樹 2015.9.20
デュルケーム 自殺論 ラマルティーヌやシャトーブリアン
「エゴイズム」は「果てしもない夢想に迷い込み」
アノミー」は「果てしもない欲望に迷い込む」
ジンメル 「生と形式」カントとゲーテ
非合理的な感情や行為の理解
合理的に構成された網の目から<漏れ落ちるもの>
非合理だが<リアルなもの>
1.太宰治を参照した羞恥論
2.ルソーとドストエフスキーに依拠した溶解体験
3.犯罪と文学 動機なき殺人 実験型とアノミー
4.戦犯受刑者の遺文研究 所属集団 準拠集団 の枠組みから漏れ落ちる<存在としての自己>
文学作品に表現される 現実界
ポランニー 棲み込み 「暗黙のうちに知ってしまう知の働き」 「個人的な力・働き」
宮台真司の映画批評