マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【読書メモ】大澤聡編集『1990年代論』(河出ブックス 2017年)

目次
死なない九〇年代の歴史化へ――序文にかえて(大澤 聡)

[共同討議]東 浩紀 × 速水健朗 × 大澤 聡  一九九〇年代日本の諸問題

part.A 社会問題編
A-01[社会] 仁平典宏 終わらざる「社会」の選択――「一九九〇年代」の散乱と回帰
A-02[政治] 吉田 徹 「敵対の政治」と「忖度の政治」の源流――獲得された手段、失われた目的
A-03[労働] 阿部真大 安定からやりがいへ――「やりがい搾取」のタネは九〇年代にまかれた
A-04[家族] 水無田気流 「平凡」と「普通」が乖離した時代
A-05[運動] 雨宮処凛 リスカバンギャで右翼な青春
A-06[心理] 松本卓也 「ゼロ年代」の序章としての九〇年代の「心理」
A-07[宗教] 大田俊寛 ニューエイジ思想の幻惑と幻滅――私の精神遍歴
A-08[科学] 水出幸輝 震える、あの頃の夢
A-09[情報] 飯田 豊 インターネット前夜――情報化の〈触媒〉としての都市
A-10[思想] 大澤 聡 のっぺりした肯定性――「喪の時代」前夜の理論たち

[インタビューA]田原総一朗 『朝生』の時代 (聞き手 大澤 聡)

part.B 文化状況編
B-01[アニメ] 石岡良治 一九九〇年代アニメ、複数形の記述で
B-02[映像] 渡邉大輔 「ポスト日本映画」の起源としての九〇年代
B-03[ゲーム] さやわか 排除のゲーム史
B-04[テレビ] 近藤正高 フロンティアとしての深夜帯
B-05[マンガ/女性編] 五所純子 「すべての仕事は売春である」に匹敵する一行を思いつかなかった
B-06[マンガ/男性編] 杉田俊介 それから、私たちは「導なき道」を歩いてきたのか
B-07[アート] 黒瀬陽平 九〇年代アートにとって「情報化」とはなんだったのか
B-08[ファッション] 蘆田裕史 情報化するファッションデザイン
B-09[音楽] 吉田雅史 翻訳から仮装へ――「系」をめぐる九〇年代音楽論
B-10[小説] 江南亜美子 九〇年代に花開いた作家たち

[インタビューB]宮台真司 共通前提が崩壊した時代に (聞き手 大澤 聡)

?90年代特集?ガイド30――メタ1990年代論(大澤 聡)
年表[1989-2000年]
 
 
現在 メタとネタとベタが融解
郊外 TSUTAYA ショッピングモール
ロードサイドのカラオケボックス ケータイ小説
92年 大店法改正 大学のキャンパスの立地 都心→郊外→都心
援助交際 渋谷が象徴だが 実際は町田 柏など
レム・コールハースジェネリック・シティ」
三浦展ファスト風土
>>ぴあの代替 googleぴあ どんな小さなイベントも<<
J-POP ドリカムの破壊力
テレビドラマとのタイアップ
80年代「都会的な憧れ」 90年代はもっと一般的
「クローズ」「BOY」
ドラゴンボール」の前半と後半の変化
渋谷系」ZEST 
河出「90年代J文学マップ」
阿部和重「インディビジュアル・プロジェクション」舞台が渋谷 三茶
岡崎京子東京ガールズブラボー
「フロッケ」椹木野衣 村上隆
ネットが見えなかったコミュニティを可視化するんだけど、実際は90年代前半までのほうが人々はむしろ出会っていた
90年代前半の東京で都市文化が誕生しそうだったが郊外文化というかたちでそれが流産してしまった
「テニスボーイの憂鬱」→「ラブ&ポップ」渋谷の固有名 村上龍版「なんとなくクリスタル」
失われた20年 文化的な固有名も変わっていない 小沢健二 ミスチル 
消費者は実は保守的 同じカレーをいつまでも食べていたい 消費者の欲望に合わせていくなら、じつは改良などせず延々と同じものを提供し続けるのが正しい。
祭りは、毎年同じプログラムで、同じ屋台がやってくるから「安心」なんです。人々が求めているのはそうした反復なんですよ。そこに社会が気づいてしまった。毎日がギャンブルの世界に人々は耐えられない。終わりなき反復。それこそがポストモダン
 
「元々、近代化の中で浮上した「社会的なもの(the social)」の概念には、平等と連帯という規範的意味が刻印されており、福祉国家の思想的基盤となっっていた」
「社会の終焉」テーゼ 意味的な意味と 新自由主義
>>子供を産めるのはいつも勝ち組 僕らは皆勝ち組の子供<<
「社会連帯」がない。「社会人」という用法。「一般社会では通用しない」
1999 労働者派遣法改正 最高所得税率 50→37%
政治 冷戦 中選挙区 派閥
竹下 宇野 海部 宮澤 細川 村山(自社さ) 橋龍
橋本行革 省庁再編 内閣強化
失われた20年 目的がない 政治改革の目的はなにか?
(実は国をグローバル資本に売り渡す目的)
桐野夏生 「OUT」 東村山 深夜の弁当工場
1990入管法 日系人
校内暴力 → 管理教育
98 小林よしのり戦争論」 
「イマーゴ」 「分裂症」→「解離」 「真理」→「生き延び」
80年代 躁 90年代以降 鬱
80年代の日本を満たしていた煌びやかな全能性の感覚、そしてそれが90年代になってポッキリと折れてしまったときの感覚
大田「オウム真理教の精神史 ロマン主義 全体主義 原理主義
第三次宗教ブーム「貧病争」でない満たされなさ。GLA 阿含宗 幸福の科学 オウム真理教
平井「幻魔大戦GLA 霊性進化論
バラモン教 中沢新一チベットモーツアルト
オウム事件 とても他人事ではなかった
「現代の日本社会、あるいは近代の諸制度自体にうまく馴染めず、別種の次元の「正しさ」をナイーブな仕方で追求した人々の末路」
1970 大阪万博「人類の進歩と調和」
地震予知の失敗
万博 原発からの送電 「月の石」
「夢」や「理想」が崩れた
雑誌文化 カウントダウンTV カラオケ
批評家のレイモンド・ウィリアムズは70年代、自動車やテレビが人びとを公的領域に接続させる機能を備えていながら、まるで自閉的な殻のように、人びとを郊外の私的領域に囲い込んでいるという逆説的な事態を見抜き、このことを「モバイルな私生活化」と呼んだ。個室で深夜ラジオ エアコンの効いた車内でカーステレオ 個室化 ウォークマン カラオケボックス
思想 「喪の時代」後ろ向きに進む時代
否定神学的な思想が可能だった。つまり、いつまでも到来するはずのない「革命」なり「最終戦争」なりを反措定することで世界秩序が保たれていた時代
大きな物語の終焉」リオタール
「歴史の終わり」F・フクヤマ
→思想のタコツボ化 島宇宙
「カルスタ」「ポスコロ」
経験論的、実証主義的で大きな視点がない
「アイロニカルな(資本主義、市場主義)の肯定」→「のっぺりとした肯定」
82「反核アピール」新しい書き手たちはことごとく署名を拒否
→91「文学者の(湾岸戦争反戦表明」
仲正昌樹ポストモダン左旋回」 東・宮台らはそれに反発。
「デタッチメント(関わりのなさ)」から「コミットメント(関わり)」へ。
浅田「スキゾ・キッズ」のバックラッシュ(反動)。
批評が代弁になっていく。
宮崎勤の代弁、自殺願望者の代弁、援交少女の代弁、オウム信者の、オタクの、…
当事者性の論理の隘路 思想の萎縮 小さな安全圏に退却。
アイデンティティ・ポリティクス ポリティカル・コレクトネス
むしろ、90年代の日本社会には、「新しい歴史教科書をつくる会」の運動のように、みすからが信じる(信じたい)「小さな物語=歴史」をセットアップし、それをかつての「大きな物語」の位置に仮設しては、他の物語群をシャットアウトするといった、物語たち同士の徹底した棲み分けが規模の大小を問わず観察された――それがのちのポスト・トゥルース時代を用意する。そうした棲み分けは、インターネットの登場によっていっそう強化された。そして、人びとは、ヴァナキュラーな各々の物語を大きな物語だと素朴(ベタ)に錯覚するようになる(「あえて」の消失)。
批評空間 「必読書150」
知の技法シリーズ → 知のグローバル化ネオリベ
冷戦の終わりが大きい。
 
中曽根 三公社民営化 グローバリズムのはじまり。
田原 朝生 
湾岸戦争 戦後初めて米ソ一致 日本は参加せずに130億ドルだす
クウェートの感謝広告
「正論」「SAPIO「WiLL」「月刊Hanada」「産経新聞
五所純子
岡崎京子 「CUTIE」
東京ガールズブラボー
リバーズ・エッジ」は骸骨だ。
残骸になった東京
東京は腐っているらしい。 ○○○ 少女は東京を目指す。
しかし、それでも、だから、そんなことは関係なく
戸川純 少し椎名林檎
岡崎「pink」援交 バッドトリップ
飯島愛孤独死
あとがき「すべての仕事は売春である」J・R・G 岡崎
「すべてはあたしたちの自由意志だと信じこむための詐術」
「愛や幸福とうそぶくのが少女しぐさなら、資本主義とうそぶくのはポストモダンしぐさだった。」
「いよいよ追い込まれた」「資本帝国主義
封神演義」「ロックンロールミシン
中上健次 熊野 地縁 血縁
郊外 由緒ある歴史とも地縁とも切り離された漂白された土地。
島田雅彦「忘れられた帝国」
柳美里フルハウス
 
宮台
80「ニュー風俗」「初期出会い系」
「熱に浮かされた感じ」「微熱感」「文化祭前夜」
向井秀徳 開戦前夜のこの感じ
「恋愛しなきゃ」占い雑誌「マイバースデイ」

失望
AVブーム お立ち台ディスコ
風俗嬢 → 新興宗教
92年 首都圏 ブルセラ 援交ブーム
→94年 全国に
97 ガングロブーム 退却
黒ギャルが白ギャルを指さして、
「ああいうイタい子が援交やってるんだよ」
「援交第一世代」と「援交第二世代」→主体 と 自傷系フォロワー
ナンパしても「街とまぐわう感じ」が消えた。
宮台 90年代末 鬱になる
「金のため」は第三世代 87生まれ以降
性体験率 20%下がった
96年 「共通前提」が崩れた
1万年前 1対1婚 ストック継承権を定めるため
「普段」はウソ 祝祭に タブー/ノンタブーを反転させる
法内の快楽/法外の享楽
法は通常意識(しらふ) 祝祭と性愛は変性意識(目眩)
つくる会 と 禁煙運動
<新住民的なもの>
細かい新住民的なクズが保守や右を自称する。
83年「隣人訴訟」の判決
箱ブランコの撤去 小川の暗渠化 鉄柵化
「知らない大人と話すな」
花火の水平撃ちを「目が潰れたら責任とれるのか!」→ガチ禁止
花見の焚き火
連続性と接続するもの
→90年代の監視カメラにまで行き着く 監視社会
「法外の前提」
83〜96年 法化社会化
つくる会嫌韓厨→電凸ネトウヨ→第二次安倍政権
都合の悪いものは全て「敵の陰謀」
97年〜 <自己の時代>
何が正しいかは「自己のホメオスタシス」が決める。
<鍋パーティ問題>日本にあるのは、イデオロギーや思想の対立ならぬ、居場所の対立だけ。
浅田彰「京大吉田寮的なもの」など、思想は居場所とキャラクターの問題
マーケティング
「人は自分や他人を主体だと思っているが、実は釣り堀の魚みたいに釣れる自動機械があるだけ」
「しごき」「体罰」も「法外」「共通前提」の問題
街が「ガチ匿名」化した。
二重性、消え行くものと現れて出るものの二重性。
浅草 → 銀座
浅草は 混沌の象徴 銀座は統合の象徴
「生きるに足る「ひだ」」 闇、二重性が消え、フラット化した。
再帰的なアングラは無理。機能しない。
アングラとは近代社会で法外を共有する二重性の営みで、闇と光の綾を享楽する。
ディープな性愛と祝祭が不可能なのと同じ理由。