マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

「図書館で哲学を withコロナ時代の哲学『人権と公共の福祉 その両立を考える』」講師:山脇直司

神奈川県立図書館主催
ZOOM開催
 
人権 と 公共の福祉 の関係
人権 自由権(国家からの自由)/社会権(国家による自由) 原則自由権が優先
公共の福祉=WHO社会的健康=身体面+精神面+社会面が満たされた状態
 
>>時短協力金 日本は一律 欧州は従業員の数で計算<<
日本、ナチス 「公共の安寧」という表現で自由権が制限された歴史
シンガポール、中国 強権国家 開発独裁 公共優先
 
●人権の歴史 
マグナ・カルタ 貴族が国王を縛る → ジョン・ロックの思想 → 国連世界人権宣言
一方でホッブズ リヴァイアサン 万人の戦争状態を避けるため、人びとが相互契約して、あえて強権を生み出す
 
●公共の福祉の歴史 
アリストテレス政治学』、孟子「恒産なくして恒心なし」 → トマス・アクィナス「共通善」(カトリシズム) 
→ 功利主義 「最大多数の最大幸福」ベンサム→ミル→ロールズ「正義論」公平、公正
富の分配 格差の解消
河上肇『貧乏物語』
 
●afterコロナの目指すところ
日本国憲法の哲学的読み解きが必要
1.消極的な福祉(ベヴァリッジ)貧困の除去/積極的な福祉(ギデンズ)良い暮らし 双方の実現を目指す
2.アマルティア・センの福祉思想の導入 自己実現(ケイパビリティ)の自由 
3.人間の安全保障 危機管理
4.松下圭一 長洲一二知事。国より自治体を制度的基盤にする 個人による公共への「責任」から個人による公共の「構成」へ。公共の自治。関与。参加。
5.宇沢弘文「社会的共通資本」大気や水道、教育、報道など地域文化を維持するため一つとして欠かせないと説き、市場原理に委ねてはいけないと主張している。シカゴ大学で同僚だったミルトン・フリードマンと激しく対立し、フリードマンの市場競争を優先させたほうが経済は効率的に成長するという主張に対し、宇沢は効率重視の過度な市場競争は、格差を拡大させ社会を不安定にすると反論した。
6.山脇直司 滅私奉公→活私開公 公務員らは滅私開公、無私開公

wikipedia引用

●人権と公共の福祉の対立、衝突
佐藤幸治は、内在的制約原理と政策的制約原理を区別し、いずれの原理が指導原理となるかは各基本的人権の性質に応じて決まり、22条と29条とは後者の制約原理が妥当する機会が多いことからとくに再言されたものと解し、さらに、22条の移転の自由は内在的制約のみに服するとしている。

浦部法穂は、(1) 他人の生命・健康を害する行為の排除、(2) 他人の人間としての尊厳を傷つける行為の排除、(3) 他人の人権と衝突する場合の相互の調整の必要という人権の観念それ自体から導かれる内在的制約のほか、経済的自由権には政策的制約があるとしている。

高橋和之は、人権制約はすべての個人に等しく人権を保障するために必要な措置と捉え、人権衝突の調整のほか、他人の利益のために人権を制限する措置や本人の利益のために本人の人権を制限する措置も公共の福祉に含まれるとする。

・内野正幸は、「公共の福祉」の内容を「自由制約正当化事由」として包括的に分析し、その内容として、(1) 他者の権利・利益(治安・公衆衛生なども含む)の確保、(2) 本人の客観的利益の確保、(3) 公共道徳の確保、(4) 経済取引秩序の確保、(5) 自然的・文化的環境の保護、(6) 国家の正当な統治・行政機能の確保、(7) 社会政策的・経済政策的目的の実現(財政政策に基づくものや、事業の公共性を理由とするものをも含む)を挙げる。

・渋谷秀樹は内野の7類型を整理して、(1) 他者加害の禁止、(2) 自己加害の禁止、(3) 社会的利益の保護、(4) 国家的利益の保護、(5) 政策的制約の5類型とし、(1) (3) を内在的制約、(4) (5) を外在的制約、(2) をこれらと異なるパターナリスティックな制約とする。

・初宿正典は、人権相互の衝突の調整を根拠とする人権制約を「公共の福祉」とは別の問題であるとしている。

以上の様に様々な見解が見られ、現在の憲法学者の間では、公共の福祉を『人権相互の矛盾・衝突』の調整原理としてのみ狭く捉える見解はむしろ少数派であって、何らかの意味で公共の利益も『公共の福祉』の内容として認める見解が一般的である。しかしながら、このような見解においても、公共の福祉それ自体が基本的人権制約の正当化事由となるわけではなく、全体の利益が個人の権利・利益を凌駕することを意味するわけではない。

◆要約:人権にも公共の福祉にも歴史的積み重ねがあり、一見対立するようにみえる事例にあたっても、なるべく両立させる努力をする必要がある。
◆感想:本来はZOOMではなく対面が良い。フーコー生権力論の福祉国家論が気にかかる。人口の調整、労働力の確保。超福祉国家、人間の安全保障論は、超管理社会にも繋がるがこれは技術の発達の結果、避けられない宿命なのか?超管理社会とそこからこぼれたスラムが併存するエリジウム社会。