マラカスがもし喋ったら

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【レポート】放送大学 西洋哲学の起源(’16)レポート 「プラトンのイデア論と想起説について」

 プラトンイデア論について私の勝手な感想を述べる。参考図書として、竹田青嗣著『プラトン入門』(2015年ちくま学芸文庫)を読んだので、こちらを参考にする。
 プラトンイデア論は、その神秘的、宗教的、非科学的なところを批判されているようだが、それに怯む必要はないと思う。むしろその部分がこの思想のスケールの大きなところであり、良いところだ。余白があることによって、色々な想像が掻き立てられたり、人と議論ができるところが良いところだ。
 「洞窟の比喩」が面白い。洞窟に縛り付けられた囚人が、壁面に映る影絵を見せられて、それが現実だと思わされている。この辺はラカンの「現実界」の議論に近いと感じた。「現実」は触知できても、現実界は触知することができない。
 プラトンは教育によって囚人は後ろを振り返り、洞窟から出て太陽を見ることができると言っているが、太陽は眩しすぎて見れないだろう。教育によってでは見れないと思う。もっと崇高な、バタイユの言う奇跡や至高性のようなもので、一瞬だけかすることができるだけのものだろう。
 知性至上主義の危険性はいつの時代もあるのであって、その意味で感性にも訴えるものがあるイデア論はいい思想だ。
 対話篇の中で、ソクラテスに「現実的」な反論をしてくる登場人物たちが面白い。『ゴルギアス』に出てくる政治家カリクレスとか。哲学なんてやってないで、もっと大人になれよ、バランス感覚を持てよと。 
 プラトンは熱い男だったのだと思う。生活とか成功とか言ってくる奴が、つまらなくて嫌いだった。そうやって処世術的に生きても、結局は心の空洞、虚しさは埋められないよと。そういう意味で、プラトンは1968年革命や新左翼の運動に影響を与えていると思う。ロマン主義的な傾向は間違いなくあると思う。
 イデア論は、道徳論とか、認識論とか、知のプラットフォームの問題の側面もあるが、もっとも重要な肝は、言葉にできない、プラトンの直観を反映していると思っている。宇宙の謎への敬意のような。ひらめきのような。その言葉にできなさをうまく表した思想だと思う。
 将棋の棋士はみな、誰が一番強いか、将棋の真理を目指して、そこにアプローチしていくわけだが、その戦法に棋士の個性たる気風が出て、アプローチの仕方が異なる。
 哲学者も、この世の真理、原理を解き明かそうと目指すが、やっぱりそこに個性や時代状況がどうしても出てきて、それが面白い。プラトンアリストテレスを比べると、アリストテレスの几帳面さ、合理主義的な指向は偉いが、プラトンはその限界を見越した上での、あえての大雑把さに特徴があると思う。
 善のイデアは、「みんな正々堂々戦おう。そして姑息なことをするよりも、それが一番面白いんだよ」という意味で、正しさではなく、プラットフォームという意味で普遍性を言ったと思う。太陽はこの世界のプラットフォームだから。