マラカスがもし喋ったら

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【授業メモ】村澤和多里「近代日本における『心』の誕生」

札幌学院大学 コミュニティ・カレッジ 村澤和多里先生

【講座紹介】
現代は「心の時代」などと呼ばれ、多くの人が心のケアに関心を寄せています。しかし、私たちはいつ頃から心を病むようになったのでしょう。本講義では、明治期から大正期に日本人の「自我」が形成されていったプロセスを(1)「憑きもの」から「精神の病」へ、(2)帝国主義と自意識の誕生、(3)都市化と対人恐怖、という3回に分けて振り返りながら、現代社会の抱える心の問題の起源を探っていこうと思います。

 

第1回 「憑きもの」から「精神の病」へ

明治になり、それまで「憑きもの」という原理によって説明されていた現象が「精神の病」とみなされるようになりました。この認識の転換は、私たちの心をどのように変えたのでしょうか。

1)「憑依」のコスモロジーの崩壊

・明治 巫女禁止令
・梓巫女 市子(イタコ)
・廻国聖 虚無僧 修験道への弾圧
・弔い 憑き物
・エルウィン・フォン・ベルツ 憑き物研究
井上円了 妖怪学 
・西洋医学化→すべて脳の病ということに
精神病者監護法1900(明治33)年

2)信仰の近代化

・神と霊の位相の変化
・もともと日本人「氏神信仰」
・祖霊を祀る(祭り)
・明治 国家神道の発展
教派神道 ばらばらに存在した民衆信仰を国家神道に従属させる
民間信仰の禁止

3)新興宗教と「憑依」の弾圧

大本教 出口なお 神がかり 口寄せ 出口王仁三郎 カリスマ的指導者
国家神道と相容れず弾圧
・まとめ 神の声を聞くのは誰か?
精神医学化・心理学化 
・「憑依」のコスモロジーの崩壊
・「心」の中心として「脳」の台頭
・「憑きもの」から「精神の病」へ
信仰の近代化
・憑依現象の否定(民間治療の否定)
・神の声を聞く(神託)は天皇だけのものに
・「国家神道」の上からの施行
・民族的信仰の衰退
・明治で近代になって、前近代が一掃されていく 脱呪術化

第2回 帝国主義と自意識の誕生

開国以後、日本人は欧米列強からの眼差しに怯えるようになりました。それまでのアイデンティティを捨て去り、国際化された民族アイデンティティを構築していくが、それは「非―白人」という劣等感と背中合わせでありました。

1)イザベラ・バード帝国主義の眼差し

・明治初期 半裸の人々
・バード イギリス人 人気探検家 1878(明治11)年5月 横浜→東北→北海道 日本人でも行かないような辺境なルート
・通訳 伊藤鶴吉 『ふしぎの国のバード』
・ペリー『日本遠征記』混浴について
・明治 混浴の禁止 外国人の目から見て見るに堪えないような風俗を禁止していく 半裸や立ち小便
不平等条約解消のため 文明国であることを示さねばならなかった
・バード イギリスのエージェント 植民化、キリスト教布教可能性の値踏み
・1857年インドの傭兵(セポイ)の反乱→皇帝廃位→ムガール帝国の消滅→インド帝国ヴィクトリア女王が兼任
1854年ペリー来訪 1858年不平等条約 帝国主義の時代

2)自意識の変容

・1835年鏡の発明(普及) 
・カメラもそのころに発明、普及 島津斉彬が取り寄せ 坂本龍馬の肖像写真1866年
・写真の普及のスピードはテレビやスマートフォンの速度に似ている 10-20年で定着 証明写真 履歴書
・写真の普及は人々の意識を一挙に変えていく 自分の姿を初めて客観的に意識する 写真こそが真実となり、人々の日常の営みはそれに従属していく
・明治5年 美意識の変化 廃刀令 散髪令 洋服 お歯黒廃止 小さい目→大きな目
鹿鳴館 薩摩藩邸跡地(日比谷公園隣) 1883(明治16)年11月28日落成 井上馨外相の誕生日パーティー
・非差別意識と白人羨望 卑屈
・幕末から大正まで40年で価値観の爆発的変化
・まとめ 鏡、カメラ 自らをまなざす近代的な自我の芽生え 西洋人の眼差し 
・日本人の自我の歴史は、ひたすらに欧米化することによって、自らの劣等感を拭い去ろうとした歴史
・傷ついた自己像 決して西洋人になれない自分たち
・西洋人とどんどん結婚して子どもを産んで人種改造論

第3回 都市化と対人恐怖

大正期に入ると日本は未曾有の発展を遂げます。急激な都市化と人口の流入は、人々の生活スタイルを大きく変えました。そのような都市に内在した恐怖は、「探偵小説」と「対人恐怖症」という形で表面化していきました。

1)自己への眼差し

・大正時代の対人恐怖 赤面恐怖 森田療法 社交恐怖 社会不安障害 対人関係において過剰に自己をコントロールしようとすることによって生じる

2)都市化と閉じ行く身体

ラフカディオ・ハーン小泉八雲) イザベラ・バードの10年後に来日 東京大学の英語教師 子供の行進
・身体の改造 行進 体操 富国強兵 強い兵士を作る
森有礼 教育行政 学校制度 体育を重視 
・「社会的な感情」から「個人的な感情」へ
・「表情」の変貌 感情を出さない ちばてつや 漫画の絵の変化 白目が大きい 三白眼
・日本の都市化 交通の改革 サラリーマンの増加 働き方が変わる 
・大正期 阪急電鉄 宝塚 電化住宅 手塚治虫 ニューファミリーのライフスタイル
田山花袋少女病』1907(明治40)年
・都市化 A・ゴフマン 儀礼的無関心 G・ジンメル 乗合馬車 鉄道 『駅馬車ジョン・ウェイン

3)江戸川乱歩の時代

・1894(明治27)年 三重県名張市生まれ 明智小五郎 怪人20面相 少年探偵団
エドガー・アラン・ポー 1809年生まれ 『モルグ街の殺人』 集合住宅 密閉された空間 隣の人がわからない 匿名状態 
コナン・ドイル 1859年生まれ 『シャーロック・ホームズ』 切り裂きジャックの時代
黒岩涙香 1889年『無惨』 日本初の探偵小説
・乱歩 第一のピーク 1923-26 大正12-15年 『二銭銅貨』『心理試験』『屋根裏の散歩者』 
・第二のピーク 1928-31 昭和3-6年 論理性→猟奇性 『押絵と旅する男』『孤島の鬼』『陰獣』
・論理では捉えきれない人間の闇 大量殺人 人間が物体として扱われる
・まなざしの地獄 『鏡地獄』『パノラマ島奇談』
・内面化と対人恐怖の成立 自己の身体(壁)を過剰に管理しようとする意識 ↔ 他社と一体化したい願望
・何を考えているのか見えない他者に対する不安 自己と他者の境界を侵犯するものの症状 → 表面と内面の分離
・「怪人20面相」とは何ものか? 無数の仮面=本当の顔はない 快楽主義大量殺人(目的がない) 虚構をまとった都市の虚構=常にフィクション 対人恐怖症の裏返し
・「森田療法」の誕生 自己をコントロールしようとする悪循環の断ち切り 「自然」を受け入れること
・背景 近代的な自我 都市化された身体=他者の視線を意識して過剰に行動をコントロール 産業社会に埋め込まれた身体=労働者として均一化された自己コントロール=部品化
・都市生活の中で「見られる自己」が本物に
・「演技する」「よそおう」ことが日常化
・「本当の自己」の喪失
・どのように「自然」に回帰できるのか? 大正期にはじまり現代までつながる課題 現代的な対人恐怖症としての「ひきこもり」
森田療法 マインドフルネス 「中動態」→人間における「自然」の回復を思考している
まとめ
1.近代化によって「もの憑き」に代表される、自然と人間の間のコスモロジーが解体された。
2.西洋的な「眼差し」を特権化し、それを内面化していった。(黄色い仮面の白人)
3.都市化と産業化によって、身体の自己管理が徹底され、「よそおうこと」「演技すること」が一般化していった。→内面化、対人恐怖化
・近代化、帝国主義のために(国力を上げるために)、人間が改造されてしまった
 
◆要約:江戸から明治になって一気に近代化した。そこには西洋に文明国だと認められて、一刻も早く不平等条約を解消したいという目的もあった。西洋(白人)の眼差しを内面化した。
明治に鏡とカメラ(写真)が普及して、初めて自分を客観的にみるようになった。自意識が芽生えた。産業化、都市化が進み、匿名の知らない他人に囲まれて暮らすことが普通になった。集合住宅が密閉化し、個人化が進む。他人にどう思われているか意識して振る舞う外面と内面が分離した。そのズレ、違和感に心の病がでてきた。
◆感想:なかなか面白かった。明治の近代化というものの急激さがわかった。普通ちょっとついていけないだろう。それまでは、狐憑きとか氏神信仰とか、自然と先祖と一緒に生きてきたのにそれを否定されてはかなわない。まちなかでも夏は半裸で、混浴が普通だったのに、それも改められた。心の病は近代の病で、それは当然の病だと思う。近代化の過程で一気に捨て去った、自然との調和とか、スローライフとか、町内が顔見知りな雰囲気とか、マジカルな感じとか、焚き火とか木登りとか、屋台で酒を飲むこととかを少しづつ取り戻していかなきゃいけないと思った。