マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【読書メモ】エドワード・バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ[新版]』(成甲書房  2010年)

原書は1928年。「本書はまさに、巨大企業が支配する社会での、合意捏造の実用マニュアルである」ノーム・チョムスキー
目次

[訳者まえがき]中田安彦

・20世紀 大規模なマスメディア産業が生まれた時代 世論形成の技術
チョムスキーは、アメリカのメディアと戦争について論じた際、バーネイズの存在を、高名なジャーナリストのウォルター・リップマンと並べて論じ、広告・宣伝業界が現在まで私たちの生活、政治的判断、消費行動など多岐にわたる分野によからぬ影響を与えていると批判した
・この言葉が「タブー」になったのは、第2次世界大戦以降のことである。ナチス・ドイツの宣伝大臣ゲッベルスと結びつけられるまでは、この言葉は現代におけるような決定的にネガティブな意味合いを持っていたわけではなかった。
・オックスフォード英英辞典  ブロバガン
1.政治的目的やものの見方を推し進めるために利用される情報、とりわけ偏りがあったり誤解を招くような性質を持つものをいう。
2.「布教聖省」海外伝道を目的にローマ法王グレゴリウス15世が1622年に設立した枢機卿らによって構成される委員会のこと。
・「偏った情報や誤った情報を特定の団体や人物、多くの場合権力者や企業が大衆洗脳のために流布する行為」 英語で言い換えれば、ディスインフォメーション (disinfromation) サイコロジカル・ウォーフェアー (psychological warfare)  ターゲットに対して行われる「心理戦」
プロパガンダは名詞 動詞 propagate 「広く思想や理論を広めること」
・もとは宗教用語だったプロパガンダの意味に大きな変化が起きたのは、1914年に勃発した第1次世界大戦以後であった。このとき、イギリス、アメリカとドイツは世界の歴史で初めて国民どうしの「総力戦」を戦った。交戦国の国民をことさらに悪者のように描く宣伝行為が双方の政府や戦争指導者によって行われた。このとき、敵国への怒りを掻き立て、自国民を団結させるために誤ったイメージを植え付ける系統だった活動が行われた。これが、戦時宣伝(ウォー・プロパガンダ)と呼ばれるものである。もともと興行関係のPR活動をしていたバーネイズも、大物ジャーナリストのウォルター・リップマンと一緒にアメリカの戦時宣伝に関わっていた。
・戦争の後で分かったことは、敵国ドイツに対する米英の戦時宣伝のかなりの部分が誇張であり時には虚偽が含まれていたことである。そのことが次第に明らかになるにつれ、プロパガンダという言葉には決定的にダーティーなイメージがつきまとうようになったのである。
・そのような時代背景の中で1928年に、バーネイズが本書『プロパガンダ」を世に問うた。本書の中ではプロパガンダだけではなく、パブリック・リレーションズという言葉も使われている。これは略してPR(ピー・アール)と言われる。バーネイズはこの2つをほとんど同じ意味で使っている。
・彼は自分のことをパブリック・リレーションズ・カウンセル(現代の言葉で言えば、PRコンサルタント)と呼んでいる。彼があえて本書の題名を「プロパガンダ」としたのは、戦争宣伝によって薄汚れてしまったけれども、この行為自体は現代社会、民主社会、ひいては人類社会の発展にとって必要不可欠なものであると主張する意図があったからである。
・この認識の背景には、20世紀前半は普通選挙権運動や社会主義運動の高まりにより、市民の政治参加が広く進展したことにより、それまで存在しなかった「大衆」(masses)というものが出現するようになったという事情がある。この大衆はこれまで社会を支配してきた特権階級(elites)にとってはとらえどころのない存在であり、社会主義革命の影響を受けやすい層として恐れられた。したがって、エリート主義によって人類文明の方向を正しい方向に誘導する必要があると支配層は考えていた。その意識はバーネイズやリップマンによっても共有されていた。その最たる例が本書の第1章の冒頭部分の記述である。
・これが20世紀初頭のヨーロッパやアメリカの知的エリート層の中で共有されていた認識である。無定見な大衆の意識に方向性を与えてやること、これが大衆を統治する技術、というわけだ。

大衆宣伝=プロパガンダの様々な技法

・Changing Mindsa.org やジョージ・メイスン大学のウェブサイトに解説

  • 中傷」(Name Calling):相手を攻撃し、自分の敵が劣等で、非道徳的で、さもなければ信頼できない存在であるように見せる手法。
  • 絢爛たる一般性」(Glittering Generalities):魅力的だが、曖昧な言葉使いで、演説やその他の会話を好ましいものに見せかける手法。しかし、話し手は特に内容があることを言っているわけではない。
  • 転移」(Transfer):すでに高い信用・信頼性がある他の人物や集団に、宣伝する人物や団体を結びつけるやり方。
  • 推薦広告」(Testimonial):もし自分の言葉に信頼性が欠ける場合には、すでに信頼されている他者に証言してもらい、他者の信頼性を借用するやり方(この第三者である「専門家」の信頼性を利用するやり方について、バーネイズは本書で特に詳しく解説している)。
  • 一般人」(Plain folks):指導者らの服装、話し方、行動などを工夫することで一般庶民のように見えるように演出する手法。
  • バンドワゴン」(Bandwagon):「バスに乗り遅れるな」と言わんばかりに、「他者はもう自分たちの仲間に加わった」と見せかけ、「そうすればあなたにとって得なことが多い」と信じさせる手法。
  • カード・スタッキング」(Card-stacking):自らの主張に都合のいい事柄をことさらに強調し、悪い事柄を隠蔽したり、信頼性がないと決めつける手法。本来はトランプの「イカサマ」の意味。
  • 人格攻撃」(Character assassination):discredit (信用失墜)、defamation (中傷)、demonise (悪魔化)、dehumanize (非人間性の強調)といった4つの「D」により、相手を悪者、あるいは信頼できない人物であるように見せる手法。
  • このほか、「不安」「ユーモア」「デマ情報(レッド・ヘリング)」「シンボル」「反復」など

ナチス・ドイツの宣伝大臣 ヨゼフ・ゲッペルス バーネイズの著書を下敷きに宣伝技法を考案 ゲッペルス は「ウソも百回言えば真実になる」と言ったとされるが、これは反復(Repetition)を利用したプロパガンダ手法である。
・バーネイズは、自分の著書がこともあろうにユダヤ人を迫害したナチスの宣伝大臣に利用されたと知り、「自分はショックを受けた」と1965年に書いた自伝で回想している。いずれにせよ、これにより、プロパガンダという言葉は二度と復権の機会を得ることはなくなった。→PR(パブリック・リレーションズ
プロパガンダやPRの技法はどのような目的にも利用することできる。……この技術は利用する側がどのような意図を持つかによって、社会向上のためにも、一部のエリ ートによる独善的な民衆支配のためにも使うことが可能 チョムスキー「合意の捏造」のための技術

現代におけるプロパガンダパブリック・リレーションズ

・「スピン」(spin)「スピン・ドクター」(spin doctor)「ロビーイング」(lobbying)「フロント・グループ」(front group)「パブリック・ディプロマシー」(public diplomacy)「ソフト・パワー」(soft power)といった用語・概念
・政治家や官僚機構に対して自らの利害を訴える団体 各種団体の意向を受けて設立された「ロビー(イング)団体」 ロビー活動とはもともとはイギリス議会中央のロビーとよばれる空間で有権者が議員に陳情したという史実に由来する。
・様々なロビー団体は、自らどこの利害を代弁するかを明らかにしている場合と、そうではない場合がある。自らが企業などと無関係であると装う場合にはこれは「フロント・グループ」と呼ばれる。例えば、「~を実現する市民の会」といった団体がこれに相当する。
・政治家や著名人が一般大衆を前に様々な政策の実現について訴える演説をするのも、背後には利害関係のある団体やそれらによって雇われたプロパガンディスト、パブリック・リレーションズの専門家の影がある場合がほとんどである。「世論の合意は人工的に作り出される」(manufacturing the consent)と、 ジャーナリストのウォルター・リップマンは古典的な著書『世論』で述べている。
・世論を形成するためには政治家や著名人の影響力を借りるほかに、最近では新聞やメディアの一般大衆を対象にした「世論調査」(opnion polling)が利用されることもある。世論調査は無作為に抽出した多数の人間を相手に対面や電話、インターネットなどを使って特定の政権、政治家の支持率や政策の支持率を調査する。しかし、この世論調査もサンプル(調査対象者)の取り方や、質問票の作り方一つで調査の結果に一定の手心を加えたり、印象操作を行うことが可能であると指摘されている(例えば、谷岡一郎『社会調査のウソ』文春新書、2000年)。
・権力者や大企業の意向を受けて、世論をクライアントの望む方に誘導する専門家が、スピン・ドクター スピンとは「回転させる」という意味の動詞で、これが名詞になって「操作された世論」という意味を持つようになった。プロパガンダの技法を巧みに使ってメディアの影響力を通して、クライアントに不都合な情報を覆い隠し、大衆の関心を別のところにそらすのがスピン・ドクター 広い意味では政府広報官、報道官などはすべてこれに相当する ブレア労働党政権時代の報道戦略局長であったアラスター・キャンベル ハリウッド映画『ワグ・ザ・ドッグ』(バリー・レビンソン監督)大統領のセックス・スキャンダルをもみ消すために、バルカン地方の某国に戦争を仕掛けるように助言する、スピン・ドクター
・国内世論向けに行われる宣伝・説得とは別に、国外の知識人層や大衆に対して自国の宣伝を行うことは特に「文化外交」とか「パブリック・ディプロマシー(大衆外交)」と呼ばれる。これは、ジョゼフ・ナイハーヴァード大学教授)によって「ソフト・パワー」というふうに言い換えられた。
アメリカには、USIA(米文化情報局)という組織が1999年まで存在していた。この組織は1948年に設立され、主に冷戦時代に対共産圏に向けて、ハリウッド映画などを使ってアメリカ社会のすばらしさを広報したり、一方で共産圏の指導者の卑劣さをアピールする活動を行った。だから、USIAは(戦争宣伝と同じ意味での)プロパガンダの組織だ。有名なボイス・オブ・アメリカVOA)やラジオ・フリー・ヨーロッパなどの宣伝ラジオ放送局も運営していた。この機関は、VOAと分かれて、現在は国務省の一部局として再編されており、部局のトップに立つのが広報外交担当次官(Under Secretary for Public Diplomacy and Public Affairs)である。
・また、ソフト・パワーとは相手国の関係者を自国の魅力(価値観、文化、政策、機関)によって引き寄せて、自国の利益になることを行うようにしむける力のことである。相手を自分の魅力で取り込んでいくやり方は、軍事力をベースにした「ハード・パワー」と対比される概念である。なお、ナイはアメリカの持つパワーは軍事力というハード・パワーと文化力というソフト・パワーのミックスされた「スマート・パワー」によって構成されるべきだとしている。
・ソフト・パワー論の提唱者であるナイ教授は、米国の諜報組織であるCIAとも関係が深い、国家情報会議(ナショナル・インテリジェンス・カウンシル)の長だったことがある。

双方向性かそれとも新たなる情報戦か

・ソーシャル・メディアの登場は確かにうまくいけば、大衆の覚醒になる可能性もあるが、一方で新しい情報戦の始まりにすぎない可能性もある。テクノロジーは進化していくが、そのテクニックは昔とそれほど変わらない。冒頭に述べたように、プロパガンダという言葉は、最初は宗教の分野、次に戦争遂行で使われ、現在はパブリック・リレーションズと名前を変えビジネスの場面で使われている。どの場合にも「何かを大衆に信じさせる」という説得の技術であるという「本質」はまったく変化していない。

[第1章]大衆をコントロールする

姿の見えない統治者

世の中の一般大衆(マス)が、どのような習慣を持ち、どのような意見を持つべきかといった事柄を、相手にそれと意識されずに知性的にコントロールすること――は、民主主義を前提にする社会において非常に重要である。この仕組みを大衆の目に見えない形でコントロールすることができる人々こそが、現代のアメリカで「目に見えない統治機構」を構成し、アメリカの真の支配者として君臨している。
私たちは多くの場合、その名前すら聞いたこともない人々によって、統治され、考えを一定の型にはめ込まれ、好みを決められ、正しい考えを規定されている。民主主義という体制はこのようにして成り立っているのだ。社会を円滑に機能させ、そのメンバーが共存していこうとするならば、このやり方に誰もが従わなければならない

この”姿の見えない統治者(インヴィジブル・ガヴァナー)”と呼べる人たちは、多くの場合、彼ら自身も、その統治者の集団の他のメンバーたちのことはお互いに知らない。彼らが統治者の資格を持つのは、リーダーとしての資質や社会にそのとき求められている考え(アイデア)を大衆に提供する能力、そして社会構造の中での重要な地位を有しているからだ。
この現実に対して私たちがどのような態度をとったとしても、この現実は変わらない。私たちの日々の生活は、それが政治であろうと、ビジネスであろうと、社会運動であろうと、道徳であろうと、比較的少数の人間によって支配されているのである。現在のアメリカの総人口1億2千万人〔訳注:1928年当時〕のうち、このような統治する能力を持った人たちは、ほんのわずかな数でしかない。しかし、彼らは、大衆心理学と大衆社会学に精通している。このような専門家こそが、大衆の考えを裏からコントロールする。彼らは昔からある社会勢力を利用しながら、まったく新しいやり方を考え出し、大衆の考えをひとつにまとめて動かしていくのである。

プロパガンダの必要性

・情報をふるいにかけること
・宣伝行為(プロパガンダ)やそれと類似した大衆に対する働きかけのような手法ではなく、賢人会議とでもいうべき知識人たちのつくる委員会が、私たちの支配者を選び、公私の両面における私たちの行動を指図し、どのような服装をするのが最適かを決定し、どんな食事をすればいいのかを決断すればよい、という考え方もたしかにあった。しかし、私たちはそれとは正反対の「自由競争」の方法を選んだ。したがって、自由競争が行われる世の中にあっては、社会を適切に、スムーズに機能させなくてはならない。これを成し遂げるために、指導者のリーダーシップと宣伝行為を利用することによって、自由競争をコントロールすることにしたのである。このやり方は、幾つかの点で批判されているのは事実である。すなわち、ニュースを報道する側の情報操作や不遜さ、さまざまな誇大広告が生まれるといった問題である。大衆が投票すべき政治家、買うべき商品、ふさわしい社会思想が、一方的に大衆の意識に植え付けられているというのだ。これは、世論を形成する際に、プロパガンダという道具が悪用されているとい うことだろう。
それでもなお、世論を形成することや、世論において何が注目されているかを示すことは、社会生活を円滑に運営していくのに必要不可欠な行為なのである。

大衆をコントロールするメカニズム

・新しいコミュニケーション技術、すなわち出版、電話、ラジオ→これによって政治過程に新たな地平が切り開かれた。
・(教会、会員制のクラブ、政党、慈善団体、職業団体、地元商工会議所、禁酒法に賛成あるいは反対の同盟、関税の引き下げに賛成あるいは反対の会、ゴルフクラブの会員……)この目に見えない、互いに絡み合ったさまざまなグループと、グループ間に存在する相互のネットワークは、全体でひとつのメカニズムになっている。このネットワークを利用して、現代の民主主義社会では集団思想が作り上げられているし、大衆の考えは一つにまとめられているのだ。このシステムの存在を批判するのは、過去にも未来にもその存在を認めない社会を求めることであり、このシステムの存在を認めておきながら、利用してはならないと望むのは道理に合わない。

[第2章]新しいプロパガンダの誕生

プロパガンダは大衆説得の技術

・フランスにおいて絶対王制が確立していた頃、太陽王と呼ばれたルイ14世は遠慮がちにこう述べた。「朕は国家なり」。彼の発言はその当時においては、正しかった。ところが時代は変わった。蒸気機関車、大量印刷が可能な印刷機、公立学校教育という3つの産業革命は、国王から権力を取り上げて大衆にあたえた。人々が実際に得た力は、そのまま国王が失った力でもある。なぜなら、経済的に力を持つようになった勢力は、それに続いて政治的な権力を握るものだからだ。近代産業革命の歴史は、政治・経済の権力が、国王と貴族からブルジョア市民階級の手に渡った様子を表している。普通選挙と普通教育が、この流れに拍車をかけ、最後にはブルジョア市民階級でさえ一般市民を恐れてびくびくするようになった。今度は、この有象無象の大衆が王の座につこうとしていたからである。
しかし今日、事態はもう一度、反対方向への動きを見せている。少数の人々が、大多数に効果的に影響を及ぼすための方法を発見したのである。大衆の考え方を一定の型にはめ込んでしまうことで、大衆が得たばかりの力を、こちらの望む方向に向けさせることが可能だとわかったのである。現在の社会構造ではそうすることが何よりも求められる。政治、金融、製造業、農業、慈善事業、教育など、どのような分野であっても、今日社会的に重要なことを成し遂げるためには、この大衆説得の技術である「プロパガンダ」の助けを得なければならない。プロパガンダは、姿の見えない支配者の”実行部隊”ともいえよう
万人に読み書きができるようにするということは、一般市民が自分の周囲の状況を自ら管理できるよう教育を施すことだと考えられていた。読み書きができるようになれば、自らの運命を自ら決定するにふさわしい精神的高みに立つことができるだろう――普通の民主主義の教科書にはそう書いてある。
ところが、万人の読み書き能力が、精神的高みのかわりに人々にあたえたものは、判で押したように「画一化された考え(ゴムのスタンプ)」だった。広告キャッチフレーズが刻まれたそのゴムのスタンプには、政治的論説と、一般にも公表されている科学的なデータと、タブロイド紙の陳腐な内容と、決まり文句という”インク”がたっぷりついてはいるが、それらの元となった考えはどこにも見つからない。一人ひとりのゴムスタンプは、ほかの何百万人のものとまったく同じである。何百万もの人が同じ刺激にさらされ、全員がまったく等しい判を押される。
アメリカの大衆がまったく同じ考えを植え付けられていると言うと大げさに聞こえるかもしれない。しかし、大規模に考えを広めるこのメカニズムこそが「プロパガンダ」というべきものであり、それは広い意味で言えば、特定の信条や教義を広めるためのまとまった活動のことを意味している。
★私は、「プロパガンダ」という言葉が、多くの人にとって不愉快な含みを持っていることは十分に知っている。しかし、どのような場合においても、プロパガンダがよいか悪いかということは、そこで力説されている主義主張の善し悪しと、発表される情報の正当性に左右される。その意味では、プロパガンダという言葉自体に善悪があるわけではない

プロパガンダの意味

・もともとキリスト教の伝道 伝道師を教育する神学校のこと。
・この定義から判断して、プロパガンダは本来の意味においては、人類の活動のまったく正当な形であることがわかるだろう。社会的であれ、政治的であれ、宗教的であれ、どのような社会においても、ある信念を持ち、口頭あるいは書面でそれを知らしめようとする者はみなプロパガンダを実行しているのである。
真実は偉大であり、それはあまねく広めるべきものだ。価値ある真実を見出したと考える人にとってそれは単に名誉なだけではない。真実を普及させることはその人の義務でもある。真実は大規模かつ組織的な方法によってのみ効率よく広めることが可能だということに気づけば、いや、早急に気づかなければならないのだが、広範囲に普及させるための最良の手段として新聞・雑誌や演説会を利用することができる。プロパガンダが道徳に反していたり非難すべきものであったりするのは、その作り手が意図的に偽りだとわかっていることを普及させたり、あるいは国民の利益に害をあたえると知りつつその影響力を求めるような場合である。
正しい意味での「プロパガンダ」は、由緒正しく尊敬に値する歴史を持っており、まったく健全な言葉である。今日、その言葉に悪いイメージがあるという事実は、平均的な大人の考えの中に、いかに幼稚な部分が残っているかということを表している。ある市民グ ループが、議論の分かれる問題について、ある方針を支持するために文章を書いたり、言葉で語ったりする。その方針を徹底するのが最も地域社会のためになると信じてのことだ。これはプロパガンダだろうか。まったくそうではない。”説得力のある事実の表現”に過ぎない。けれども、別の市民グループが反対意見を表明したとする。すると、先のグループは直ちにプロパガンダという悪意に満ちたレッテルを張られてしまう……。

プロパガンダを定義する

プロパガンダの定義「大衆と、大企業や政治思想や社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」 ある特定の状況を作り出し、何百万もの人々の心にイメージを作り出すこの活動 重要なことは、それを広範囲に、しかも間断なく行うこと

大衆の同意

現代社会においては、大規模な事業を行う場合には大衆の同意が欠かせない。したがって、その事業がいかに健全なものであっても、その良いイメージを大衆の心に印象づけることができなければ失敗に終わる。その意味では、ビジネス、政治、文化活動と同じように、たとえ慈善事業を展開する場合でも、プロパガンダを採用しなければならなくなってきた。

戦争宣伝から平時の利用へ

第一次世界大戦時の戦争宣伝(プロパガンダ)の驚くべき成功 ドイツ軍の残虐行為、テロ行為、独裁性に対する反感を植え付ける

流行はこうしてつくられる

・ビロードを流行らせるためにパリの業界に工作をかける

[第3章]新しいプロパガンディストたち

影響力のある実力者

・マーク・ハンナ共和党全国委員会第14代議長
・アイリーン・キャッスル ショートカット インフルエンサー

コントロールされる社会生活

・ファッションリーダー

PRコンサルタントの誕生

プロパガンダパブリック・リレーションズ(PR)
・PRコンサルタントは、現代のコミュニケーション手段と社会集団の仕組みを利用し、それを操作することで、ある特定の考えを大衆の意識の中に植え付ける”代理人”だ。それだけではない。顧客の掲げている方針、教義、体制、意見にも気を配り、大衆の支持を得ようとする。さらに製品や原料といった具体的なものも関心の対象にしている。そして、公共事業、産業界全体を代表するような大規模な貿易グループや労働組合についても注意を払っている。

PRコンサルタント職掌

・PRコンサルタントの仕事と広告代理店の仕事は役割分担ができているので、互いに衝突もしなければ重複することもない。
・クライアントを分析する→次に大衆を分析する→計画→宣伝の実行

企業の命運をにぎるもの

・企業が引き続き繁栄していくかどうかは大衆の支持にかかっている、ということを認識するようになった。もはや、企業の経営方法は「大衆とは無関係だ」とは言えなくなった。

倫理と規範の背景

・PRコンサルタントという職業は、法律や医療の専門家に適用される倫理規範と比べても遜色がないほどの厳しい倫理規範を求められている。ある意味、PRコンサルタントの仕事が持つ性質によって厳格な規範を押し付けられているのである。弁護士と同じように、誰でも自分の主張は自分にとって有利なように示すのが当然であると認める一方で、それでもやはり、誠実ではないと思われるクライアントや、詐欺だと思われる商品や、反社会的だと思われる主張を宣伝するのは拒否しなければならない。
・PRコンサルタントは、他のクライアントと利害関係が衝突するクライアントは引き受けない。
・PRコンサルタントはその職務に際しては公正であるべきだ。その仕事は大衆を騙したり、たぶらかしたりするためのものではないことを、ここでもう一度述べておく必要があるだろう。
・ 宣伝行為(プロパガンダ)に使用する資料を公表するときは、その情報源については明示しておくべき

[第4章]心理学を応用したプロパガンダ

プロパガンダは科学だろうか

・大衆心理学 イギリスの心理学者ウィルフレッド・トロッター フランスのグスタフ・ル・ボン、大衆心理の調査研究を続けたイギリスのグレアム・ウォラス、アメリカのジャーナリストであるウォルター・リップマンといった人々
・集団には個人とは異なる心理的な特徴がある 集団が、個人心理学で解明されている内容では説明不可能な衝動や感情によって動かされている
・大衆心理の仕組みと、それを動機づける要素を解明できれば、大衆が気づかないうちにこちらの思いどおりに彼らを操って、コントロールすることが可能なのではないか。 → 近年に実行されてきたプロパガンダの事例を眺めれば、少なくともある程度まで、また特定の範囲内で、そのように大衆をコントロールするのが可能だということがわかる。
・実際に大衆の心理を観察して得た確かな情報と、一貫して比較的不変であることが実証された原理の両方を応用しているという意味では、プロパガンダは科学的だと言える。
・現代のプロパガンディスト、すなわち宣伝活動の専門家は、実験室で観察している科学者と同じような心構えで、体系的、客観的な調査で集めてきた資料を研究している。

大衆はリーダーに従う

・人間というのは本来、群れを作りたがるものだ。カーテンを引いた部屋に一人でいるときでさえ、自分は何らかの集団の一員だと感じている。
・ある男性がオフィスにたたずんで、どの株を購入したらよいかを考えている。この人物は、自分の判断に基づいて株式の購入計画を立てているのだと何の疑問も持たずに思っている。しかし、実際には彼のくだす判断は、無意識に彼の考えをコントロールする外部からあたえられた影響によって形づくられたイメージに基づいている。
・前出のトロッターとル・ボンの研究の結果によれば、大衆というものは、厳密に言葉の意味を「考える」のではない。厳密な思考ではなく、衝動や習慣や感情が優先される。何らかの決定をくだすとき、集団を動かす最初の衝動となるのは、たいていの場合、その集団の中での信頼のおけるリーダーの行為である。これが大衆にとっての手本となるのだ。このことは、大衆心理学において、最も確実に立証されている原理原則である。
・それほど以前のことではないが、選挙の立候補者に「利権」という言葉を結びつけるだけで、何百万もの人々をその候補に投票させないように誘導するのに成功した事例がある。「利権」という言葉から連想されるイメージは、すべて必然的に何か良からぬものであるように見えたのである。「ボルシェヴィキロシア共産党員)」という言葉も同じ効果。
・ネーミングの重要性「軍人病院」→「軍人救護所」 ネーミングをコントロールすること

真の行動動機とは何か

・自分が取った行動に関して、その行動の動機となったのは何だったのかという本当の理由に気がついている人はめったにいない。自動車を購入する場合、人は現在発売中のすべてのメーカーの自動車の技術的な特徴を慎重に検討したうえで、これがベストだと自分で判断した自動車を買ったのだ、と信じているだろう。ほぼすべての場合で、それはその人の思い違いである。
フロイト心理学を専門にする心理学者は、「人間の思考や行動の多くは、抑え込むことを余儀なくされた本能的な欲求の代償行為となるものである」と指摘してきた。ある物をその人が欲しがっているということは、その物に備わっている本質的な価値や有効性のためではなく、無意識に別の何かの象徴、すなわち、自分自身では認めたくない欲求をその物の中に見出しているからである。
自動車を買う人は、便利な交通手段だから必要としていると言うが、実際にはそんな金銭的負担をしない方がよいし、健康のためには歩いた方がよいと思っている。彼が自家用車を欲しいと思っている本当の理由は、それがステータス・シンボルだから、車を買えるほど仕事がうまくいっている証だから、あるいは奥さんが喜ぶから、なのである。
・つまり、人間が抱いている欲求こそが、社会という列車の機関を動かす蒸気の役割を果たしているということだ。それを正しく理解できて初めて、プロパガンディストは、現代社会という巨大なメカニズムをコントロールすることができる。

繰り返して習慣にする

・お客にその商品が欲しいと思わせるように、そのような感情が生まれるような社会的な環境を作り出す

連想させるプロセスの重要度

・都市開発 街のイメージアップ

消費者の関心を呼ぶからくり

・石鹸の彫刻コンテスト
・朝食にベーコン
・オピニオン・リーダー、カリスマを狙う

[第5章]巨大化する企業と大衆の関係

需要を作り出す時代の到来

★商品の生産が、手作業による少人数のグループで行われるのが一般的だった今から百年前の時代は、需要が供給を作っていた。だから、生産するものは全部売れた。これに対して、今日では供給する側(企業サイド)が、生産される商品の数に応じた需要を積極的に作り出さなければならなくなっている。ある商品をアメリカ全土に供給するだけの生産能力を持っている工場を会社は設備投資をして抱えている以上は、消費者がその商品を買いに来るまでじっと待っていることなどできない。企業サイドは絶えず需要を確保して、今の工場設備を維持できるだけの利益を上げられるように、広告や宣伝活動(プロパガンダ)を通して、大衆に常に働きかけていかなければならない。

企業にとっての新しい競争

PRの多様性と健全性

・企業のイメージ戦略 高級ブランド化
・私の提唱している健全なパブリック・リレーションズ(PR)とは、大げさな主張やまやかしを使って大衆を扇動しようとするものではない。そうではなく、世論に影響を及ぼすあらゆるルートを通じて、それぞれの事業についてはっきりと正確に伝達するものだ。

「継続的アピール」と「話題づくり」

巨大化した企業、巨大化する責任

消費者以外へのアピール

・反対キャンペーン あるものを貶めることであるものの需要を高める

世論を味方にするための戦略

・「どれほどの資金があるか、金利水準は適切か、ビジネスにとってどれだけ有利な条件が揃っているか、そんなことは問題ではない。背景に世論の支持がなければ、ビジネスが失敗するのは確実だ」「世論の支持を得ることによって初めて、ビジネスを前向きに拡大することができる。しかし、ときとして、この漠然とした目に見えない要素を軽視している人々が多すぎるのではないか。それでは目的を果たすことはできない」

広告が生んだ新たな競争

・例えば歯磨き粉。ただCMを打つのではなく、歯科医や学校などに根回しする。
・異業種間の競争。例えば暖房の機能が向上すれば、厚手の服は要らなくなる。
・摂取カロリーに限界がある中での、食品の競争。

薄利多売を脱する付加価値の創造

企業の危機管理とプロパガンダ

・嘘情報、よからぬ噂を即座に否定する技術
・ショービジネスと広告産業の近接性
・現代の企業は、常に大衆が何を考えているかを把握しておく必要がある。大衆の心の変化をつかんで、変わりゆく世論に対して、公正にかつ感性豊かに自らを売り込んでいくための準備を整えておかなければならないのである。

[第6章]プロパガンダと政治家のリーダーシップ

政治プロパガンダの必要性

・大衆の声が神のような、とりわけ賢く高尚な考えを表していると本気で考えている社会学者はもういない。人々の声は人々の考えの表明であり、その考えはグループが信頼するリーダーと、世論の操作を知る人々によって作り上げられる。それは、リーダーの影響で大衆が昔から抱いている固定観念ステレオタイプ)やシンボル、使い古された決まり文句で成り立っている。幸いにも現代では、有能で誠実な政治家はプロパガンダの技術を用いることで、人々の意思を思い通りに作り上げることができる。
・残念ながら、現代の政治家が大衆を扱うやり方はといえば、1900年当時の大企業の宣伝方法を見ているのと同じくらい古くさくて役に立たない。アメリカにおいて、政治はプロパガンダの大規模利用ができる最も重要な分野である。にもかかわらず、変化した大衆の動向に合わせたプロパガンダの方法の採用が最も遅れているのが政治の世界だ。

産業界から学ばない政治家たち

・顧客、有権者にリーチする人数。

大衆のニーズを調査する

政治にも必要な資金計画

・宣伝活動(プロパガンダ)に費やす費用

感情に訴えるプロパガンダの功罪

どんなメディアを用いるべきか

大衆を動かす

政治における新しいプロパガンダ

分析的な耳と観測気球

プロパガンダは必要悪?排除することは出来ない。

政治家の未来像とプロパガンダ

[第7章]女性たちもプロパガンダを使って団結する

女性によるプロパガンダの成功例

女性だからできるプロパガンダ

[第8章]教師や学校だってプロパガンダを行うべきだ

教師が行うべきプロパガンダとは何か

資金問題を解決するプロパガンダ

今日の大学が抱える諸問題

教育プロパガンダにまつわる倫理

[第9章]社会福祉事業におけるプロパガンダ

富裕層の支援を得る方法

黒人差別との闘いの事例

社会福祉事業はプロパガンダそのもの

・要するに社会の進歩とは、目の前の、あるいは将来の社会問題について民衆の心の啓蒙と教育を続けていくことなのである。

[第10章]芸術と現代ビジネスとプロパガンダ

美的価値に目を向けはじめた産業界

・「逆輸入」という手法

改革されるべき美術館

科学分野への応用

[第11章]プロパガンダのメカニズム──どのように伝わるか?

新聞報道とプロパガンダ

雑誌・講演会そしてラジオの位置づけ

・新聞・雑誌→ラジオ

映画と著名人のキャラクター

アメリカ映画産業は、現代における世界最大のプロパガンダの配達人だ。知らず知らずのうちに、映画は大量の考えや思想を大衆に向けて発信している。映画は、国民の考え方や習慣を一定の枠にはめることが可能なメディアである。

この世からプロパガンダが消えることはない

・明らかに大衆は、意見や習慣を形づくるために用いるための方法の存在に気づき始めている。…さまざまな広告にさらされた結果、大衆の目が肥え、シニカルな視点でその広告を見るようになったとしても、彼らは基本的な本能に訴えるアピールには反応するものだ。なぜなら、人々はいつの世でも食事をし、エンターテイメントを楽しみ、そして、自らを率いてくれるリーダーを待ち望んでいるからである。
★この世の中から、プロパガンダが消えてなくなることは決してあり得ない。知性ある人間は、プロパガンダが社会にとって建設的な目的を実現するためのツールとなり、そしてそれが混沌とした大衆社会に秩序をもたらすために有効で、現代的なツールであることを認識しなければならないのである。

[訳者解説]中田安彦

パブリック・リレーションズ創始者エドワード・バーネイズ

パブリック・リレーションズプロパガンダという2つの言葉をバーネイズは同じ意味で使っている。2つに共通する日本語をあたえるとすれば、「広報・宣伝」となる。パブリック・リレーションズを外交の面で行うことを、パブリック・ディプロマシー(広報外交)という。これら、プロパガンダ、PR、パブリック・ディプロマシーは、元々は同じものであり、これが専門的に分かれていったのである。

バーネイズの生い立ち

ジークムント・フロイトの甥

戦争遂行のための政府機関に参加

・バーネイズの理論的裏付けとなったのは、母方の伯父であり、父方の叔父であるフロイトの心理学や、その当時流行した大衆心理学者たちの研究である。このうちの一人、イギリスのウィルフレッド・トロッターという心理学者は、第一次世界大戦中に発表した『群衆の本能』(The Instinct of the herd)という本で、人間は批判的な理性ではなく無意識的で本能的な動機に従うと論じ、大衆を個人個人としてではなく一つの集団として扱い、管理する方法の有効性を主張した。いかにも大戦時らしい考えであり、この心理学は、大衆を戦争目的のもとに団結させるという狙いがあった。
・トロッターの研究は連合国の戦争遂行に大きな影響をあたえた。軍隊生活や戦時下の動員体制を維持するためには、個性を尊重するのではなく、大衆をひとまとめの集団として管理しなければならない、という思想がアメリカの支配層に広がっていった。こうした社会心理学の理論的裏付けを得た学者やジャーナリストたちが集まって1917年にウィルソン大統領の提案で結成されたのが、第一次世界大戦におけるアメリカの「宣伝マシーン」である「クリール委員会」という政府組織である。この委員会は正式名称を「米国広報委員会」(CPI)という。第一次世界大戦への国内の参戦世論の育成や戦意高揚の維持を目的に結成された。メンバーには、会長にジャーナリストのジョージ・クリール、ウォルター・リ ップマンといった人物が参加していた。本書の著者バーネイズも中核ではないが、CPIの海外報道部のラテン・アメリカ局の一員として参加している。
・バーネイズ 雑誌の編集者→1913年舞台劇『ダメージド・グッズ』の広報・宣伝を担当 舞台劇への支援を求める活動を通して「石油王」の息子ジョン・D・ロックフェラー2世や、鉄道ビジネスで財をなしたヴァンダービルト一族と知り合う
・1910年代にロシアのディアギレフ・バレエ団がニューヨーク訪問講演を行った際には、全く無名のバレエ団をアメリカ大衆にアピールするために、主演女優に蛇を抱かせた姿を写真に収めて新聞に掲載させるといった「イメージ戦略」を展開した。イタリアの有名なテノール歌手、エンリコ・カルーソーの広報担当兼マネジャーの仕事も務めた。このようなメディア界でのプロモーター経験を通して、バーネイズは「イメージこそが重要であり、そのイメージは工夫次第でいくらでも作り出すことができる」ということを学んだ。
・大戦前に築き上げた人脈を武器にCPIに採用されたバーネイズは、自動車のフォード社、モルガン財閥系の農機具メーカー、インターナショナル・ハーヴェスター社などとも協力し、アメリカの戦争遂行に際し、兵士の志気を高めるための戦時プロパガンダ活動に従事

戦時プロパガンダのモデルが誕生した第一次世界大戦

・CPI=マスメディアを使った初めての大がかりな戦争宣伝 映画産業を含む広範なコミュニケーション専門家を集める必要性
・ポスターや新聞 「敵であるドイツは悪魔であり、味方であるアメリカは正義の使者である」という極めて単純な二分法
・「フォー・ミニットマン(4分間演説の男)」運動 「4分間、お時間を拝借」と言って壇上に上がり、アメリカの戦争遂行の意義や愛国心の重要さを聴衆に呼びかける

戦後のバーネイズ――プロパガンダの宣伝マンとして

・彼はわざわざ汚辱にまみれた「プロパガンダ」という言葉を本のタイトルに採用し、広報・宣伝活動(パブリック・リレーションズ)の意義、それが戦争だけでなく平時の経済活動、政治活動、女性運動、福祉運動、教育活動を推進するのにも役に立つ、と力説したのだ。だからこの本は、「プロパガンダという技術をプロパガンダする」目的で書かれた本なのである。そのため、プロパガンダの負や陰の部分、彼自身が戦時下で関わってきた活動についての自己批判は一切書かれていない。
・彼は「広報・宣伝を行う側の倫理的な心構え」についても主張している。これについても、南米グアテマラのクーデターへの加担や、タバコの害毒に関する問題が明らかにするように、彼自身がPR活動における倫理規範から逸脱していたことは否定できない。

「状況を作り出す男」の面目躍如

アメリカン・タバコ社 ラッキーストライク 彼は女性に対して、「タバコを吸って痩せよう!」とキャンペーンしたり、「女性がタバコを持つ姿はたいまつを掲げた自由の女神の姿そのものだ」とアピールした。また、彼は「お菓子(スイーツ)を食べると太るが、タバコを吸えば痩せる」というメッセージを医者たちが参加する団体を通して発信させた。医者による権威づけを行って、「痩せるためにタバコを吸おう」という、どう見ても無茶なキャンペーンを敢行したのだ。女性にとって痩せて美しい姿を保つことは一大関心事である。そして大衆は医者という権威に弱い。バーネイズはそこを突いたわけだ。さらには女性解放の象徴とタバコを位置づけ、エキストラや有名女優を雇って、ニューヨーク市街を歩きタバコをした女性に行進させたりもした。
・彼の得意とする「状況を作り出す」 やり方 ある業界だけではなく、関連しそうもない業界まで巻き込んで消費者の間に需要を作り出す=「ビッグ・シンク (Big Think)」 自分のクライアントの業界だけに目を向けるのではなく、自分が社会をどのように作り変えたいかという明確なイメージやグランドデザインを持って行動せよということ
・1960年代になると、バーネイズは反喫煙キャンペーンの手助けに回っている。…彼は、著書の中で、「PRコンサルタントは良心的に活動すべきだ」とその職業倫理について得々と述べているが、その倫理は大企業の利益にねじ曲げられることも多かったのである。大企業こそが、1920年代のアメリカという大量生産・大量消費が称揚された好景気期の”新時代の神”なのであり、その「姿の見えない統治機構(インヴィジブル・ガヴァメント)」のメンバーである知的エリートとは、自分たち「PRコンサルタント」である、そのように彼は本書の中で高らかに宣言したのである。ここには明らかに、知的エリートの大衆蔑視の思想が現れている。

企業利益のためにグアテマラのクーデターに関与

・バーネイズは第二次世界大戦が終わった後におとずれる米ソ冷戦期(「冷戦」という言葉を考え出したのはバーネイズのかつての同僚、リップマンだった)に、またしても大企業の利益、政府の外交政策の結節点に位置することになる。
・当時、アメリカの大企業ユナイテッド・フルーツ(UF)社は、南米のグアテマラでバナナ栽培の一大プランテーションを行っていた。1951年にこの国の指導者になったジャコボ・アルペンツ・グズマンという軍人出身の政治家は、UF社の開発していた広大な土地の没収を宣言した。UF社はグアテマラでの最大の地主であり、アメリカの輸入バナナの6割はこの国で栽培されていた。バナナを運搬するための鉄道などにはアメリカの資本が投下されており、この国有化政策でアメリカ財界が受ける被害は甚大だった。
・このUF社の重役会には、大銀行や鉄道会社の取締役も参加していた。彼らはアイゼンハワー政権に働きかけ、CIA(中央情報局)を動かした。反共政権の転覆工作が開始されたのである。
・バーネイズの役割は、アメリカ国内の世論に共産政権に対する反感を醸成することだった。彼はUF社のコンサルタントとして、マスコミに対して共産主義政権の恐ろしさをアピールするプロパガンダを提案した。彼の夫人であるドリス・フライシュマン女史(バーネイズ夫妻はアメリカで最初の夫婦別姓キャンペーンを行ったことでも知られる)が、アメリカ最大の新聞である「ニューヨークタイムズ」の社主、「新聞王」アーサー・ヘイズ・ザルツバーガーの親戚筋にあたっていたことから、このコネクションを存分に利用し、同紙をプロパガンダマシーンとして利用したという。
・彼がUF社のコンサルタントとして立案したキャンペーンは、その後のアメリカの外交政策のモデルとなった。レーガン政権でのニカラグアの反共ゲリラ支援でも、イラクの反体制派を支援したネオコン派のキャンペーンでも、このやり方は踏襲された。その国の「民主主義を守るための委員会」のような第三者団体を、アメリカ財界の支援をうけたシンクタンクが中心になって設立、その反共・反テロリズムの思想を持った亡命者の運動体を支援することがアメリカの国益に適うという〝神話〟を作り出して、メディアを通じて大々的にキャンペーンするのである。一時期日本でも話題になったネオコン派による「新世紀アメリカのためのプロジェクト」(PNAC)はその最も分かりやすい例で、イデオロギーの背後には石油企業や軍需産業のビジネス拡大の欲望が隠されていた。

バーネイズのプロパガンダ手法の8原則

  1. 目的を明確化せよ
  2. 徹底的に調査を行え
  3. 調査で得られた結果に基づいて目標に修正を加えよ
  4. 戦略を立案せよ
  5. テーマ、シンボル、宣伝文句(キャッチフレーズ)を決めよ
  6. その戦略を実行するための(第三者による)組織を立ち上げよ
  7. タイミングと具体的なやり方を考えよ
  8. プランを実行に移せ

・「シンボル」=「パールハーバー」、「トンキン湾事件」、「崩落する世界貿易センタービル」 大衆にとって理解しやすいシンボルを用いることで、大衆の頭に「ステレオタイプ」を植え付け、権力側が大衆の世論を操縦する。これが、現代にも通じる「プロパガンダ」の基本であり、これをフロイト心理学を使って体系化したのが、バーネイズ
・壮年期に権力をふるったり、表舞台で活動してきた権力者、金融家、ジャーナリストは、晩年になるにつれて、権力を批判する側に回ることが多い。自分の人生の最後を、「彼は、最後はいい人でした」で終わらせたいという心理は権力者に共通している。バーネイズだけでなく、あのリップマンも1950年代になって権力を批判する側に回っている。

チョムスキープロパガンダモデル

チョムスキー バーネイズの『合意の製造』(1955)のタイトルをもじった『マニュファクチャリング・コンセント(合意の捏造)』という1988年に発表した共著とそれに続いて制作したドキュメンタリー映画の中でもプロパガンダのメカニズムの暗部を暴き、大衆に警告を発している。
・大衆に情報が到達する過程の「5つのフィルター」

  1. マスメディアの規模、所有者、利益志向
  2. 広告という営業認可装置
  3. マスメディアの情報源
  4. 「集中砲火」(フラック)とその仕掛け人
  5. 制御メカニズムとしての反共思想

・世界で起きる無数の出来事の中で何を集中的に報じるかは、新聞社が決める たいしたことのないニュースでも、メディアが大々的に報じればやがて本当の「ニュース」になる。個人や小さな集団では太刀打ちできないような規模と資金力をマスメディアが持っているからである。近年のメディア業界の巨大化が、人々の意見を画一化するのにさらに拍車をかけている。=アジェンダ・セッティングの権力
・また、メディアは、その運営を広告収入に依存している。したがって、個別の企業や財界全体の利益を根本から揺るがすような事実はまず報道しない。イラク戦争においても、ふだんは リベラルな見解を持つメディアですら当初はブッシュ政権の「イラク大量破壊兵器問題」を集中的に報道したのは、アメリカにおける参戦世論をかき立てるためだ。それによってアメリカ財界が潤うから、である。広告収入が購読収入を上回っているアメリカの新聞業界が、財界と密接に結びついたブッシュ政権の政策に対する批判の手をゆるめたのである。
・同様に現在のテレビ番組がシリアスな内容を避け、「お笑い番組」だけを延々とゴールデンタイムに流し続けるのは、企業側に対する配慮である。ベン・バグデイキアンというアメリカのメディア評論家は、「対立する意見を採り上げるようなシリアスな番組ではなく、〝現実逃避的〟な享楽的な番組を放送するようにテレビ局に望むのは、スポンサーである大企業だ」と指摘している。
・現在の日本では、ニュース番組までがバラエティ番組化している。テレビは書籍やインターネットと違って「ながら見」ができるので、自然とものを考えないように大衆の脳が作り替えられていく

私たちの脳に対する攻撃が行われている

・ジェラルド・ザルトマン マーケティング学者 ハーヴァード大学経営大学院市場心脳研究所長『心脳マーケティング』 大衆の「潜在意識」に対する働きかけを行い、意識の内容をコントロールする研究 あらかじめ「キュー」となる判断材料を仕込んでおくことで、いざというときに、あるイメージを大衆の脳裏に浮かぶようにする「プライミング」という実験
・メディアを動かしているのは誰で、そのメカニズムがどうなっており、最終的には誰の利益を代弁しているかをよく考えてほしい
4/19読了
 

要約・感想

◆要約:「広報の父」バーネイズが自らプロパガンダ(広告宣伝)技術を語る。これは必要悪。禁止することは出来ない。企業は必ずPR活動をしなければならない。政治も。間違えやすい大衆をエリートが正しい方向に導かねばならない。バーネイズの自己正当化である本書を、中田安彦がまえがきと解説で挟むことによって、彼の欺瞞を明らかにする。
◆感想:面白かった。バーネイズの(この本では出てこないが)ベーコンと、ラッキーストライクの仕事はすごい。
自分も無意識に朝食の目玉焼きにベーコンを付けている。まったく違和感なく消費者に行動(消費)させることが、一流の仕事。
バーネイズは本の中で職業倫理を語るが、中田氏の解説でその嘘を暴露されている。
「クリール委員会」(米国広報委員会、CPI)=第一次世界大戦への米国内の参戦世論の育成や戦意高揚の維持を目的に結成された組織 のことは無学で知らなかったが、いまに続くプロパガンダの原型となる超重要な歴史だということがわかった。これはいまも解体されていない。どんどん高度化し、いまでもアメリカの力の源泉になっている。その最新形態がジョセフ・ナイの「ソフトパワー」だったが、ナイが退場したいま、どんな形に進化するのか。
とにかく「反共」思想が大前提として植え付けられていることがわかる。
「反共」だから、大企業がどれほど悪さをしても、共産主義よりはましとなる。
そして、本書では「オピニオン・リーダー」をうまく活用するテクニックが詳しく書かれている。これは今で言えばインフルエンサーで、日本でもプロパガンダに加担しているインフルエンサーの顔が何人も思い浮かぶ。
あと、グアテマラのクーデター工作やイラク戦争工作の事例で、「ニューヨーク・タイムズ」のような「リベラル」系新聞も結局信じられないことがわかる。
日本人はメディアリテラシーが世界最低だと思っているので、この本の内容くらいは常識のレベルになって欲しい。
その意味では、この本はPRマン、広告関係者の必読書らしいが、騙される側の消費者、国民にとっても必読書だと思った。