- まえがき
- 1 チェルノブイリ並み初期被ばくにより多発した福島甲状腺がん 加藤聡子
- 2 UNSCEAR 2020/2021報告書の問題点 本行忠志
- はじめに
- 1. UNSCEAR (国連科学委員会)について
- 2. UNSCEARからの情報の流れについて
- 3. UNSCEARからの実際の情報の流れについて
- 4. UNSCEAR報告書の取り扱い範囲について
- 5. UNSCEAR2020/21報告書にみられる徹底した過小評価の具体例
- 6. 「日本人はヨウ素摂取量が多いから係数を2分の1にした」について
- 7. 「放射性ヨウ素吸入による被ばくの屋内退避効果を2分の1にした」について
- 8. 避難者の経口被ばくについて
- 9. 避難者の吸入被ばくについて
- 10. 避難者の被ばく線量推計
- 11. 1080名甲状腺直接計測について
- 12. UNSCEA報告書が甲状腺がんの発生原因を過剰診断とした理由に対する反論
- 3 UNSCEAR 2020/2021報告書に日本側はどう関与したか 田口茂
- 4 マンハッタン計画を引き継ぐ放射線被ばく研究 高橋博子
- 5 「福島原発事故による甲状腺被ばくの真相」究明における津田―疫学誤用検出ツールキット―論文の意義 山田耕作
- 6 福島原発事故による小児甲状腺がんの多発について 大倉弘之
- 7 日本の専門家は被爆者の命と健康に寄与した先人達の原点に立ち戻るべき 藤岡毅
- 8 「原因不明の多発」として小児・若年性甲状腺がん放置を続けてはならない 林衛
- あとがき
まえがき
・IAEA(国際原子力機関)の1996年の会議「チェルノブイリ10年後」は、これまでの住民を放射線被ばくから防護するという任務を放棄し、原発事故の際には高汚染地帯に住民を住み続けさせる方針を決定した。この方針の大転換はICRP(国際放射線防護委員会)2007年勧告で具体化され、それが最初に福島原発事故に適用され、被ばくとその被害が系統的・組織的に隠蔽された。
・意図的な隠蔽もあり、信頼すべき被ばくデータがほとんど存在しない福島において、被ばくの真実の追究は極めて困難である。不確実で曖昧な暴露量と現実に発生した病気があるとき、現実に発生した小児甲状腺がんから被ばく量を推定するという方法をとり、甲状腺がん発生率をチェルノブイリと比較することによって、UNSCEAR2020/2021推定の福島の甲状腺被ばく線量が約50分の1~100分の1に過小評価されていることを明らかにした。
1 チェルノブイリ並み初期被ばくにより多発した福島甲状腺がん 加藤聡子
・事故12年後の論文(P. Jacob et al. Childhood exposure due to the Chernobyl accident and thyroid cancer risk in contaminated areas of Belarus and Russia, British Journal of Cancer 1999, 80(9), 1461. https://www.nature.com/articles/6690545)では「甲状腺がんの多発はスクリーニング効果もあるだろう。しかし転移が多く(リンパ転移66%など)殆どはスクリーニングがなくても見つかっただろう」との記述があり、当時甲状腺がんの多発はスクリーニングのせいという今日本で起こっている議論があったことを伺わせる。
・この議論に決着がつけられたのは、柴田 ・山下氏ら論文“チェルノブイリ事故から15年:甲状腺がんについての新しい証拠が見つかった”(Shibata Y. Yamashita S. Masyakin VB, Panasyuk GD, Nagataki S. 15 years after Chernobyl: new evidence of thyroid cancer. Lancet 2001; 358; 1965-66.)において、チェルノブイリ事故後甲状腺がんは多発したが、事故後生まれた子どもには甲状腺がんの発見がないことが明らかにされてからである。著者らが福島原発事故について、事故後生まれた子どもの調査を提言していないのは、福島の甲状腺がんが被ばく影響との確証が見つかったら困るからであろうか。
・UNSCEAR 2020/2021報告の歴史的意味 “東電福島事故後の10年:放射線関連のがん発生率上昇はみられないと予測される”というタイトルで大々的にプレス発表された報告書を詳細に検討すると、UNSCEAR本編+付録の95%が原発事故により放出された放射性物質による被ばく線量評価に当てられ、5%は被ば くによる健康影響否定に当てられ、被ばく時0~18歳の子ども・若者の甲状腺がん発生数などの実情については0.1%(12行)の記述のみであった。なぜ福島原発事故では住民の人命と健康が報告全体の0.1%しか考えられていないのであろうか。国連科学委員会の名のもとに、人々の健康を一顧だにしない本質を遺憾なく示した歴史に残る恥ずべき報告書であった。
・福島原発事故では、
・危険を知らせない
・ヨウ素剤を服用させない
・被ばくさせるに任せる
そして事故後は、
・被ばく被害を認めない
・すべて風評被害とする
という政策が実行された。
2 UNSCEAR 2020/2021報告書の問題点 本行忠志
はじめに
★2021年3月、UNSCEAR2020報告書の概要の翻訳版がプレスリリ ースされ、報道各社はその見出し「東電福島事故の10年:放射線関連のがん発生率上昇は見られないと予測される」を(吟味することなく)そのままニュース報道した。そして、報告書の結論は、「福島の推定被ばく量は非常に少なかったので、甲状腺がん多発の原因は過剰診断のためだろう」としている。
UNSCEARは被ばく因子の推定しうる最小の値かそれ以下の値を採用し、堂々と平均被ばく線量としており、これは、「不確実な因子を持つ場合はその中の最大の値(危険な値)を採用する」という予防原則に逆行しており、再発防止に全く活かされないもの(その場しのぎ)で、非常に危険な状態と考えられる。具体的には、UNSCEAR2020/21報告に比べ、甲状腺の係数を日本人はヨウ素摂取が多いからとICRP基準値の2分の1に、屋内退避効果は殆ど無いにも関わらず2分の1に、そして、水道水以外の経口被ばくはほぼ皆無にし、放射性プルーム(放射能雲)による吸入被ばく推定値も大幅に下げ、甲状腺の平均推定吸収線量をほぼ10分の1に減らしている。
科学的根拠をもっての結論であれば、問題は生じないが、結果ありきでそれに合わせて強引につじつまを合わせたと思われても仕方がないような、科学には程遠い報告書である。
1. UNSCEAR (国連科学委員会)について
★ユネスコを脇へ追いやり、科学者ではなく政治指導者が科学者を選出する新しいハイレベルな国連機関が米国主導で1955年設置された。一見、独立した科学機関に見えるが、政治的にコントロールされた、放射能被ばくによる環境と医療への影響を評価する委員会で、科学よりも政治的な思惑を重視する機関である。
2. UNSCEARからの情報の流れについて
★一般に描かれている情報の流れのイメージは、UNSCEAR→日本政府→報道機関→市民の順で、日本では、国際機関の発表は絶対的拠り所(金科玉条)と思われており、市民はテレビや新聞の報道をそのまま受け入れる傾向がある。例えば、原発賠償関西訴訟の被告東電の反論の準備書面(34)において「国際的に最も権威ある専門機関(UNSCEAR)によると」のフレーズが6回も登場しており、いかに東電が国際的権威に依拠しているか(あるいは"錦の御旗"として利用したいか)を表していると考えられる。
3. UNSCEARからの実際の情報の流れについて
★実際の情報の流れは、日本政府の意向→UNSCEAR→報道機関の順である(図1)。
・多発している甲状腺がんを放射線の影響にしたくない
・安定ヨウ素剤が必要な住民に内服指示がなかったことに対する責任追及を逃れたい
・20~30km圏の屋内退避を正当化したい
・多額の補償を避けたい
・原発関連訴訟を有利に持ち込みたい
・原発事故の影響を小さく見せ、原発推進を続けたい
などが考えられる。
4. UNSCEAR報告書の取り扱い範囲について
・がん以外を無視
5. UNSCEAR2020/21報告書にみられる徹底した過小評価の具体例
★UNSCEAR2020/21報告は2013報告に比べ、避難者の吸入および摂 食による甲状腺の係数を2分の1に、屋内滞在の低減係数も2分の1に、そして、水道水以外の経口被ばくはほぼ皆無にし、放射性プルー ムによる被ばく推定値も大幅に下げ、甲状腺の平均推定被ばく線量をほぼ10分の1に減らした。これらの過小評価を行った上でも、事故直後の避難者の40の避難シナリオによる被ばく推計において、その4割の16シナリオで100mGyを超えた(最大は500mGy以上)線量分布があることが示されており、平均の推定線量がいくら低くても高線量被ばくもあった可能性にもっと目を向ける必要がある(表1、図7)。
6. 「日本人はヨウ素摂取量が多いから係数を2分の1にした」について
・(1)は、55年前のわずか数人の大人のデータ。
(2)は、小児のデータだが北海道に限局。ヨウ素摂取量には幅があり多いとは限らない。
(3)は、いずれもポスター発表、しかも十数人の大人のデータ。
これらから、日本人すべてはヨウ素摂取が多く、甲状腺吸収率が低 いという根拠とするのは極めて非科学的。
7. 「放射性ヨウ素吸入による被ばくの屋内退避効果を2分の1にした」について
・気密性の低い日本の家屋では屋内退避効果はない。どころか屋内に沈着した放射性物質により、風通しの良い屋外より被曝する場合がある。
8. 避難者の経口被ばくについて
★UNSCEAR2020/21報告書では経口摂取による被ばく推計に食品摂取を含まず、飲料水のみ算定した結果、甲状腺吸収線量は、2013年の一律32.79mGyから、1.1~数mGyに大きく減少した。
・Hirakawaらの論文では、自治体が運営・管理する代表的な避難所のみを調査して、「ヨウ素131に汚染された食品や物資は、食品制限令以前から一般に大量に消費されない状況であった」と結論している。
・農産物や牛乳等の出荷制限 (3月23日) や摂取制限 (3月24日) まで住民は自家栽培や市場で出回った野菜を食べていた。
大玉村の3月19日のほうれん草はI-131 43,000Bq/kg、I-132 73,000Bq/kg。幼児が摂取制限までの期間中に大玉村のほうれん草を毎日100g食べた場合には甲状腺等価線量で100mSv以上の被ばくが想定される。
・福島市中央卸売市場は12日には始まっていた。そして、21日 より段階的出荷制限が行われた(アサツキとニラは出荷制限なし)。
9. 避難者の吸入被ばくについて
・避難者の吸入推定値は、主にATDM(大気輸送・拡散・沈着モデル計算)で行われているがその不確実性についての記載は報告書の中にしばしばみられる。
10. 避難者の被ばく線量推計
・UNSCEAR 2020/21 Attachment A-21には40通りの避難シナリオが記載されている。
各シナリオに推定甲状腺吸収線量別のヒストグラムが表されているが、40の避難シナリオのうち、4割に100mGy超えた人があり、最大は500mGy以上もみられている(図8)。このグラフは、超過小評価推定線量でも500mGy以上の被ばく例が存在することを示している。
・また、40シナリオの表(表6はその一部)からは、例えば、双葉町からの避難(シナリオ1~5) した場合の幼児の甲状腺吸収線量は平均値は3.8~15mGyだが、避難により回避された線量は480~490mGyのため、避難が遅れたり、避難できなかった人は相当量被ばくしたことが予測される(パラグラフA114参照)。シナリオ40のうち、避難先が県外としているものが58%に上っており、これも過小評価の原因となる可能性がある。
・いずれにしても、平均推計では、個人の被ばくは全く考慮されておらず、誰がどこで何をしていたか、何時間居たか、何を食べたか個々の行動は把握しきれていない。完全把握は直接測定しかないが、40避難シナリオを見る限り、平均値は低くても高被ばく者の存在はあり、UNSCESARが強調する「被ばく線量が低いのでがんは発生しないと考えられる」は成り立たないと考えられる。
・桑原豊氏の避難者のWBCデータ。
・避難者の汚染スクリーニングにおいて、13,000~100,000cpm計測された人が901人以上(記録されてない人が多数存在)、100,000cpm以上の人が102人記録されており、13,000cpmが1歳児で100mSvに相当することから、高被ばく者が多数いたと考えられる。
11. 1080名甲状腺直接計測について
★1080名の実際の計測は、首の回りを汚染の無い濡れタオルで拭き除染し、着衣は除染せず計測しBGとした。そして、甲状腺計測値からBGを引いた値は半数以上が0またはマイナスであったが、これを被ばく無しとして扱っており、過小評価の原因となっている。測定時期も放射性ヨウ素が既に大幅に減少した時期である(図9)。
・以上より、1080名の甲状腺簡易直接計測は信ぴょう性が低く、避難地域より被ばくが少ない小児が対象となっているが、このデータがほぼ唯一の直接計測の基礎データとして独り歩きし、なぜか、避難者の基礎データとして扱われ、Attachiment A - 2パラグラフ90に“モデル化された線量は、平均して甲状腺の直接測定から得られた線量とほぼ一致している”と記載されている。同様に鈴木らは、避難地区や周辺の1歳児の吸入被ばく線量を評価 (UNSCEARとほぼ同じ推定線量)し、「私たちの方法論で推計した I131-甲状腺等価線量は、1080名の小児甲状腺実測値から評価された甲状腺等価線量の分布と整合性が高かった」と報告している。
12. UNSCEA報告書が甲状腺がんの発生原因を過剰診断とした理由に対する反論
12-1. パラグラフ225“超高感度な甲状腺検診を行ったため”
・超高感度な超音波機器を用いると、不要な細胞診を減らすことにつながり、UNSCEARの主張とは逆に過剰診断は起こりにくくなる。
・例え潜在がんがあったとしても、福島では5.1mm以上の結節に対してのみ2次検査をするので、超音波機器の特異度や感度は関係ない (図10)。高感度機器の影響で5.0mm以下の結節の発見数は増加し、甲状腺がんの発生頻度は減少すると考えられる。
・鈴木眞一教授(福島県立医大)は「放置すると危険なものを手術しているが、非手術経過観察が推奨される“超低リスク症例”は手術していない」と過剰診断・過剰治療を完全否定している。
12-2. パラグラフ225 “韓国の甲状腺スクリーニングでがんが多数見つかっている”
・韓国では、19歳以上の健診スクリーニングで多数見つかったが、大きさは10mm以下で浸潤や転移のないおとなしいものが多い。福島県では2次検査にさえ回らない5mm未満の手術例が、韓国では4分の1を占めた。多発といっても十数倍で福島の数十倍と全く異なる。その後、福島方式を導入して半減した。未だに、世界で小児の例は全く報告されていない。
・鈴木は福島の180例の甲状腺がんについて、「72%にリンパ節転移、47%に周辺組織浸潤が見られ、いずれも手術が必要な症例であり、6%は再手術が必要であった」と報告しており、決しておとなしいがんではない。
12-3. パラグラフ226 (a)“推定された被ばく線量では甲状腺がんの大幅な過剰は、予測されない”
・「大幅な過剰の数値」も、「過剰が予測されない被ばく線量」も具体的には全く示されておらず、UNSCEARによるただの思いつきとしか言いようがない。
・推定された被ばく線量の平均値は数mGyと低いが、過小評価された線量でも数百人が100mGyを超えている(パラグラフA130)。
・チェルノブイリ原発事故では甲状腺がん患者の10%前後が10mGy以下の被ばくであったと報告されている(Tronko, 1999) 、(Zupunski, 2019)。
・小児期外部低線量被ばくによる9コホート研究によると、甲状腺がんは0から200mGyの間で直線的に増加している(推定しきい値は 0~36mGy) (Lubin, 2017)。
12-6. パラグラフ226(d)“放射線被ばくがなかった日本の3県調査で同程度の頻度で甲状腺嚢胞および結節の有病症例が見つかった”
・ここは「1例のがん」の間違いである。1例で何かを論じようとするとは、UNSCEARには「科学」を名乗る資格がない。「国連」の「科学者」を名乗るUNSCEARが、統計学の推論statistical inferenceもせずに書くべきではない。
・青森、山梨、長崎の3県調査は3~18歳の4300人余りに行われた。
・福島の約27万人と比較するのは統計的に無理がある。前者に有所見率が低い3~5歳児や男性の数が少ないことを考慮すべき。
おわりに
・福島原発事故により大量の放射能が飛散しプルームとして人々を襲った。その時、誰がどこで何をしていたか、何時間居たか、何を食べたかなど個々の行動は把握できるはずがない。どの程度のプルームを何時間浴びたかによって被ばく量は大きく変わってくる。
・報告書は、個々の被ばく量の推定が不可能なため、避難した区域単位に平均値を推定しているが、実際には極めて大きな幅のある被ばく量を平均で推定しても何の意味も持たない。知りたいのは最大値と個々の被ばく量である。過小条件の積み上げで推定されたわずか40通りの避難シナリオにおいても、平均値の10倍以上の最大被ばく量(中には500mGy以上)は存在することを明示(図8)しており、UNSCESARが強調する「被ばく線量が低いのでがんは発生しないと考えられる」が成り立たないのは明らかである。
・個々の被ばく量を知るには甲状腺の直接計測しかないが、福島原発事故で施行されたのはわずか1000人余りであった(チェルノブイリ原発事故では30万人以上)。実際、直接計測の対象となったのは、原発20km圏内の避難住民ではなく、30km圏外の避難していない小児1080人で、放射性ヨウ素が消えかかる時期に行われ、しかも肩口の衣服をBGとして、頚部の値から引いた値は半数以上がマイナスかゼロというお粗末なものだった。このお粗末なデータを唯一の重要な直接データとして奉り、「モデル化された線量は、平均して甲状腺の直接測定から得られた線量とほぼ一致している」と満足しているようにみえる。
・前回(UNSCEAR 2013)の報告書に比べ、今回の報告書は、甲状 腺の線量係数を2分1に屋内低減係数も2分の1にして、経口被ばくはほぼ飲水のみとして、さらに不確実性が高い吸入被ばく量を数十分の1にして、推定平均被ばく量を大きく減らしている。その結果、「推定平均被ばく量は非常に低かったので、現在多発している甲状腺がんは過剰診断のためと考えられる」と結論付けている。
・1986年に起こったチェルノブイリ原発事故により甲状腺がんが多発していたが、事故後15年間、国や国際機関は「原爆の寿命調査と比較し、被ばく線量が低すぎ、潜伏期が短すぎるので、甲状腺がんは放射線の影響ではなく甲状腺の検査をするようになったためだろう」といい続けていた(2001年Shibataらの論文32が出て被ばく影響が認められるようになった)。今の福島の状況はこれと非常によく似ている。
・ところで、原爆調査で固形がんの一部で有意な増加が認められるようになったのは30年以上たってから、被ばく量に応じて全固形がんでがんリスクが増加することが判明したのは50年以上たってからである。福島原発事故後11年で「被ばくの影響はありませんでした」で幕引きを図ろうとするのはあまりにも早計、稚拙で許されることではない。これは、予防原則に逆行しており、全く再発防止対策もできてないので、同様の事故(やそれ以外の核事故)が起こった場合、取り返しがつかなくなる恐れがある。
・影響が長期間に及ぶもので放射線の影響と似ているものにアスベストによる健康被害がある。これは、アスベストを吸い込んでから30から50年以上という長い潜伏期間を経て発症することが多い。肺がんや中皮腫、肺線維症、アスベスト肺等を発症する。アスベストを扱う工場より遠く離れた住民にも発生例があり、発生しやすさの個人差も認められている。中皮腫は潜伏期が特に長く40、50年を超えることが多いことが知られている。肺のみならず腹部や心臓、大血管等にできる悪性の腫瘍である。若い時期にアスベストを吸い込んだほうが中皮腫になりやすいことも知られている。このように、アスベストの影響は放射線の影響と似ているが、アスベストの方は(すべてではないが)組織に石綿小体という証拠を残すことである。
・放射線は証拠を残さないため、それを良いことに推定被ばく線量を可能な限り下げ、何もなかったことにしようとする暴挙は決して許されてはならない。
3 UNSCEAR 2020/2021報告書に日本側はどう関与したか 田口茂
1. 日本政府はどう関与したか
報告書作成までの経緯
・首相官邸HPの『UNSCEARの功績と日本の貢献』にはアンスケア 一報告書の作成経過が以下の如く記述されている。()内は筆者追記。
(1) 年次会合で課題を決定
(2011年5月国連総会で「福島の原発事故調査レポート」作成を承認)
(2) 世界中の調査研究資料(主に論文)を収集・整理・評価
(明石眞言氏ら5名の日本作業グループが大きく関与)
(3) 指名されたコンサルタント(専門家グループ)と事務局が報告書草案を作成
(4) 加盟各国にコメントを求める(27加盟国、オブザーバ:4ヶ国、11 機関)
(日本では明石眞言氏はじめ旧放射線医学総合研究所(旧放医研)主体のメンバーや甲状腺評価部会長の鈴木元氏ら18名で構成された国内対応委員会が対応)
(5) 年次会合でさらに精査
(第66回:2019年11月、第67回:2020年11月に開催)
(6) 報告書最終案を取りまとめ
(2020年11月開催の第67回会合で承認。21年3月に日本語のプレスを発表。日本からの会合参加者、特に明石氏らが大きく関与)
・このうち、(4)のコメント作成に当たっては、18人の委員と100人近いコメンテーターで「アンスケアー国内対応委員会」を組織して報告書草案を精査し、アンスケアー事務局に対し、コメントや必要な追加情報を提供して支援しています。この国内対応委員会の事務局は、放射線医学総合研究所に置かれています。とHPにある。原発事故4か月後に政府が立ち上げた。
外務省からの特別拠出金
・一方で、外務省は『放射線の影響に関する過度の不安を払拭すべく、国内外への客観的な情報発信を促進する』報告書作成目的でUNSCEARに2013年度に約7100万円の資金を提供。2017年度には改訂版作成の為、新たに7000万円拠出している。以下は外務省のHPから一部転記したものである。
(1) 事業の目的:
放射線の影響に関する過度の不安を払拭すべく、国内外への客観的な情報発信を促進
(2) 拠出金額:1.41億円
①2013年度:7100万円、②2017年度:7000万円(改訂版作成)
(3) 資金の流れ:
外務省→UNSCEAR→事務局職員の人件費及び査読を行う外部専門家への謝礼
(4) 合意文書:
使途を福島第一原発事故の放射線影響評価活動に限定
(5) 外務省による事業の自己評価:
評価が客観的であると国際的に認められている機関は他になく、国内外の客観的な情報発信には非常に効果的
2. 国内対応委員会はどう関与したか
国内対応委員会メンバー
・国内対応委員は以下の18名とオブザーバにより構成(注4)。
(1) 旧放医研のメンバー: 明石眞言氏、中野隆史氏、事務局の神田玲子氏らの3名含め計8名
(2) それ以外のメンバー: 放影研(小笹晃太郎氏)、電中研、JAEA、長瀬ランダウエア、東京医療保健大(伴信彦氏)、国際医療福祉大(鈴木元氏)、広島大、京都大、近畿大、久留米大
(3) オブザーバ: 文科省、原子力規制庁、環境省4名、外務省
注4:情報公開請求した議事録による。旧放医研の部長級以上以外は黒塗りで詳細不明の為、()内は筆者による想定も含む。
尚、この委員選定は議事録等から類推すると、旧放医研の明石氏に一任されたようだ。
3. UNSCEAR2020/2021報告書作成の構成メンバー
(1) 調整専門家グループ(上級技術顧問):
明石氏ら英国、ドイツから3名
(2) 専門家グループ(執筆者):
ドイツ、英国(3名)、オーストラリア、フランス、ロシア(バ ロノフ氏)、ノルウェー、米国等から9名
(3) 公衆被ばくタスクグループ: フランス、米国、ロシア、ウクライナ等から5名。オブザーバとしてIAEAと日本
(4) 大気拡散タスクグループ: 日本4名(注6)、ドイツ、フランス(2名)、英国(2名)から9名
注6:森口氏(元東大)、赤羽氏(旧放医研)、茅野氏(JAEA)、永井氏(JAEA)
(5) 日本作業グループ(日本の論文やデータ収集提供し、技術的アドバイス実施):
旧放医研:明石眞言、赤羽恵一、青野辰雄(福島再生支援研究所)、JAEA:茅野政道(理事)、放影研:小笹晃太郎(ICRP委員)
(6) 批判的査読者:ドイツ、米国、フランス、英国等から13名
(7) その他の寄与専門家:オーストラリア、ドイツ、ノルウェー等6名
4. UNSCEAR第67回会合(最終報告書決定会合) (2020年11月2日~6日にオンラインにて開催)
日本からの参加者
日本からは明石氏、神田氏、中野氏、他旧放医研から4名、放影研 1名、広島大1名の合計9名が参加している。この会合は3つの作業 グループ部会(分科会)に分かれて議論された。その一つの『東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響に関する UNSCEAR 2013年報告書刊行後の進展』の部会には明石氏と、他に旧放医研から2名の計3名の参加であった。
(1) 2020年11月2日~6日に開催
(2) 2020/2021報告書の最終的な決定の場
(3) 日本からは旧放医研の7名含め以下の9名が参加 (合計220名)
① 旧放医研:中野隆史、明石眞言、神田玲子、他4名
② 放影研:1名(たぶん小笹晃太郎)
③ 広島大:1名 計9名参加
(4) 参加者は3つの分科会を分担
(5) 福島事故関連分科会は明石氏と旧放医研の2名が担当
5. 日本作業グループはどう関与したか
・一方UNSCEAR内に設置された「日本作業グループ」のメンバーは5人で、旧放医研の明石氏、赤羽氏、青野氏とJAEAの茅野氏、方影研の小笹氏である。日本人作業グループはレポートを直接執筆はしていないが、詳細分析や情報提供に強く関与し、特に日本からの論文や情報を執筆者である専門家グループに提供し、提言を行う事がミッシ ョンである。恣意的な論文選択は可能であった(注8)。
注8:甲状腺がんの多発は放射線の影響であるとした津田論文や加藤論文等は 問題があるとして評価の対象から外された。
明石眞言氏の関与
・明石氏はUNSCEAR内の調整専門家グループ(全体の統括)及び日本作業グループと国内対応委員と3つのポジッションを兼務しており、UNSCEARの内外から被ばく線量を小さく見せるような論文や、鈴木元氏の線量矮小化論文を優先して取り上げ、執筆者の専門家グループに提供し、被ばく線量の矮小化に誘導する事は容易な立場であった(注8)。
鈴木元氏の関与
・鈴木元氏は国内対応委員で、現在は福島県の甲状腺評価部会長である。更に鈴木氏が書いた避難地域住民の被ばく線量値を矮小化し纏めた『40の避難シナリオ』論文をUNSCEARは全面的に採用している。
・2022年7月21日にいわき市で開催されたパブリック・ミーティングで執筆者の一人であるバロノフ氏が、日本人の甲状腺への取り込み率を2分の1にしたのは鈴木氏の提言を採用したものだったと暴露した。この暴露で鈴木氏の強い関与が実証された。
原発事故当時の明石氏と鈴木氏の不作為・問題行動
(1) 明石眞言氏:
・放射線の影響は少ないとして、1080人以外のスクリーニング調査を止めるべき、疫学調査は不要と政府に進言。被ばくの実態を分からなくしてしまった。
・更にスクリーニングの基準を1.3万cpmから10万cpmに認めるよう国に依頼。
(2) 鈴木元氏:
・ヨウ素剤配布の失態
・スクリーニング基準作成に関与
・明石氏と鈴木氏は過去同じ時期に放医研に在籍し、共同研究論文も多数存在する。自分達の不作為の責任逃れの為にも、住民の被ばくの影響を小さく見せたいという二人の思惑は一致している。
・日本作業グループが提供した都合のよい論文やデータをもとに、執筆者(専門家グループ)が公正・中立に議論したとしても、もともと偏った論文やデータでの議論では結論が偏る事は明らかで、UNSCEAR の公正・中立性とする説得性には欠ける。執筆する専門家グループは日本作業グループや国内対応委員会の偏向した情報を容易に受け入れている。
8. UNSCEARが非科学的である5つの理由
(1) UNSCEAR報告書を第三者がチェックする機能がない。
(2) UNSCEAR報告書は中身とプレスリリースの結論が不一致。
(3) 日本国内対応委員会とUNSCEAR間との文書開示を拒否。
(4) 他の研究者が検証不可能な福島医大論文を多数採用。
(5) 公開質問やパブリック・ミーティングでの間違いの指摘を修正 も公開もしない。
・UNSCEARの内情をよく知る元WHO放射線・公衆衛生顧問キース ・ベーヴァーストックが2014年11月に来日し、日本外国人特派員協会での記者会見スピーチ要旨が以下。「委員のほとんどは、経済的重要性の高い原子力推進プログラムを持つ各国政府の指名制で、これらの政府はまたUNSCEARに資金も提供している。原子力産業口ビーに批判的な声をあげてきた研究者でUNSCEAR報告書の作成に関与している人はいない」
4 マンハッタン計画を引き継ぐ放射線被ばく研究 高橋博子
・アメリカの秘密文書公開によってマンハッタン計画の人体実験の詳細が明らかになっている。
・UNSCEAR 放射性降下物研究の中心機関の一つである米原子力委員会ニューヨーク作戦本部の所長であったメリル・アイゼンバッド博士によると、米上下両院原子力委員会の委員が、環境放射線の情報収集と評価のための委員会を国連に設置することを彼に相談してきたので賛成し、今度は彼自身が上下両院原子力委員会の議長のスターリング・コールとその親しい友人でもあるルイス・ストローズ米原子力委員会委員長を説得して話が進み、ヘンリー・カボット・ロッジ国連大使が国連総会にて提案して成立した、とのことである。つまりはUNSCEARは核実験による放射性降下物の危険性が批判される中で、核実験の加 害者側であり、マンハッタン計画の後続機関である米原子力委員会関係者の強い働きかけによって発足した委員会といえるのである。
・放射線被ばく問題の研究機関は、どこを切り取っても源流を辿れば大抵マンハッタン計画に辿り着く。「放射線被ばく研究」とは医学研究よりも軍事研究が優先される体制下にあり、人体実験の系譜にあるともいえるのである。
5 「福島原発事故による甲状腺被ばくの真相」究明における津田―疫学誤用検出ツールキット―論文の意義 山田耕作
・SHAMISEN国際専門家コンソーシアムから出された特別論文への批判
・チェルノブイリでの柴田論文の意味→長瀧重信氏を含む長崎大学のグループはベラルーシで原発事故後のヨウ素131を含む短寿命核種の影響のなくなった後に生まれた子ども9472人 (1987年1月1日~1989年12月31日生まれ:グループ1)、事故時に胎児であった子ども2409人 (1986年4月27日~12月31日生まれ:グ ループ2)、事故前に生まれた子ども9720人(1983年1月1日~ 1986年4月2日生まれ: グループ3) の3つのグループで同等の検査を行い甲状腺がんの検出例を比較した。グループ1からはゼロ、グループ2からは1例、グループ3からは31例のがんが見つかっ た。この研究から、チェルノブイリ事故後に観察された子どもの甲状腺がんの原因はヨウ素131 (半減期8.04日) およびヨウ素133(同 20.8時間)のような短寿命放射性核種への直接的な外部被ばくおよび内部被ばくによって生じたと思われる、と結論づけている。
・チェルノブイリで超音波エコーを使って確認された甲状腺がん症例は、チェルノブイリ事故の結果ではなく、過剰診断の結果であるという議論が長期間続いていたのである。この議論に応えて、1998年から2000年にかけて、日本人研究者であるShibataらは、チェルノブイリ事故後に生まれた子どもたちと事故前に生まれた子どもたちを、これまでの超音波エコーによる甲状腺検査と同じ手順で比較検討した。その結果は明らかだった。チェルノブイリ事故当時、胎児だった子どもたちの甲状腺がんは、事故当時すでに生まれていた子どもたちの検出数よりも少なかったが、1987年1月以降に生まれた子どもたちからは甲状腺がんが見つからなかったのである。この結果は、チェルノブイリ周辺の非被ばく者集団で行われた他の研究で確認されたものと同様であった
・1巡目のスクリーニングの順番問題 2年という検査時期のズレ
6 福島原発事故による小児甲状腺がんの多発について 大倉弘之
がん統計データとの比較
・特に心配なのが節目検査の受診率が1割弱と低いこと
いわゆる過剰診断について
・最初から過剰診断を予防する仕組みが設計されている。→5mm以下の結節をA2判定として二次検査をせず2年後の次回検診を薦めるガイドライン。これは「一生取らなくてもいい可能性のあるラテント癌の大半が5mm以下であることによる」としている(ラテ ント癌は潜在がんとも呼ばれる)。「精査基準を設け、過剰診断とならないように、小さくても非浸潤性のものはなるべく経過観察にすべく制限している」として(i)「悪性を強く疑う場合」 および(ii)「悪性を疑う場合」の分類基準を掲げ、細胞診の適用について、10mm以下の場合は(i)の場合のみ、10mmを越える場合は(ii)または20mmより大きい場合に限り、それ以外は経過観察に回すという判断基準が示されている。
★チェルノブイリ原発事故では事故後1~2年後から甲状腺が んが臨床的に増加していたが、事故から4~5年頃から日本等からチ ームが入ってエコー検査によるスクリーニングが開始され、特にベラルーシなどの汚染地域で際立った多発が観察されるようになった。当然原発事故の影響が疑われたが、その当時から日本の研究者などからエコー検査による「スクリーニング効果」による見かけの多発であるという説が出されるようになり、結論は先送りにされていた、しかし、事故から約5~16年後にかけて行われた主として事故後に生まれた子供たち約4万7000人を対象にしたエコー検査によるスクリーニングでは甲状腺がんは発見されなかったのである。このことは、エコー装置によるスクリーニングで過剰診断は起こらないというエビデンスになっている。
因果関係について
例えば被ばくが原因のケースだけ特定しようとか、さらに発癌のメカニズムをより詳しく解明するなどの議論を始めると、一見、意味があるように見えるかもしれないが、 どこまでも結論を先延ばしにすることに繋がる。因果関係を明らかにするのにメカニズムなどの因果関係の途中の道筋を明らかにすることは必要なく、原因と結果の関係を見誤らないことが重要である。
・疫学の教科書に必ず載っていると言っていいジョン・スノウが、19世紀半ばのロンドンでコレラの原因を発見して流行を抑えたのは、コッホによるコレラ菌発見の約30年前のことであった。当時のロンドンでは複数の水道会社から水が供給されていて、感染が特定の会社の水道管に沿って起こっていることを発見し、原因を突き止めたのである。この場合の原因はその会社の水道水の摂取であり、後に発見されるコレラ菌は病因物質と呼ばれるメカニズムの一要素に過ぎず、原因特定のための必須事項ではないのである。
・チェルノブィリ事故で内部被ばくの影響が明らかになったのは、約35万人の子供達の甲状腺の内部被ばくを直接測定したからであり、それに対して、福島では直接測定のデータが皆無と言っていい状況である。その中で「1080名の測定」が引用されることがあるが、これは最も危険度が大きい避難地域の子供たちは全て避難済として対象外にし、その周辺地域の子供たちに対して限定的に行ったものである。しかも、その測定に際して、甲状腺に測定器を当てて測ったデータから、バックグラウンドの線量と称して肩口に測定器を当てたデータを引き去ったことが明らかとなっていて、非常に多くの測定データが0やマイナス値となるというもので、データ全体が全く信用できない。避難地域で一旦避難しても知り合いを探しに戻った例や逃げ遅れの場合等も一切無視している。それに対して土壌汚染記録は客観的な物理データに基づいて記録された事故の影響を表す信頼性の高いデータと考えることができる。
最後に
・チェルノブイリでは事故後何度も被ばく線量の再評価が行われ、それが福島での貴重な知見ともなっている。福島でも、被ばくの真相究明の継続は因果関係をさらに強固なものにするだけでなく、人類史的課題とも言える。その際に、福島事故が非常に複雑な経緯を辿ったことを改めて注意しておきたい。
・福島では3基がメルトダウンを起こし、ベントという人類史上初の人為的放射能放出が何度も繰り返された。2号機では人為的制御が全く及ばない中で格納容器の自壊により極めて大量の放射能放出が起こった。チェルノブイリの大気圏を突き抜けるような大爆発に比して福島では繰り返し地を這うように放射性物質が広がった。人口密度の違いも考慮すれば、被害がチェルノブイリより小さいなどとは言えないはずである。
・さらに、実は1号機のベントでは、当初の想定の何百倍もの空間線量率(ピーク時で4.6mSv/h) が北西約5kmの上鳥羽モニタリングポ ストで記録されていた。そもそもベントはメルトダウンなどの過酷事故を未然に防ぐための操作であったはずが、メルトダウン後半日以上経ってからのベントであった為、水を通過させ放射性物質の99.9%が取り除かれるとされていたベントが、熱湯を通過した為、実際には少なくとも40%以上が放出されたと考えられている。しかも、当時の記録によると、原発から20km圏内の避難指示が出た3月12日18時半はその危険なベントの約4時間半後であった。これは、非常に強い被ばくの蓋然性を示すほんの一例であり、事故の経緯再検証の重要性を示している。
・そして、今後の被ばく評価では何よりも子供たちの甲状腺がんの実態を踏まえたものにすることが重要である。そのためにも、節目検査のあり方の再検討を含めて甲状腺検査は長期の見通しをもって継続されなければならないし、福島県に限る理由はない。そこでは、広島・長崎の被ばく者手帳のような仕組みも必要となろう。
7 日本の専門家は被爆者の命と健康に寄与した先人達の原点に立ち戻るべき 藤岡毅
1. UNSCEAR成立初期の日本代表団の活動
・米国のビキニ岩礁水爆実験(1954) がもたらした放射性降下物の健康影響をめぐる論争を契機として、国連科学委員会(UNSCEAR、1955)が設立された。放射性降下物の遺伝的影響を懸念する科学者主導の国連機関創設を封じるため、米国政府が強力に関与し、各政府任命の科学者からなる国連機関としてUNSCEARは生まれた。設立時には米英ソ仏など15ヵ国の原子力推進国家が参加した。被爆国だからこそ、「原爆反対」=「原子力の平和利用」というレトリックで原子力推進に舵をとった日本はUNSCEARの参加国となり、1956年1月、原子力委員会を設立した。
・初代のUNSCEAR日本代表には、「原爆症研究の父」と呼ばれた都築正男(日赤病院長)が任命された。→2代目塚本憲甫
・この時期、UNSCEAR国際会議に参加した日本代表団の研究者を中心に日本放射線影響学会が設立 (1959)された。会長の都築をはじめ 総務の檜山、森脇大五郎、田島、塚本、会計の宮川正、編集委員の村地、三宅等、学会役員の大部分がUNSCEAR日本代表団の活動に関わ った人たちである。学会創設の基本理念は、米国の水爆実験の放射性 降下物で日本人船員の多くが被ばくした事実にふれ、「これを契機として、放射線の人体影響調査と、放射性物質による環境、食物の汚染 調査が行われ、様々な分野の研究者が参加し討議する機会が得られた」こと、「知識を共有し放射線に対する理解を深める場が必要であることが研究者の間で話し合われ」たとしている。1957年11月に公開された映画『世界は恐怖する死の灰の正体』は、ストロンチウム90などを含む死の灰が人間や生物に重大な健康被害をもたらす可能性を描き内部被曝を重視した記録映画で、放射線影響学会の役員となっ た研究者の多くが映画作成に協力した。
2. 原爆開発が生んだ保健物理学とその影響拡大
4. 原発本格推進下の安全対策軽視・被ばく影響無視の政策と御用化する研究機関
・原子力船むつ事故
・日本原電敦賀発電所「岩佐訴訟」、ビキニ被災船「弥彦丸」問題、放医研は被ばく影響を否定。
・ビキニ被災後、日本学術会議の要請に応じて作られた放医研は、原発推進が本格化する中で当初の目的は失われ、原発推進の国家機関旧科学技術庁傘下の研究所として国策に沿って被曝影響を軽視する機関となった。
5. 被害を食い止めるための「科学」から被害を放置するための「科学」への変質を許すな
・福島甲状腺被曝問題が、国際的な放射線影響科学の最大の主戦場となっている。原子力推進を使命とするIAEAやICRPが各政府の個別の問題には立ち入らないとしてきたこれまでの姿勢を転換して、日本政府の被爆者切り捨て政策に積極的に協力し支援していることはその証左である。UNSCEAR2020/21レポートはその一環であり、原子力推進国家の意向で動くUNSCEARの本質が露呈したものである。
6. 「黒い雨」裁判の成果を原発事故被害者の闘いに継承・発展させるために
・黒い雨にさらされた人々が原爆症に苦しんできたという事実と裁判の過程で行われた科学論争を十分に吟味した裁判官が、内部被曝に関する科学的知見を考慮して判決を下したのである。それを受け入れず、実効線量による線量推定がなければ科学でないと断ずること自体が非科学である。科学は事実から出発して仮説やモデルを検証する営みであり、実効線量という問題の多い仮説から出発して事実を否定する論理は真逆であり科学ではない。
・すでに闘われている「子ども甲状腺がん裁判」や全国各地の避難者たちの原発賠償裁判で「黒い雨裁判」控訴審判決の成果を継承・発展させることが重要である。現在の専門家たちは政府の非人道的・非科学的な見地に与することなく、被爆者の命と健康に寄与した先人研究者達の原点に立ち戻るべきである。
8 「原因不明の多発」として小児・若年性甲状腺がん放置を続けてはならない 林衛
・論点整理5:甲状腺がん診断・治療のガイドラインは、高危険度と低危険度を高解像度の超音波エコーを駆使して見極め、過剰診断を避け、患者の利益をもたらすべく専門医のコンセンサスを得たものである。
UNSCEAR 2020/2021報告書では、推定被ばく線量の低さから多発の原因を被ばく以外の「超高感度」の超音波エコー検査に求めている。しかし、甲状腺専門医はチェルノブイリ後の検査のときよりも高解像度になったエコー検査の画像を得ることで、甲状腺がんの高危険度と低危険度を「精確」に区別し、低危険度の場合には経過観察を可能にし、過剰診断を回避するとともに、増大や転移、浸潤といった高危険度の要素を見逃さず適切な治療を実施している。低侵襲で精度高く診断を実現する高解像度エコーは、甲状腺専門医にとって手放せないものだといえる。
「超高感度」で小さいがんでもどんどんみつけているから過剰診断だとかたる印象操作による誤解は、医療アクセスから患者を遠ざけるため危険である。
あとがき
・人類的課題
6/28読了