- [巻頭エッセイ]患者の発生こそ社会が向き合うべき現実である 津田敏秀
- 【特集】原発事故と小児甲状腺がん
- 福島原発事故と小児甲状腺がんとの因果関係について 津田敏秀
- 福島県における甲状腺検査の諸問題III 濱岡豊
- 3.11以後の科学リテラシー no.112 牧野淳一郎
- 症例把握なき過剰診断論――現実から乖離した甲状腺検査の評価 白石草
- 安定ヨウ素剤投与指標策定の欺瞞 井戸謙一
- これは「復興」ですか?no.61 小児甲状腺がん多発の責任 豊田直巳
- 福島県における甲状腺がん多発に関するいくつかの指摘――「三県調査」は福島県の甲状腺がんについていかなる主張もできない 黒川眞一
[巻頭エッセイ]患者の発生こそ社会が向き合うべき現実である 津田敏秀
・医学における因果関係の証明は、19世紀以降議論されてきた(『医学的根拠とは何か』 岩波新書)。1828年、パリの内科医ピエール=シャルル・ルイは患者数を系統的に数え上げて根拠とし、2500年の伝統をもつ瀉血療法をやめさせ、議論の口火を切った。この議論は200年前に開始され今から80年前にほぼ終焉していた。発がん原因に関しては約50年前にはヨーロッパで分類作業が始まっていた。しかし日本では、これらの議論が21世紀になっても時々勃発し、混乱を招いている。「無知の知」以前の「知らないことを知らない」状態が続く日本では、「知らないこと」も自覚できない「専門家」により判断が先延ばしされる状態が続いている。公衆衛生政策は人権をもつ住民のために行われる。患者の発生こそ、私たちが共に生きる社会における現実の問題なのである。
福島原発事故と小児甲状腺がんとの因果関係について 津田敏秀
・福島 超音波エコーを使った甲状腺検査 事故当時18歳以下対象 約36万7649人中30万0473人が参加(2017年3月末現在)。
・一巡目115例、二巡目71例の甲状腺がんが検出。
医学における因果関係の推論
がん原因判明の十分条件としての疫学的エビデンス
・タバコ喫煙と肺がんや喉頭がん、アスベスト曝露と肺がんおよび中皮腫の因果関係に決着がつい た1960年代半ばに、世界保健機関(WHO)に国際がん研究機関(IARC)が創設され、人における発がん物質の分類が開始され、1970年頃からその結果が発表され始めた。
・現在、IARCにより、取り上げられた物質の人への発がん性は以下の4グループへと分類されている。人への発がん性がある(グループ1)、恐らく人への発がん性がある(グループ2A)、人への発がん性の可能性がある(グループ2B)、人への発がん性に関しては分類不可能(グループ3)である。2022年の初頭までに121の発がん物質ならびに発がん行為や発がん工程などが同定されている。この発がん物質の決定(分類)のためのルールが前文(Preamble)として決められている。
・この表から読み取れるのは、発がん性の分類において、疫学研究結果で十分な根拠が示されれば、動物実験や試験管実験(メカニズム研究)など、他の方法論による結果は「不必要(Not necessary)」とされている点である。つまり、疫学研究で十分なエビデンスがあることはグループ1に分類されることの十分条件である。
・電離放射線に関しては、2000年の第75巻で「X線およびガンマ(y)線、および中性子」が、2001年の第78巻2で「内部被ばくした放射性核種」が分類の対象になっている。数多くの放射性核種が放出される原子力発電所の過酷事故だが、「原子炉事故や核兵器の爆発によるヨウ素131などの短寿命放射性ヨウ素(小児期の被ばく)」がグループ1としてこの時にすでに分類されていた。さらに2012年の第100巻D³において、X線、y線、a線、β線、核分裂生成物の混合物や内部被ばくも含んで評価され、電離放射線のすべてのタイプがグループ1に分類された。したがって、放射性ヨウ素やトリチウムをはじめ、原子力発電所の過酷事故で放出されたり汚染水に含まれたりする放射性核種は発がん物質だということがわかる。
知覚できない因果関係による影響を知る
・因果関係を証明する唯一の方法が疫学調査
考察:最小潜伏期間とバイアス、競合仮説の検討
地域間の倍率の格差が1巡目は小さい件(交絡バイアス)
・1巡目検査、足掛け3年。検診の順番は事故による汚染濃度が高い地域からおおよそ行われた。……検診が実施された順番は、大まかに言うと、2011年度は福島第一原子力発電所の周辺市町村、2012年度は中通りの福島周辺、二本松市・本宮市周辺、郡山市と白河市周辺、2013年度はいわき市と相馬地方、いわき市の西側の市町村、会津地方という順番である。こう並べてみると、事故後半年後程度の原発周辺市町村の検診時には、被ばく線量が高いものの事故後に発生した甲状腺がんは、詳細検査に進む基準となる大きさ(超音波エコーを用いた1次検診で5.1mm以上。基準を超えると細胞診を行う可能性のある2次検診へと進む)まで成長していないだろう。したがって、2011年度の検出数(検出割合)は相対的に低くなる。一方、2013年度に検診が行われた市町村では被ばく線量は比較的低いものの、検診までの時間が事故後2~3年が経過しているために、事故後に発生した小児甲状腺がんが基準の大きさを超えるのに十分な時間がある。このことは検診順番が発表された時点で、予測できたことである。
・このように1巡目で山型の検出割合を示すだろうという予測通りの結果自体が、事故による甲状腺がんの多発を示唆する証拠ともなる。一方、2巡目の検診においては、原発に近い市町村ほど甲状腺がんの検出割合が高くなる量反応関係が見られた。この理由は,2巡目では事故からの経過年数が市町村間で一様に十分に大きくなっているため、相対的に検診順番の影響が小さくなり、被ばく量の違いの影響の方が相対的に大きくなるからである。
被ばく量の問題
・小児甲状腺がんが発生するには、福島県では被ばく量が少なかったともいわれる。しかしこれは、不確実な前提にもとづいている。飲食物や呼吸を介した被ばく量に留意すべきである。
また、チェルノブイリ原発周辺の小児甲状腺がん症例のうち約51.3% (345例中177例)は100mSv以下の推定被ばく量であったことが示されている。福島原発事故による被ばく量が少なかったと考えることは合理的とはいえず、むしろ小児甲状腺がんを著しく多発させるのに十分な線量であったと考えるべきである。
・小児甲状腺がんは、欧米に限らず日本でも年間100万人に1人か2人程度である非常にまれな病気であることはよく知られている(ハリソン内科学書第18版2012年)。なぜ事故後に小児甲状腺がんが目立ってくるのかというと、通常は存在しない放射性ヨウ素による内部被ばくが存在していたからだ。この情報を利用して、数週間で消えていった放射性ヨウ素の内部被ばくも含む最も正確な「被ばく測定値」として、小児甲状腺がんの発生動向を用いることができる。産
業医学ではよく知られた、生物学的モニタリングの考え方が可能で役立つ事例である。そして今回の場合は、既存の放射性ヨウ素に関する知識が、この考え方の正当性を保証している。珍しい病気が多発する時は、病因物質曝露量がわからないとうろたえるのではなく、その珍しい病気の多発動向が、正確に病因物質曝露量を示していることを忘れてはならない。
・「病気の存在」の方が「病因物質の存在」よりも確実。
・甲状腺がん、18歳以下と中年期との甲状腺がんの発生率には100倍以上の差がある。
いわゆる「過剰診断」
・過剰診断Overdiagnosisという用語 2010年に出されたWelchの論文のタイトルに由来する その冒頭
「がんの過剰診断には、次の2つの説明ができる。1)がんが進行しないか、むしろ後退する、2)がんの進行が遅いため、がんの症状が現れる前に他の原因で患者が死亡する。この2つ目の説明には、発見時のがんの大きさ、がんの成長速度、患者の死亡リスクという3つの変数の相互作用が含まれていることに注意する必要がある。」
・福島県の甲状腺がんの多発の「過剰診断」による説明に対する反証は、すでに数多く示されてきている。進行しないか後退するがんであるというのは、提訴した若者たちの現実の病状がその反証である(転移、複数回の手術や放射線治療)。そもそも過剰診断説は、数十倍の多発の一部を説明できるかもしれないという程度の、根拠も示されていない話である。超音波エコーを用いた甲状腺検診では小児甲状腺がんの過剰診断がほとんど起こらないという、否定できる根拠はすでに事故から10年以上前から存在する。
・過剰診断説は、最も参考にしなければならないチェルノブイリ原発事故後の周辺3カ国(ベラルーシ・ウクライナ・ロシア)からのメジャーな医学雑誌を含む数多くの論文や解説記事を見逃している(見ようとしない)結果として生じている。したがって、このような主張をしている人たちは「専門家」とはいえないだろう。1995年11月のWHO主催のジュネーブ(スイス)での会議、1996年3月のEC主催のミンスク (ベラルーシ)での会議、1996年4月IAEA主催のウィーン(オーストリア)での会議を経て、つまり多くの検証を経て、超音波エコーを用いた甲状腺検診で、小児甲状腺がんの過剰診断が「ほとんどない」、ということは、福島原発事故の10年以上前からよく知られていたのである。
公衆衛生政策は人権をもつ住民のためにある
・2015年10月津田論文→それに対する批判と回答→「UNSCEAR2016年白書」ではそれを全て見たうえで、すでに回答済みのおなじ批判を繰り返す
・一見すると、世間や読者からは、「UNSCEAR2016年白書」の批判に対して私どもが回答不可能に陥ったように見えてしまうことになる。「UNSCEAR2016年白書」を読んだ後にわざわざ私どもの論文と回答とをチェックするような人はほとんどいない。このようなダマしのテクニックを私は生まれて初めて見せつけられた。しかし逆に、これは私どもの論文とその回答の内容に関して、UNSCEARが批判可能な点がまったくなかったことを示している。この出来事は、多くの日本人が専門的で中立の国際機関であると信じているUNSCEARが、実はこのようなダマしのテクニックを用いても、自らの主張を押し通す組織であることを示している。
福島県における甲状腺検査の諸問題III 濱岡豊
福島県甲状腺検査の結果の分析の問題点
(1)これまでの分析の問題点
・UNSCEAR2013福島報告書での分析の不適切さ 年齢で2分割、甲状腺線量で4分割してわざわざサンプルサイズを小さくして、被ばく影響を否定
・福島県の甲状腺検査評価部会および(その上位機関の)県民健康調査検討委員会ともに、この結果を受け入れ、2巡目については「現時点において」「甲状腺がんと放射性被ばくの間の関連は認められない」(県民健康調査検討委員会、2019)とした
(2)繰り返されつつある不適切な分析
・なお、UNSCEAR2013、2020年報告書ともに、報告書本編で推定値の概要が示され、それと同時に公開されるAppendixで推定方法の説明がなされる。ただし、推定に用いたデータや推定結果はAttachmentとして別途公開される。2013年報告書のときもそうであったが、2020年報告書のAttachmentは、報告書公開から1年程度経過した2月はじめに土壌測定データ3つが公開されただけである。この分析ではUNSCEAR2020年報告書での甲状腺吸収線量の推定値を用いていると注記されているが、引用されているAttachmentは未公開のファイルである。UNSCEARに問い合わせたところ、secretariatからは提供していないとのことであった。未公開ファイルを利用することは、UNSCEARの中立性とあわせて数値そのものの妥当性も疑われる。用いた線量の数値データも公開すべきである。
(3)分析計画の必要性
・都合がわるい結果が得られると分析方法を変更してしまう
福島での甲状腺がんを巡る2つの動き
・ひとつは2022年1月27日6人が提訴
・もうひとつは2022年1月27日付け書簡「EUタクソノミー(経済活動や投融資が環境的に持続可能であるかどうかを明確にする分類)に対する元首相5名による共同声明」
・山口壯環境大臣(元外務官僚)の的はずれな抗議「欧州委員会委員長宛て書簡において、「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という記載がありますが、この記載は、福島県の子どもに放射線による健康被害が生じているという誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念されます。
福島県が実施している甲状腺検査により見つかった甲状腺がんについては、福島県の県民健康調査検討委員会やUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)などの専門家会議により、現時点では放射線の影響とは考えにくいという趣旨の評価がなされています。」
県民健康調査検討委員会・甲状腺検査評価部会およびUNSCEARの評価の問題点
(1)2020報告書での甲状腺がんリスクの推定
・「5歳以下で被ばくした女児集団を生涯追跡すれば、放射線被ばくによって16-50件の甲状腺がんが生じる可能性がある。ただし、被ばく無しでもこの集団には生涯で甲状腺がんが600-700件程度生じ、上述の増加分は誤差に紛れて識別できない。」(2020年報告書、パラグラフ222の引用者による抄訳)
・“unlikely to be discernible” 「discernible(識別される)」という語彙についての2013報告書での説明。
「十分大きな集団において疾患の推定リスクが当該集団における疾患のベースライン発生率の通常の統計的ばらつきに比べて十分に高い場合は、放射線被ばくによる発生率の上昇を疾病統計および疫学的研究において『識別できる』可能性がある。反対に、既存の知識に基づいてリスクを推定できても、推定されるリスクのレベルが低い場合や、被ばく人数が少ない場合、本委員会は『識別可能な上昇なし』という表現を使用し、現在利用できる方法では放射線被ばくによる将来の疾病統計での発生率上昇を実証できるとは予想されないことを示唆した。これは、リスクがないあるいは、放射線被ばくによる疾患の症例が今後付加的に生じる可能性を排除するものではないと同時に、特定の集団においてある種のがんの生物学的な指標が見つかる可能性を否定するものではない。さらに、かかる症例の発生に伴う苦痛を無視するものでもない。」
(2)UNSCEAR2020報告書における甲状腺検査の評価における問題
●スクリーニングによる増加
・韓国での例、大人15倍 福島50-100倍 福島約50倍
●チェルノブイリと比べた被ばく量の低さ
・チェルノブイリ事故後数ヶ月以内に甲状腺線量の直接測定35万人、福島子どものみ1080人
・あくまで推計
・食物摂取について、UNSCEARの論文と異なる証言もある
●チェルノブイリと比べたがん発見年齢層の差異
・チェルノブイリでの笹川財団の調査、事故後4年以降 調査対象0~5歳児がほとんど
●福島原発からの被ばくのない3県での調査(検査)結果と類似している
・サンプルサイズが小さすぎ 調査対象の年齢内訳も福島より高い(0-4歳児がほとんどいない)そもそも意味をなさない調査
●甲状腺がん発見率の地域差もしくは線量応答関係
・地域差、線量影響→ある
過剰診断論批判(総合編)
(1)一般論
●定義とのかい離
●データとのかい離
●死亡のみに注目し生活の質を無視
・死亡率のみに注目するのは不適切。生きていても声を失った例もある。
(2)日本全体
●過剰診断対策の先進国
・日本は過剰診断対策の先進国 2010年の日本の「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」では、1cm以下の甲状腺がんについて手術をしない条件を導入している。これは、世界で初めてがんに対して手術をしない選択肢を示したものであり、2015年のアメリカ甲状腺学会ATAのガイドラインに、そのまま導入された 「微小がんに対する非手術・経過観察」の提唱
●甲状腺がんでは死亡しないのか
・5年生存率97.5%、しかしステージ4で発見されると91.1に低下する(国立がん研究センター2021)
●原爆被曝者への成人健康調査
・健康診断による早期発見、早期治療により一般より寿命が長い
(3)福島での状況
●考慮されていた過剰診断対策
・過剰診断の可能性は織り込み済み。福島原発事故を受けてやっているもの。
●考慮されている過剰治療対策
・鈴木眞一教授「我々は何でも手術をしている訳ではなくて、一定の基準を持って、そういう弊害を防ぐために経過を見ているものや、または5mm以下は明らかに癌であると思われる場合以外は二次検査をせず経過観察しております。(中略)日本の専門家で同じ基準で、合併症の極めて少ない方法で外科手術を行っていまして、行う必要のないものは施行しておりません。(腫瘍径が)小さいものでもリンパ節転移があるとか、先ほどいった生存率に影響しないものは統計上は表に出てこないのですが、(腫瘍径が)大きくなると声が出なくなるなどの手術合併症が非常に高くなるという、いわゆるQOLを落とすバイアスが相当ありますので、そういうことも今は検討に入れなければならないということがあります。」
・隅病院宮内氏「当院では、甲状腺の小さながんに対しては手術をしないで、経過観察をするということを21年前からやっておりますが、それについてご説明させていただきます。(中略)
実は、私、福島県の甲状腺検査専門委員会の診断基準等検討部会の委員も仰せつかっておりまして、一昨日、その検討会に出たんですが、福島県医大で手術された症例について説明を受けましたが、少なくとも7割以上の症例は、大きさが1cm以上とか、リンパ 節転移があるとか、中には遠隔転移のある症例も含まれておりまして、現在、我々が、普通、常識的に手術の適用としている患者さんです。3割程度が1cm以下ですけど、鈴木先生のご説明では、反回神経に近い、我々が高リスク、ハイリスクとしているような症例ですね。あるいは気管に接していると、そういうふうな患者さんに手術をしているという説明をいただきました。」
●自覚症状による発見
・「集計外」の患者で18名は自覚症状もしくは他の病気がきっかけで診断された
●福島での甲状腺がんの様態
・甲状腺検査で見いだされた甲状腺がんの様態は県民健康調査検討委員会や甲状腺検査評価部会では公開されていない。平沼(2021)は、学会報告など含めた180件の手術例を整理している。それによると、8割にリンパ節転移、46%に甲状腺外への浸潤がみられたという。上に引用した宮内氏の意見を裏づける数値であり進行の遅いがんとはいえない。
●剖検での甲状腺がんとの違い
・剖検=病理解剖 年齢もサイズも違う 多くは3mm以下
●成長の速さ
・平均より成長が早い
●甲状腺検査がストレスを与えるのか?
・超音波エコーはストレスがほぼない 64%が検査は有用と答えている
結びに
・県民健康調査検討委員会、同・甲状腺検査評価部会、UNSCEARの「専門家」への疑問。しっかりやってもらうか、それができないならば交代させるしかない。
3.11以後の科学リテラシー no.112 牧野淳一郎
・1月27日に、小泉純一郎、細川護熙、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市の5人の元首相が「脱原発・脱炭素は可能です―EUタクソノミーから原発の除外を―」と題された書簡を欧州委員会あてにだした
・福島県甲状腺検査評価部会 どうしても被ばくの影響なしを導きたいために、無理な「検討」をしている。UNSCEAR頼み。
症例把握なき過剰診断論――現実から乖離した甲状腺検査の評価 白石草
・政府関係者やメディアは、福島県で開催されている「甲状腺検査評価部会」(「県民健康調査」検討委員会の下部組織)の結論を、金科玉条のごとく扱うが、同部会は、2013年11月の設置以来、被曝との因果関係に結びつくデータの検証を徹底的に避けてきた。特に鈴木元国際医療福祉大学クリニック院長が就任した第2期以降は、その傾向がより顕著となっている。「過剰診断」を疑いながら「手術症例」を検討せず、因果関係を示唆する結果は排除して当初の研究デザインも塗り替えた部会を科学的と呼んでよいのか。
「過剰発生」か「過剰診断」かの二択へ
・国立がん研究センター津金昌一郎氏「今後、検査受診者から新たな甲状腺がんは検出されないと仮定すると、今回の甲状腺検査は、35歳までに臨床診断される甲状腺がんを全て検出したことになる。」つまり、1巡目で100人超のがんが出尽くしたため、今後、しばらくは検出されないと指摘したのである。
しかし2巡目以降も、がんは増え続けた。しかも、2巡目でがんが見つかった患者の8割は、1巡目の検査では嚢胞や結節のなかった患者ばかり。腫瘍径は平均1.1センチ、最大3センチ以上の腫瘍が見つかっていることから、2年の間に急速に腫瘍が成長した可能性が指摘され、「過剰診断論」とは逆に、「アグレッシブながん」が見つかっているのではないかという懸念
・こうしたなか、2015年2月を最後に福島医大の鈴木眞一教授が検査の担当から外される。そして手術症例も発表なしに。
現実と乖離した「過剰診断論」
・こうした不十分な状況とはいえ、昨年11月、東京都の都市センターホールで開かれた「第64回日本甲状腺学会」では、鈴木教授が注目すべきデータを公表した。2018年12月末までに執刀した180人のうち、16人がのべ19回のアイソトープ治療を受けていることを明らかにしたのである。アイソトープ治療待機患者も3人いるという。
アイソトープ治療とは、甲状腺細胞がヨウ素を取り込む性質を利用した治療法で、あえて多量の放射性ヨウ素を服用し、残存する甲状腺細胞ないし甲状腺がん細胞を破壊するものだ。甲状腺全摘患者のうち、再発リスクが高い患者や遠隔転移した患者に施行する。
鈴木教授の発表によると、この16人のうち、肺転移疑いが9例、骨転移疑いも1例あるという。
・このほか、リンパ節に転移し浸潤している症例(N1-EX)が5例、外側部のリンパ節転移が1例、サイログロブリン値が異常値の症例が1例となっている。また気になるのが男女比だ。通常、甲状腺がんは女性比率が多いが、女性6人に対し男性10人と、男性の方が多いのである。
これらの症例を見ると、懸念されるのは「過剰診断」ではなく、むしろ「重症化」であるように見える。
・しかも、このデータには含まれていない重症例がほかにも存在する。冒頭に触れた通り、今年1月、6人の甲状腺がん患者が東電を訴えたが、このうち4人は福島医大以外で手術を受けており、鈴木教授のデータには含まれていない。アイソトープ治療を受けたのは、そのうち2人だ。
ひとりは男性で、独自に検査でがんが見つかった。これまでに計4回もの手術を受けたが、とりわけ2回目の手術は10時間も要する大手術となり、退院まで2週間以上かかったという。この男性はその後、再発・転移を繰り返し、4回目の手術では反回神経を切除する寸前だった。反回神経は声帯や嚥下機能を司る神経で、切断されれば声が出なくなる可能性もある。術式の変更で切除は回避したが、非常にシビアな状況だった。
・もうひとりは女性で、2015年に1回目の手術を受けたが、2018年に再発。福島医大への不信感もあり、主治医に告げることなく別の専門病院に転院。同年2月に2回目の手術を受けて甲状腺を全摘し、7月にアイソトープ治療を受けた。2回目の手術時間は2時間程度だったものの、がんは外側部のリンパ節に広がっており、首には大きな傷が残った。
研究デザイン変更と「宮崎・早野論文」第3論文
・このように「過剰診断」論が大手を振りながらも、「甲状腺検査評価部会」では、チェルノブイリのように、臨床データについて合理的な検証を行ってこなかった。しかも、2巡目で判明した71例の甲状腺がんは、「避難区域」「中通り」「浜通り」「会津」の順に多く、発見率に有意差が出ていたにもかかわらず、解析を中断したことは、本誌で度々取り上げられてきたとおりだ。
この結果を素直に報告書にまとめれば、「被曝影響の可能性がある」という結論が導き出されたはずだ。しかし、鈴木元・部会長は、年齢や検査時期などの交絡因子を調整する必要があるとして解析を中断。しかも、2年後の19年に入って突如、UNSCEARの推計甲状腺吸収線量をもとに福島県内を3地域に区分し、甲状腺がんの検出率を比較するという、新たな研究デザインをもち出し、「線量の増加に応じて発見率が上昇するといった一貫した関係は認められない」と分析。「現時点において、甲状腺検査本格検査(検査2回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない。」と結論づけた。
・これに対し、部会報告書を受け取った検討委員会の委員の一部は、説明なく研究デザインを変更したことを厳しく批判。とくに成井香苗氏(福島県臨床心理士会推薦)は強く反発し、「なぜ当初の4地区で解析できないのか」と再解析を迫った。また富田哲福島大学教授も「13市町村、中通り、浜通り、会津の順で発見率に高いにもかかわらず、なぜ被曝との関係がないと断定できるのか」と疑問を呈した。
・鈴木部会長は、4地域での解析をやめた理由について、「福島の被曝線量はチェルノブイリと比べてはるかに低く、地域差がでるはずがない」にもかかわらず、「どんなに調整を行っても地域差が出てしまう」ため異なる方法に変えたと説明する。
・「宮崎・早野」第3論文(研究責任者大津留晶)=伊達市の内部被曝調査がなぜ公表されないのか?おそらく被ばくとの有意な関係が出たから。
・黒川眞一教授「2015年になっても数千Bqの内部被曝者が存在する」ことも公表を辞めた原因ではないかとして、「都合が悪い結果がでたときは論文を発表しないことは研究倫理に反していると言わざるを得ない。」と断ずる。=甲状腺検査調査部会と連動している。
病態にもとづいた議論を
・甲状腺検査2巡目の評価に関する査読論文は、現在5本あり、福島医大の大平哲也教授が執筆した2本以外はいずれも「被曝影響あり」と結論づけているが、これらが評価部会で紹介されたこともない。一方、福島医大以外の研究者にも、甲状腺検査データの提供を可能とするためのルールをめぐっては、すでに2年前には、検討会の報告書が出されているにもかかわらず、今もなお、運用のための要綱ができないまま、棚ざらしになっている。
・今年3月に行われた鈴木眞一教授の最終講義では、福島原発事故後に取り組んだ甲状腺検査や小児の手術の話が一切登場しなかった。この事実こそがタブーとなっているためだ。
「多くの子供たち」が「甲状腺がんに苦しんでいる」紛れもない事実を示すものとして、詳細な「手術症例」と術後の経過を含めた詳細な病態こそ、いま最も明らかにされていなければならないだろう。