作品#04「続・哲学用語図鑑トレーディングカード」32枚

作品#04「続・哲学用語図鑑トレーディングカード」32枚を作成しました。
中国哲学
01.孔子
02.老子
03.孫子孫武
04.墨子
05.荘子
06.孟子
07.鄒衍
08.蘇秦
09.張儀
10.許行
11.公孫竜
12.荀子
13.韓非子
14.董仲舒
15.朱子朱熹
16.王陽明
日本哲学
17.西周
18.西田幾多郎
19.鈴木大拙
20.田辺元
21.九鬼周造
22.和辻哲郎
23.三木清
24.戸坂潤
大陸哲学(前著で抜けていた重要な思想家)
25.アンリ=ルイ・ベルクソン
26.ヴァルター・ベンヤミン
27.ジョルジュ・バタイユ
28.ハンス・ゲオルク・ガダマー
29.ジャック・ラカン
30.テオドール・アドルノ
31.ロラン・バルト
32.ルイ・アルチュセール
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孟子
性善説 井戸に落ちそうな子供を見れば、誰もが助けようとする
四端四徳
1.惻隠の情 人の不幸を見過ごせない心 → 仁
2.羞悪の心 悪を恥じる心 → 義
3.辞譲の心 お互いに譲り合う心 → 礼
4.是非の心 善悪を見分ける心 → 智
特に仁と義が大事
孟子によれば、人は誰でも生まれながらにして、4つの善なる心である四端を持っています。四端をつねに心がけながら生きると、四端は仁、義、礼、智という四徳になっていきます。そして最終的に、四徳の完成を自覚すると、悪に屈しない毅然とした勇気である「浩然(こうぜん)の気」が根底から湧き起こると説きます。孟子は浩然の気を身につけた人物を「大丈夫」と呼んで理想としました。
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寓意家・ベンヤミンの眼差しは「歴史の天使」のそれである。それは、歴史の見方のコペルニクス的転回であり、うわべの進歩や発展が実際のところ破局の連鎖にほかならず廃墟の山を築き上げていると見るものだ。馬上のナポレオンに魅入ったヘーゲルの「絶対精神の弁証法」が勝者の弁証法であるならば、革命の殉教者ブランキやモードに押し流されてゆく数々の商品群で溢れかえったパリのアーケードに魅入られたベンヤミンの「静止状態の弁証法」は、敗者の弁証法と言うべきものだ。進歩という追い風に乗った絶対精神の歩みは、様々な瓦礫の山を背後に積み上げ、敗残者たちの骸を打ち捨てながら前へ前へと突き進み、勝者の秩序として組み立てられた概念のシステムを出現させる。進歩の批判者ベンヤミンは、進歩の守護者ヘーゲルの真逆を行く。その「救済する批評」は、最後の骸やガラクタの一片を救済するまで、歩みを止めることはない。(清家竜介『現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!』PHP研究所

バタイユ「われわれは生存するためにさまざまな欲求を充足させねばならない。もしそれに失敗すれば、われわれは病み、苦しむことになるだろう。が、しかしそういう必要で不可欠なものが問題となる場合には、われわれはただ自らのうちでいわば動物的なものが下す命令に従っているだけなのである。人間的な意味での欲望の対象はそういう欲求よりももっと遠くにあり、それは私の言う奇跡なのである。つまりそれは至高な生――それを欠くと病み、苦しむといった不可避な必然性に定められている必要なものを超えた彼方としての至高な生なのだ。そういう奇跡的な要素、われわれの心をうっとりさせる要素は、たとえばごく単純にある春の朝、貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる太陽の燦然たる輝きにほかならないということもありえよう(それは最も貧しい者、たとえ不可避な必要性に押しつぶされて荒んだ心にされてしまっているような者でも、時として深く感じとることだ。)」「もっと一般的に言えば、そういう奇跡的なもの、人類(人間性)全体がそれを渇望するようなものは、美というかたちで、豊かさというかたちでわれわれのあいだに姿を現わす。また同時に激しい暴力性というかたちで、喪の悲しみというかたちで現われる。さらには栄光というかたちでも現われるのだ。芸術とは、つまり建築とか、音楽、絵画、詩とはいったいなにを意味するだろう、ある驚嘆した瞬間、宙吊りとなった瞬間への期待、ある奇跡的な瞬間への期待でないとするならば」(『至高性』)
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ラカンにとってリアルとは、あらゆる「現実」が抑圧しなければならないものであり、まさにこの抑圧によってこそ、現実は構成されるのだ。リアルとは、目に見える現実の裂け目や、そのつじつまの合わないところのみに垣間見ることのできる、表象不可能なXであり、トラウマ的な空洞だ。だから資本主義リアリズムに対抗する上で可能な戦略のひとつは、資本主義が私たちに提示する現実の下部にある、このようなリアル(たち)を暴き出すことであろう。(マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム「この道しかない」のか?』)
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『夢みる名古屋』出版記念トーク 矢部史郎x栗原康

夢みる名古屋

夢みる名古屋

紀伊國屋新宿本店9F
名古屋の道路幅の広さ 100m 栄 T字
東京や大阪 いい意味でスラム ゴチャゴチャ感
軍事キャンプとしての寺院
墓地をすべて移転
大げさにいえば自尊心が失われる
人間が小さい
京都 四条通 車線縮小
トヨタ 
「道路に屈服しない為に」
インダストリアルデザイン 公園のパイプのような椅子
ホームレス、喫煙者排除
軽度だけど持続的な感覚遮断
車は感覚遮断
排除のデザイン
人と人の垣根を壊す
「消費者」
子供への声かけ → 不審者
人間同士が異常に警戒し合う
空間が変わる → 社会が変わる
大学も昔はそうだった
自動運転等のテクノロジー → 人がどんどん孤独に
人が賑わいを欲する欲望は消えない
みんなで集まると楽しい
ジレ・ジョーヌはパリのオスマン計画への反発
マルクス主義唯物論歴史観アナーキスト人類学(デヴィッド・グレーバー)の融合
緻密な分析と大胆な飛躍
平井玄?

『続・哲学用語図鑑 ―中国・日本・英米(分析哲学)編』 作者: 田中正人,斎藤哲也 出版社: プレジデント社

続・哲学用語図鑑 ―中国・日本・英米(分析哲学)編

続・哲学用語図鑑 ―中国・日本・英米(分析哲学)編

目次
中国哲学
諸子百家
儒家儒教
儒教 混乱した秩序を安定させるため 儀礼→仁(愛情)
仁=孝、悌、忠、信、恕
克己復礼 
論語 いつ読んでもよい
 
孟子
性善説 井戸に落ちそうな子供を見れば、誰もが助けようとする
四端四徳
1.惻隠の情 人の不幸を見過ごせない心 → 仁
2.羞悪の心 悪を恥じる心 → 義
3.辞譲の心 お互いに譲り合う心 → 礼
4.是非の心 善悪を見分ける心 → 智
特に仁と義が大事
孟子によれば、人は誰でも生まれながらにして、4つの善なる心である四端を持っています。四端をつねに心がけながら生きると、四端は仁、義、礼、智という四徳になっていきます。そして最終的に、四徳の完成を自覚すると、悪に屈しない毅然とした勇気である「浩然の気」が根底から湧き起こると説きます。孟子は浩然の気を身につけた人物を「大丈夫」と呼んで理想としました。
 
鈴木大拙の「妙好人」 初めから救われているのだから、そのことに感謝し、みずから喜んで人助けをする人
純粋経験 主観と客観は分かれていない 
アウラはなくなってしまったけど複製技術の進歩は権力コントロールから表現を解放する
>>自分が現実界だと思っていたものは、単なる想像界にとどまることかもしれない<<
ソール・クリプキクワス算」68+57=5
 

英米哲学(分析哲学
▼年表
英米の哲学者
▼人物紹介
チャールズ・サンダース・パースウィリアム・ジェイムズ
ジョン・デューイ/ゴットロープ・フレーゲ
ルフレッド・ノース・ホワイトヘッド/ジョン・マクタガート
バートランド・ラッセル/ジョージ・エドワード・ムーア
アルベルト・アインシュタインルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
ルドルフ・カルナップ/ギルバート・ライル
カール・ポパー/ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン
ルフレッド・エイヤー/ロバート・キング・マートン
ジョン・オースティン/アラン・チューリング
ドナルド・デイヴィッドソン/リチャード・マーヴィン・ヘア
ジョン・J・C・スマート/ジョン・ロールズ
トマス・クーン/ポール・ファイヤアーベント
ヒラリー・パトナム/ハリー・G・フランクファート
リチャード・ローティジョン・サール
トマス・ネーゲル/ロバート・ノージック
ソール・クリプキ/デイヴィッド・ルイス
ポール・チャーチランドダニエル・デネット
ネド・ブロック/ピーター・ヴァン・インワーゲン
フランク・ジャクソン/ピーター・シンガー
アラン・デイヴィッド・ソーカルデイヴィッド・チャーマーズ
▼用語解説
英米哲学(分析哲学
プラグマティズム
プラグマティズム パースなど
可謬主義 パース
アブダクション パース
真理の有用性 ジェイムズ
道具主義 デューイ
保証付きの言明可能性 デューイ
創造的知性 デューイ
言語哲学と科学哲学
(言語)分析哲学 ウィトゲンシュタインなど
意味 フレーゲ
文(命題) フレーゲ
意義 フレーゲ
記述理論 ラッセ
写像理論 ウィトゲンシュタイン
言語ゲーム ウィトゲンシュタイン
家族的類似 ウィトゲンシュタイン
科学哲学 カルナップなど
論理実証主義 カルナップなど
反証可能性 ポパー
ホーリズム クワイン
自然主義 クワインなど
経験主義の2つのドグマ クワイン
翻訳の不確定性 クワイン
ネオプラグマティズム クワインなど
科学的実在論反実在論 パトナムなど
奇跡論法/悲観的帰納法 パトナムなど
パラダイム クーン
新科学哲学 クーンなど
知のアナーキズム ファイヤアーベント
反基礎づけ主義 ローティ
言語行為論 オースティン
心の哲学
心の哲学 ライルなど
実体二元論/性質二元論 デカルトなど
物理主義 ライルなど
機械の中の幽霊 ライル
カテゴリー錯誤 ライル
行動主義 ライルなど
同一説 スマート
タイプ同一説/トークン同一説 デイヴィッドソンなど
機能主義 パトナムなど
コンピュータ機能主義/ブラックボックス機能主義 パトナムなど
チューリングテスト チューリング
消去主義 チャーチランド
デカルト劇場 デネット
現象的意識 チャーマーズなど
クオリア チャーマーズなど
随伴現象説 ジャクソンなど
マリーの部屋 ジャクソン
哲学ゾンビ チャーマーズ
自然主義的二元論 チャーマーズ
中国人民 ブロック
中国語の部屋 サール
生物学的自然主義 サール
コウモリであるとはどのようなことか ネーゲル
倫理学
(現代)倫理学 ムーアなど
直観主義 ムーア
情動主義 エイヤー
指令主義 ヘア
非認知主義 ヘアなど
リベラリズム ロールズ
動物の権利 シンガー
生命倫理環境倫理 シンガーなど
形而上学
(現代)形而上学 パトナムなど
水槽の脳 パトナム
経験機械 ノージック
時間の非実在性 マクタガート
可能世界 クリプキ
様相実在論 ルイスなど
スワンプマン デイヴィッドソン
決定論 デネットなど
固い非両立論 インワーゲンなど

 
オースティン 言語行為論
ライル カテゴリー錯誤
行動主義
パトナム 機能主義
「自由意志」
倫理学
ムーア 直観主義
エイヤー 情動主義
x「殺人は間違っている」
○「私は殺人には反対だ」
○「私は殺人が嫌いだ」
ロールズ リベラリズム
メタ倫理 → 規範倫理
①基本的自由の原理
②機会均等の原理
③格差原理
(現代)形而上学
パトナム 水槽の脳
デネット 決定論
インワーゲン 固い非両立論=ラプラスの悪魔

8/11読了

『原子力都市』作者: 矢部史郎 出版社: 以文社

原子力都市

原子力都市

目次
柏崎
柏崎は、穏やかで調和の取れた田園工業地帯である。しかし、柏崎を知る人はみな「なにもない街だ」と言う。この街には「なにもない」。すべてが揃っているにもかかわらず、何もないのだ。人々の関心を惹きつけるような過剰や欠落、あるいは都市が表現する位置とベクトル、それらを示すなにか特徴的な差異を、この街は失っている。あらゆるものがありながら、そのdifference(=差異)が蒸発してしまっている。そして、ぞっとするようなindifference(=無関心)が、街を覆ってしまっているのである。
誰も何も見ていない。身近に起きている異変を、誰も直接に感じ取ることがない。そうして事件が発覚した後になってようやく私たちは、ずっと以前に生起していた異変の断片を、マスメディアを通じて知るのである。問題は柏崎に固有のものではない。この監禁事件(そしてDV事件)を特徴づけている不可視的性格は、原子力都市の一般的規則を示している。
かつて工業都市における情報管理は、嘘や秘密を局所的・一時的に利用するだけで充分だった。しかし、原子力都市における情報管理は、嘘と秘密を全域的・恒常的に利用する。嘘と秘密の大規模な利用は、人間と世界との関係そのものに作用し、感受性の衰弱=無関心を蔓延させる。原子力都市においては、世界に対する関心は抑制され、無関心が美徳となる。能動的な態度は忌避され、受動的な態度が道徳となる。巨大なindifference(非差異=無関心)が都市の新しい規則となるのだ。
身近に起きている現実のひだを、直接に感じ取ることがない。誰も何も見ていない。原子力都市は、無関心を新たな美徳とすることで、生活環境を不可視なものに塗り替えていく。
隔絶され密閉されているのは、原子力施設だけではない。都市生活の全体に、密室的・不可視的環境が蔓延しているのだ。
上九一色村
テクノポリス法」

キャバクラ 自衛隊 アンパンマン
自衛隊員のメンタルヘルス 
男たちの大和』には海がない
「大和」は本当に存在したのか?
砂丘
イメージと物質そのもの
都市を触っていく
京都
MKタクシー
むつ
歓楽街
かつて工業都市の経営者たちは、労働者や地域社会と交渉し、ときに譲歩することを強いられていたが、原子力都市の経営者は、交渉するのではなく管理する。土地を管理し、放射性物質を管理し、情報とイメージと政治を管理し、そうした諸々の領域にわたる管理の蓄積が、原子力産業を支えている。
この管理は、産業に由来する管理ではなく、軍事活動に由来する管理である。事業の決定から膨大な人々を排除するための秘密。異論を挟む余地もないほど現実離れした嘘。原子力化のモデルは、いまやさまざまな領域で参照され、偽装の社会を拡大している。商品の偽装や会計の偽装、法令をめぐる偽装、事業や役職そのものの偽装、そうした偽装をめぐる情報の管理が企業活動の中心に位置するようになるだろう。
秘密と嘘が交錯する中で、管理は暴走する。労働者に対する管理はエスカレートし、神経を摩滅させる労働災害が急増している。モノの生産、職場の人間関係、融資や取引の関係、そして健康状態までが、一括りに「管理」の尺度で測られ、誰もが「管理能力」を要求されるようになる。いまでは「自己管理」や「危機管理」という言葉を耳にしない日はない。人間は「働く者」ではなく、「管理する者」として表現され、新しい疎外にさらされる。嘘や秘密、欺瞞、イメージ操作が、利権と収益の中心を占めるようになるのだ。
これが、工業都市の次に来る原子力都市である。
川口
キューポラ(煙突)のある街』
第三インターナショナル記念塔」
いきいきとした商店街 活力にあふれた図書館 女たちの未来主義
日本ピラミッド
民衆の人類史的想像力
硫黄島
パルチザン
広島
広島は国民国家のかさぶた
核 国家だけが持ちうる技術が、人間を圧倒するのだ。
原爆投下二年後の「平和祭」47年8月6日
両国
レーガンサッチャー、中曽根
70年代への反動は、いきいきとした都市文化を否定し、生気のないガラクタを建設する。
都市生活の血液である美意識は、徹底的に破壊されてしまったのだ。
恐山
恐山は明るくて心が落ち着く場所
圏央道 つくばジャンクション
<多摩>の主婦 反核・反原発運動
安全安心条例で感情が停止させられる 心が死ぬ
<多摩>への反動としての<つくば>
秋田県藤里町
児童殺害事件
倫理とモラルの違い 
倫理が人間の自由に基づき多様なあり方を示すのに対して、モラルは人間への嫌悪に基づき多様性を禁じる
世界遺産」と警察的モラル
厚木 幽霊病院
総論
NANA
労働者→人材 さらなる地位の低下
信頼と協働→不信と監視
無数のナナ
つくばを離れた理由 本物の都市がないから
北方教育運動 農民の子弟をプチブルへ出世させるための教育でなく ただの農民になっていく
農村の領域に閉じること、自律することが、子供たちのいきいきとした知性を爆発させる。この自律の獲得こそが、教育の真髄であるだろう。
開放に抗して、閉じる。閉じて、爆発させる。この思考の内燃機関が、生活者に新たな動力を与える。
酒井勝軍 トンデモの元祖
八王子学園都市 教育に対する裏切り 都市計画のもっとも凶暴な性格
学生が何かを考えようとするとき、彼は必然的に都市的実践へ(そして都市論的実践へ)足を踏み入れていく。
かつて農村の子がきてきの音を知覚したように、私たちは都市を知覚する。
自律的でデモクラティックな都市的実践
あとがき
ミリオン出版 HARDCOREナックルズ KEITAIバンディッツ
7/11読了

『ジョジョ論』 作者: 杉田俊介 出版社: 作品社

ジョジョ論

ジョジョ論

目次

第1章 自立
第2章 欲望
第3章 平等
第4章 自己啓発
第5章 協働
第6章 運命
第7章 奇跡
第8章 生命
補論 資本主義の倫理と異能な人々の運命
参考文献
あとがき
 

アトピー性皮膚炎
私たちは誰もが、市場やメディアや国家から、一般的でごく「普通」の欲求を持つべきだということを命じられている。
この世界の恐怖に向き合い、勇気をもって生きることは、ほんとうは楽しいことなのかもしれない。
 
第1章 自立
もしも自分にスタンド能力があるとしたら、それはどんなものだろうか?「無意識の才能」「無意識の欲望」「本当の欲望」
「汝、自分を知れ」「あなたのその欲望は、仮象(偽物)なのか、本物の欲望なのか」
本当に難しいのは自分に向きあうこと
恐怖に立ち向かえ 恐怖を乗り越えていけ
人間讃歌とは、勇気の讃歌である。人間の素晴らしさとは、勇気の素晴らしさである。
ポコ少年のお姉さん「あんた、怖いのはこの痛みなの?自分が何にもできないことの方が怖くない?」
少しずつ自立し続けていく 己の限界を一歩ずつ越え続けていく
不完全で有限な私たち人間には、それしかできないからだl
人間の勇気とはそのことであり、それが人間讃歌となるのである。
荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』
被災地の子どもたちの遊び 生きることの喜びをあちこちに発見し 友と分かち合う 瑞々しい勇気
ゾンビ(生ける屍)という病
受動的に生き永らえる 能動的に生き延びる
「消費社会型ゾンビ」→「環境管理型ゾンビ」
身の回りの様々なテクノロジーや環境(アーキテクチャ)によって、個人としての欲望を飼い馴らされ、踊らされ、半ばアディクションのような状態に陥っている。
神経科学や脳科学によれば、主観的な快感と共に活性化する脳内の組織は「報酬系」と呼ばれる。現代的な娯楽や嗜好品に関するマーケティング戦略では、こうした報酬系の特性がすでに様々な形で応用され、私たちの日常を侵食している。つまり、様々な娯楽や嗜好品が、依存しやすさを誘発するように設計されている。私たちの日々の欲望は、ほとんど依存症のそれ(ドラッグ、アルコール、高カロリー食、セックス、ギャンブル、エクササイズ、慈善行為など)と近くなっているのである(デヴィッド・J・リンデン『快感回路』等を参照)。
ニーチェの超人=超えていこうとする人
ぶざまでのろまな足取りでも、それでも 歩を進める
 
第2章 欲望
ジャンプ バトルマンガ バトルマンガは資本主義的
資本主義の酷さと、反面得も言われね魅力
資本主義=ダイナミックな世界
「強さ」と「優しさ」
ワムウvsジョセフ
むしろ敗北や失敗にまっすぐ向き合ったところから、本当に困難な戦いがはじまる
勇気としての頭脳
自分の本当の欲望と向き合う時に、天才と凡人、健常者と障害者・病者の差はない
欲望の質に 上下 尊卑はあるか?
第四部、欲望はまさにひとそれぞれ 例えば岸辺露伴 トニオ
承太郎=『ダーティハリー』のイーストウッド
「ヒーローの条件」=「世間は誰も目を向けないし、仲間に慕われることも、お金が儲かったりすることもない。常に孤独。それでも社会のために行動するのがヒーローなのです」
自分の欲望を肯定するのと同じように他人の欲望を肯定できるか
釈迦=欲望を消す方向
 
第三章 平等
スタンドに「強い」「弱い」はない
この世のあらゆる存在が、各自にふさわしい無意識の欲望=能力を持っている
真にやさしい人間だけが、真に強くなれる
私たちの欲望においては、能力と無能、長所と欠点、強さと弱さの意味が、分かちがたいものとして重層的に雑ざりあっていく。これが『ジョジョ』的な倫理の形であり、クリティカルポイントである。
浦河べてるの家
隣人としての他者たちの狂気、無能、障害に寄り添っていくこと 自分も例外ではないから
人間もたんなる生き物であり、自然の一部
永遠の相の下 スピノザ
 
第四章 自己啓発
自己啓発=ポジティブシンキング、自己暗示、信念の強さ、潜在意識に働きかける、自分の欲望を変える。
それらは、大切な何かを切り捨てた上での成功や富ではないのか。つまり、市場経済的な価値観や能力主義的なもの(障害や病があるよりも、ない方がいい、という優生思想)を無反省に受け入れた上での成功や富でしかないのではないか。
 
第五章 協働
アバッキオ 死の間際 若い警官のエピソード
大切なのは「真実に向かおうとする意志」
アバッキオ、お前はりっぱにやったのだ。そしてお前の真実に「向かおうとする意志」はあとの者たちが感じ取ってくれているさ。大切なのは…そこなんだからな…。」
真実へ向かう意志は、必ず、他人へと伝達され、継承されていく。というよりも、他人に伝達され、修正され、更新されていくことによって、はじめて、私たちは真実を見出すことができる。この世の真実を独占し、私的所有することは誰にもできないからだ。来るべき新しい他者たち、未来の他者たちと分かちあうことによって、はじめて、真実は真実たりうるのである。
この時ブチャラティは、たんに組織を裏切っただけではない。今までの人生の「仕方ない」「どうにもならない」という深い諦念をこそ、自らの手で裏切ったのだ。
ある種の自己破壊(自己犠牲)を伴った行動こそが、本当の意味で周りの他者たちへも自然に伝わっていく。なぜなら、痛みとともに自分のあり方を変えようとする行動こそが、最も他者の心を震わせ、他者の深いところに届きうるからだ。そうした行動こそが、他者のみならず、自らの生き方をも最も深く強く変革していくのである。
自らの弱さや無力さを受け入れて、それでも何とかして変わりたいと努力し続ける人たちの―自己変革=復活を目指し続ける人たちの―新しい関係性の結び直しとしての協働。いわば星座としての協働。
バトンを繋ぐ
 
第六章 運命
「惻隠の情」
プッチ=ベンサム すべての人間の幸福
カルヴァン派の二重予定説 =ニーチェ永劫回帰
九鬼周造 偶然とは「何かと何かが遇うこと」
そうした勇気を、プッチはついに最後まで持てなかった。なぜなら、彼は、あらゆる出会いの意味を「自分にとっての幸福のための材料」へと自己啓発的に脳内変換してしまうからだ。
アガンベンライプニッツ
「存在しないもの(生まれなかった人)」と出会う
ドゥルーズ 目の前にある存在を「振幅」させ「襞(ひだ)」を作る。
私たちこそが、生まれてこなかったことを夢見るメシアたち、水子たちの欲望によって寄り添われ、助産されてしまっていた。
徐倫たちは、人々の間に何かが継承=伝播されていく時には、必ず運命に対する微妙な偏差―だがそれこそが最小単位の<希望>なのだ―が宿るはずだということ、そのことに賭けたのではないか。
何かを受け取り損ねたり、突き放されたり、受け取りを拒否されたりすることを通しても、なお、最も大切な何かが未来へと(通常の意味での「届く」よりもさらに高次元で)「届く」ことがあるのではないか。小さな偶然の連鎖の果てに、すべての物事が――現在のみならず、過去も未来も――生かされる可能性が宿されるということ。切断や誤解や忘却によってすら、何かが生かされてしまうということ。それを私は、『ジョジョ』における唯物論的な奇跡と呼びたい。
そんな小さな奇跡こそがプッチ神父がどうしても信じる勇気を持てないものだった。
無数の星々が回転しながら描き出す、星座としての協働
この私が死んでいなくなったあとの世界は、きっと、まだこの私が生き延びてしまっているこの世界よりも、無限の出会いや再会たちが渦を巻き、回転しながら形作っていく新しい螺旋銀河の中で、さらに素晴らしいものになり、より善きものになっているだろう。
 
第七章 奇跡
「眠れる奴隷」/「目覚めた奴隷」
宗教的・科学的決定論 ←→ 自由意志説
量子物理学=不確定性理論
>>自己啓発が取りこぼすもの 単純にいえば、自分さえ成功すれば、人を足蹴にしてよいのか?<<
ニーチェツァラトゥストラ』 せむし男 障害
「邂逅は独立なる二元の邂逅にほかならない」
①公開としての運命 ②感謝としての運命
ジョニィは、自らの宿命を呪うことによって、かえって、本当に向きあうべき現実(つまり未来)から、一貫して目を背け続けてきた
想像してみなさい。あの人の命の中にも、お前と全く同じ弱さがあると。あの人もまた己の弱さに苦しみ、弱さの中で戦い、気高くあろうと懸命に努力しているのだと。本当にそうなのです。誰もがそうなのです。
大森荘蔵「過去制作論」 マイケル・ダメット「酋長の踊り」
三ツ野陽介「物語的決定論
中島義道「後悔としての自由論」
時間とは他者そのものである
時間外からやってくる他者との出会いこそが、私たちの運命なのだ。
時が流れていくとは、この私の運命と他者の運命とが相互干渉を起こすこと
未来とは、ポリフォニー(多声音楽)としての時間
逆にいえば、何もできず、何も為さず、無力な自分の存在ですら、ひきこもりや犯罪者であってすら、この私の運命は無数の他者たちの運命の中へと流れこんでいる
リンゴォ 他者たちと共にあるありふれたこの日常それ自体を「聖なる領域」へと高められなかった
つまり、自分がたまたまこの世界に生まれてきたという運命に感謝し、自己肯定できるようになるだけでは、何かが足りなかった。それをさらに<全員>を――自分も他者も、味方も敵も――生かすことへと回転的に高められないのであれば。
この自分の運命をいかに乗り越えるか、という実存的な問い(運命論)から、自分以外の他者たちを、自分とは別の運命に呪われた他者たちを未来へ向けていかに生かすことができるか、という実践倫理的な問い(奇跡の問題)へ。
運命から奇跡へ
衛生 惑星 恒星 銀河 銀河団 お互いの重力の影響を複雑な形で受け合う
奇跡=<すべてが生かし直されていく>その日
それは力を尽くし、心を尽くし、思いを尽くして、それでも自力がおよばないものの領域、無限=自然の領域に対して、自らの全身を開き直していくこと
 
第八章 生命(キャラクター)
仙台神学校 プロテスタント 押川方義
手塚治虫どろろ』『魍魎戦記MADARA
NHK「わが青春のトキワ荘手塚賞授賞式
ジョジョ』はマンガというメディアでしか表現できない
イズミノウユキ荒木飛呂彦の特徴は、とにかくありとあらゆる物体や現象を、絵として描いてみようとする気概にある」
アンリ・ベルクソン『時間と自由』意識の持続
郡司ペギオ幸夫「生命とは時間の別称である」「内部観察」
ミハイル・バフチンドストエフスキーポリフォニー)分析、資本主義とマンガ(キャラクター文化)
逆なのではないか。この資本主義的な市場経済の中では、私たちは、すでに生身の人間でありながら、同時に半ば抽象的な「記号」のようなもの、「キャラクター」のようなもの――マルクス経済学でいう「労働力商品」――として生きてしまっているのではないか。
高度な消費社会の中では、私たち生きた人間もまた、キャラクター(記号)や商品と同列の地平へと巻き込まれていく。
私たちはマンガの中に生きられる マンガ=記号への尊厳と信仰<中断>
ベンヤミン「物」が「いま、ここに在る」という絶対的な事実の手触り=アウラ
日々異なる体調 感覚を味わう <時>そのものを味わう
『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』
「マンガという奇跡」
奇跡をこの目で見るということ。それは、ありふれたこの日常が、無限の複数的な回転の中にある、自らの眼差しもまた「何処も彼処も同時に進行している」自然の一部である、そうした生々流転の事実に覚醒していくことである。
奇跡を見る眼差し(たとえそれが義眼や複眼であっても)とは、幸福と不幸、生と死、そのどちらに転んでも、すべてに感謝する、そのような眼差しのことである。すべてが偶然の連鎖の中にあるこの世界は、明日には、どちらへ転ぶのか、誰にもわからない。偶然も必然も、完全に等価だ。喜びも悲しみも絶望も、完全に等価だ。昨日も今日も明日も等価だ。それでも万物は、空間と時間を超えて複数的な回転の奇跡の中に巻き込まれている。
生命とは重力であり、重力とは出会いであり
 
補論 資本主義の倫理と異能な人々の運命
松尾匡 重要なのはナッシュ均衡パレート最適の区別
お互いに軍縮=優位のナッシュ均衡パレート最適
資本主義も、「疎外」という、劣位のナッシュ均衡になってしまっている
資本家もまた「疎外」されている
劣位のナッシュ均衡を優位のナッシュ均衡パレート最適)へと切り替えること これを革命と呼ぶ
市場の創出は新たな価値観の創出 創造行為(アート)
自閉症スペクトラムの人々の強み、個性
無能・狂気・障害として社会的に排除されてきたものを商品交換の中に巻き込み、互いの必要に巻き込まれてあっていく時にこそ、従来の市場経済や資本主義のポテンシャルがさらに爆発的に拡張していくだろう。
欲望の位相を上げる 世界の欲望
資本主義の起源にある根源的暴力を、マルクスは、本源的蓄積と呼んだ。
エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』
プロレタリアートブルジョアジーにたいする戦争は、驚くに足りない。なぜならば、この戦争は自由競争のなかにすでにふくまれている原理の、徹底的遂行にほかならないからである。」
ギデンズ「嗜癖をもたらすメカニズムは資本主義の精神と何ら異なるものではない」
自己啓発的な欲望とは、在る種の自己洗脳であり、資本主義的な富の蓄積に対するアディクション(強迫観念)
市場経済は社会的分業を通して利害関係が相反するライバルや第三者をも味方に変えていく。しかし、資本主義はその斥力として、身近な隣人や仲間をさえ、不断に無能な敵へと変えていく。それは何より、自分自身をも敵にしていくのだ。死にたい、というアディクションの秘密はそこにあった。
コペルニクス的回転 「汝ら、互いに生かしあえ」
生まれてこなければよかったという強迫反復的な暴力(タナトス)を、他人と自分を無限に生み直す力へと変えていくこと。
代替的な自己啓発 今そこにある小さなコミュニズム
 
あとがき
ひきこもりやニートの人、他人に会いたくない人でもマンガなら読めるという
「障害と資本主義」
改めて命の「平等」について
 
中断を経て7/11読了
この世界の奇跡に気づくこと