マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【映画メモ】レニ・リーフェンシュタール監督『意志の勝利』(1934年)

@座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル
上映後トークゲスト:渋谷哲也日本大学文理学部教授、ドイツ映画研究)
 
・1934年9月4日から6日間 古都ニュルンベルク 国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)第6回全国党大会
ヒトラー 1933年1月30日 ドイツ国首相 1年半後
レニ・リーフェンシュタール 女優、ダンサー 1932年『青の光』 山岳映画
・空撮 俯瞰
ワーグナー調の音楽
・約2ヶ月前 長いナイフの夜事件 エルンスト・レーム突撃隊幕僚長、ナチス左派粛清 突撃隊の機嫌をとる必要があった
リーフェンシュタールの美学 ネガティブなものを入れない 統一感 
 
◆感想:プロパガンダ映画の代表作として興味深かった。
映像は綺麗。スター・ウォーズのストームトルーパーの整列シーンへの影響も感じる。
ヒトラーは威厳がある。
綺麗な映像とワーグナー調の音楽が単調に続きドラマはない。
もしアメリカのプロパガンダ映画だったらもっとドラマ(物語)の力を使うと思うし、その方が人の感情を動かす効果があると思う。
弱い部分、汚い部分を一切見せないのがリーフェンシュタールの特徴でありナチスの特徴であり、ドイツ人の特徴でもあるのかななどと思った。
 

【読書メモ】杉作J太郎、吉田豪、根本敬関係n冊

『鬱の本』(点滅社 2023年)

静止した時間の中で 高村友也

・時間の感覚がない。現在と未来が消え去って、あるのは過去のみ。自分の過去を、自分が生の永遠性を感じていた時代を、自分の幸福を、自分の虚偽を、自分の恥を、自分の間違いを、自分の無益な時間を、誰にも理解してもらえなかった純粋さを、自分でも認めたくないような俗物加減を、ただ静かに観想する。
 私は私自身を、誰かに説明する必要はない。他人に分かりやすいように解釈し直す必要もない。
 多くの作家が晩年の孤独の中において、ようやく物事に諦めがつき、執着が薄れていった果てに、そうしてまっすぐな眼差しで自分自身の過去の上に鎮座して、「自伝」や「私小説」というものを書き残す。
「これこそはあるがままに、まったく真実のままに正確に描かれた唯一の人間像…」ジャン=ジャック・ルソー『告白』

仲正昌樹監修/米原康正、信國太志、根本敬菩提寺伸人著『東京80年代から考えるサブカル: ストリート・音楽・ファッション・宗教・現代思想』(図書新聞 2021年)

吉田豪掟ポルシェ『電池以下』(アスペクト 2012年)

杉作J太郎加護亜依 大山倍達「力なき正義は無力なり」
根本敬 子育て

【読書メモ】竹熊健太郎関係4冊

東浩紀編『震災ニッポンはどこへいく 東浩紀対談集:ニコ生思想地図コンプリート』(ゲンロン 2013年)

「終わりなき日常」のあとの日常 竹熊健太郎

・バブル=まだ労働環境も厳しくなくオタクがカウチポテトで部屋でマンガ読むことも出来た。
・終わりなき日常=コンビニ
・オタクは60年代の高度経済成長が前提となって生まれてきたもの
・一般大衆も娯楽を楽しめる余裕ができた
★平和=倦怠感、退屈
・終末願望 ハルマゲドン待望
・「終わりなき日常」を満喫しながら、その日常が終わることを夢見る贅沢ができた
ゼロ年代不況になると、生活が厳しく、その「終わりなき日常」自体を願望する作品が出てきた=「日常系」、「空気系」
・「教室的リアリティ」=人間関係だけの世界
・実際いまでも、避難の心理的リスクによる致死率のほうが、放射能のリスクよりも高いという話がある。結局、なんとでも言えるんですよ。昔からよく言われていたことですが、統計は魔法で、どんな主張でも理論の立てかたで正当化できる。
・出版不況。平等幻想からの脱出
・これから社会が壊れていくことは明らか。自前のベンチャーを作ってサバイブしていくこと

「ばらばら」から始まるエクストリーム 宇川直宏

・直接関係があるかわかりませんが、僕にとって重要だったのは、サンフランシスコに3年半住んでいたことです。あの街はチャーチ・オブ・サタンの本拠地もあるし、故アントン・ ラヴェイの娘のジーナ・ラヴェイと僕は友達です。敬愛するティモシー・リアリー、ジョン・C・リリー、テレンス・マッケナだってサンフランシスコ/バークレーには縁が深い。さすがにサマー・ オブ・ラブ発祥の地だけあって、カウンターカルチャーのメッカだし、サンフランシスコって要するにばらばらなんですよ。オカルティストも、ヒッピーも、ハードコアパンクスも、ノイズ/アヴァンギャルドも、スカムも、グラフィティーライターも、アウトサイダーも、D.I.Y.アーティストとして共存している。ゲイパレード発祥の街だし、マイノリティが世界中からにじり寄って来る場所なんですね。そして、サンフランシスコの住人はマスメディアを信じない。すなわちマスカルチャーに翻弄されることに居心地の悪さを感じる人が住む場所なんです。基本的にばらばらで、そのばらばらさ加減をどう肯定するかというところから出発しているのが、サンフランシスコだという気がするんですよ。
 そこに3年半身を置いて感じたのは、サンフランシスコは他者とまったく違うことを魂の拠り所とした、エクストリームな志を持っている人々が集合している場所であると。だから、どのコミュニティの内側もばらばらなんですよ。ばらばらだからこそ共存できている世界もここに存在しているじゃないか、と啓発されました。

竹熊健太郎『箆棒な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』(太田出版 1998年)

・困り抜いたあげく、筆者が最後に捻り出したのがこの「篦棒」なる言葉である。「俗」の中に「聖」を見、「奇」の中に「貴」を見、「虚」の中に「真」を見るこのデモーニッシュな貴人たちにこそ、あえてふさわしい言葉であると信じるが、いかがか?

康芳夫 現世(うつしょ)はすべて神の遊戯(たわむれ)1991年

昭和12年生まれ 西神田 父中国人医師 母日本人 アイデンティティの混乱
・原点は花園神社で夏にやってるロクロ首「親の因果が子に報い」見せ物小屋
コリン・ウィルソンアウトサイダー
沼正三家畜人ヤプー
血と薔薇 澁澤龍彦平岡正明
・クイック・ジャパン 赤田祐一

吉田豪『超・人間コク宝』(コアマガジン 2020年)

竹熊健太郎 80年代のエロ本はヒッピーが作っていた

白夜書房ーシャブ 群雄社LSD
前田五郎、シルク、香山リカ高野政所
・CBD大麻リキッド

1/13読了
 
◆感想:日本の80年代、90年代が国全体が景気のいい奇跡の時代だと再認識した。
とくに雑誌カルチャー、サブカルチャーの黄金期。
これからさらに貧しくなる。その中で、どうフリーランスが生き残り、サブカルチャーを存続させていくか?
貧乏と文化創造をどう両立できるかが難しいチャレンジだと感じた。