マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【映画メモ】土井敏邦監督『福島は語る 完全版』(2018)

日比谷図書文化館 5時間20分
第一章 避難
片岡輝
・草野美和
・岡部理恵子
・星ひかり
・松本徳子
第二章 仮設住宅
・藤島昌治
・佐藤章一
・山田隆信
第三章 悲憤
・小林恒司
・佐久間いく子
・渡辺洋子
第四章 農業
・野口時子
中村和夫
・地脇美和
・大河原多津子
第五章 学校
・小野田陽子
・小野田敏之
第六章 原発労働者
・矢代昌弘
・池田実
第七章 汚染
・小澤洋一
・今野寿美雄
第八章 二つの原発事故
・若松丈太郎
第九章 構造と抵抗
・村田弘
・武藤類子
・佐藤和良
第十章 喪失
・杉下初男
・杉下龍子
最終章 故郷
上映後伊勢真一監督との対談
 

第一章 避難

・子供の健康最優先の行動としての自主避難
・夫婦、家族の分断 仕事をやめるわけにはいかない夫
・あなたは東京に住めてよかったわね
放射能被害をどう捉えるかによる分断、保証金に差をつけることによる分断
・被害者同士がいがみ合わされている巧妙な分断統治 
・母子避難者の貧困と鬱の問題 自死を選んだ母親
・娘のためを思って避難したのに、娘の理解が得られない 

第二章 仮設住宅

・ベッドを置けない狭さ 老人が布団を上げ下げするのは大変
仮設住宅孤独死 仮設住宅でさえ、プライベート重視な孤立を生む設計になっている
・生きがいがない 張り合いがない

第三章 悲憤

・村に戻れない 補償が十分でない
・終の棲家 友人関係が失われた
・「お前は俺達の税金から毎月10万円貰っているんだろう」本当に悔しかったがその場は収めるしかなかった

第四章 農業

・基準値以下でも少しは数値が出るのは事実。子供のことを考えると、私は安心して食べさせられない 関西から野菜を取り寄せる販売所
・農家が一番の被害者なのに、農家が責められる
・市民測定所に大豆を持ち込んだ小規模農家
・無農薬、有機栽培の畑を直撃 売上1/4
・それでも先祖代々受け継いできたこの土地を捨てられない
・少し数値はでても、トマトとか枝豆とかものすごく美味しい

第五章 学校

・大熊中学校 学校ごと会津若松市疎開
・3.11の黙祷は、東京などで忘れないためにやるもの。現地では毎日忘れられないのだから白々しすぎてできない
・地域の祭り よさこいソーラン演舞 

第六章 原発労働者

・除染作業 危険手当 1日1万円 環境省の予算 中抜きが横行
・家は屋根をキムタオルで拭くだけ 風が吹けば数値はまた上がる
・除染 草を刈って 表土を5cm削る 工期の関係で草狩りだけになることが横行 除染自体が環境破壊になっている 二重の環境破壊
・福一 まだ危険作業は毎日続いている 10年たっても収束しない 
・事故前の会社がそのまま廃炉ビジネスに移行しているだけ

第七章 汚染

放射線管理区域4万ベクレル/m2 その20倍あっても帰還地域になっている
・空間線量は下がるの当たり前だが、その分土に浸透している 地面が高くなっている
・放射性プルームが通った高汚染地域 シダ類の成長に異常が見受けられる
・現場作業員 白血病労災認定基準 年5ミリシーベルト 
・作業員の被ばく線量 年間50ミリシーベルト 5年間100ミリシーベルト → 緊急事態ということで年間250ミリシーベルト
・一般人の年間被爆上限 年間1ミリシーベルト(目標、理想の状態) → 事故後年間20ミリシーベルト 20ミリシーベルト以下なら避難解除 (復旧途上の特例)
・累積100ミリシーベルトでガン死亡のリスクが0.5%上昇

第八章 二つの原発事故

・「東北」という言葉 視座はどこにあるのか
・常に東北は中央への供給源にされてきた 食料 エネルギー 労働力 兵士 東北の戦死者が多い
原発を続けるなら、東京に作るべき

第九章 構造と抵抗

水俣病と同じ 最初は隠蔽する バレたらごまかす 責任を逃れられなくなったらできるだけ被害を矮小化する
・東北(地方)差別 産業のない所に迷惑施設を押し付ける お金を落として依存させる 
・国家の体制は全く変わらない 国家総動員体制が続いている 3.11にも、1945年8.15にも切断線は無い
・国家にとっては国家が一番大事 国民は国家にとっての資源の一つに過ぎない
IAEA国際原子力機関)国際的な原子力マフィア 福島会議  
・2012年12月15日 IAEA「福島会議」 謝罪の言葉が一つもない リスクコミュニケーション(安心プロパガンダ)の重視

第十章 喪失

飯舘村 石材加工会社 ホテル暮らしとアルコール依存

最終章 故郷

・ふるさとは記憶とともにあるので捨てることはできない

対談

・ヒューマン=カオス 混沌 一人の人間の中に単純に説明できない宇宙がある
・子供にもっと映画を見せたほうがいい 学校の授業で
 
◆概要:27人のインタビュードキュメンタリー。双葉、大熊、富岡、浪江、南相馬葛尾村飯舘村などの住民の視点。
◆感想:話している表情の映画だと感じた。絞り出される言葉。国家の構造的な宿痾。巧妙な分断統治。リスクコミュニケーションという名の情報操作。土地が汚染されるという問題。最大の公害問題。影響が晩発性なので、立証が難しい。

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【読書メモ】『思想としての〈新型コロナウイルス禍〉』(河出書房新社)

思想としての〈新型コロナウイルス禍〉

思想としての〈新型コロナウイルス禍〉

  • 発売日: 2020/05/23
  • メディア: 単行本
目次

大澤真幸 不可能なことだけが危機をこえる 連帯・人新世・倫理・神的暴力

全体最適部分最適国民国家の利益を追求していくと、人類的にはマイナスになる。
国民国家を単位とした自然状態(ホッブズ)e.x.核開発 
・民主主義→不足感→全体主義 
・緊急権 憲法制定権力
IT技術を用いた監視 自由と安全安心 自由を犠牲にしてでも監視社会を選ぼうとする
・監視社会を市民がモニタリングする仕組み

仲野徹 オオカミが来た! 正しく怖がることはできるのか

・14世紀欧州 ペスト菌黒死病) 人工1億人減
・新大陸における天然痘 インディアン 人口9割減
・種痘 幕末 佐賀藩鍋島直正(閑叟) 嫡男が摂取 お墨付きを与える
HIV 死亡3000万人
WWI期 スペイン風邪 1700万ー1億人死亡
・DNA(デオキシリボ核酸)ウイルスとRNA(リボ核酸)ウイルス 
・弱毒化、不活化したウイルス(抗原)を打ち込む
・ポリオ NHK記者上田哲
・スコット・ケリー国際宇宙ステーションに1年間

長沼毅 コロナウイルスで変わる世界

宇宙船地球号→クルーズ船地球号
・太陽コロナ 大きさ約100ナノメートル(1万分の1ミリ)
・人類史の三大感染症 天然痘、ペスト、スペイン風邪
・牛 ラテン語で vacca 牛痘ウイルス=ワクチニアウイルス
・「コロンブス交換」ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』  
・ペスト 3回特に過酷
天然痘 ピット砦の戦い 毛布とハンカチ 細菌戦
・ペスト モンゴル軍 カッファの戦い 投石機でペスト遺体を放り込む
・ペストの潜伏期間 ベネチア入港する船に40日間待機させる 40=quarantine=「検閲」を意味する英語
・南極 「しらせ風邪」
・1666 ニュートン ペスト疎開で田舎の実家待機 光学 微積分 万有引力の発見
・最初の抗生物質 ペニシリン 
・「病院熱」ライプニッツ「死の温床」=「三密」だから=軍隊も一緒
国民国家は富国強兵を目指し国民を総動員するため、産業面では工場での大量生産、軍事面では徴兵制、教育面では「学校」というシステムをつくった。
スペイン風邪=インフルエンザ アメリカ軍キャンプで発症→WW1フランス戦線へ 
・5億人に感染1700万人以上死亡 日本でも39万人死亡 戦死者より多くの死者をだした
・このインフルエンザの感染爆発は、士気の低下を恐れた参戦国では報道されなかった。ただ。非参戦のスペインでは自由に報道できた上、当時のスペイン王がインフルエンザに罹ったことも報道されたので、インフルエンザと言えばスペインと印象づけられ、「スペイン風邪」という呼び名が定着した。定着したと言えば、このウイルスは季節性インフルエンザの病原体として人間界に定着している。
・ナシーム・タレブ『反脆弱性』「ブラック・スワン問題」=将来は予測できない
・学校と言えば、工場での大量生産と並んで国民国家システムの象徴である。
・中国ネット四天王BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)
・米国 GAFAM
Facebook 仮想通貨「リブラ」
グルーバル化とは極論すれば、企業による超国家の創出である。
ジャック・アタリ『21世紀の歴史』いままで”公的”と思っていたことが、民間企業との契約になる。ゴミ収集もいちいち業者と契約しなければならない。
・市場原理が個人の生き方にまで介入してくるようなる。しかも、グローバルな民間企業が世界中で介入しはじめる。これをアタリは「監視」と呼んでいる。
・<超監視体制>と<自己監視体制>
・ユヴァル・ノア・ハラリ「要塞のネットワーク」

宮沢孝幸 新型コロナウイルスは社会構造の進化をもたらすのか

結核 明治まで日本の国民病 毎年100万人あたり200人の死者
・ウイルスは全て悪さを働くものではない
・ウイルスの毒性が強すぎれば、宿主が死ぬので定着はしない
SAAS-Cov-2はSAAS-Cov-1よりも弱毒ではあるが、ウイルスの生存戦略においては、SAAS-Cov-1よりも上手であった。
・哺乳類の進化 内在的レトロウイルス 

椹木野衣 ポスト・パンデミックの人類史的転換

・ダダ WW1の膨大な死者に対して 近代を一度破壊する →シュルレアリズム →アブストラクト(抽象)アート
・外宇宙の探求→内宇宙の探求
・他方、ペストが多くの犠牲者を出して、それが「神の罰にしては酷すぎる。悪魔の仕業としか思えない。しかも神はなんの救いもしない」ということで神への疑いにつながり、自我の芽生えを誘発し、既得権を持つ僧侶と特権階級の没落、自分の肉体に対する信奉をもたらしてルネッサンスとなり、近代の扉を開いたという先例もあります。何が功を奏するかはまったくの未知です。
パンデミックののち、全体主義に向かうか、ルネッサンスに向かうか。

那覇潤 歴史が切れた後に 感染爆発するニヒリズム

・意識高い系ミレニアル世代 エビデンス主義→ポスト・トゥルース→ファクトチェック
・そのファクトをどう読み解くか、そうした事実の切りとり方の妥当性を吟味する姿勢こそを知性と呼ばなくてはいけないのに、数字を出して「相手を論破する」快感に酔うだけのエビデンス論客はそれを怠ってきた。
百田尚樹さんの本で昭和史を語れる気になっている「ライトなネトウヨ」→亜インテリ1.0 意識高い系で、情報感度は高いが、それを運用する知性と教養を持っていない→亜インテリ2.0
・AI論壇のお粗末さ。コロナの今こそ必要なのに何も役にたたない。

笙野頼子 台所な脳で? Died Corona No Day

中野重治
新自由主義 金儲け主義 搾取の自由 自由貿易 TPP モンサント
・人口を減らすための「千載一遇のチャンス」
・無策、無能を装った巧妙な「棄民政策

酒井隆史 パンデミック、あるいは<資本>とその宿主

・ブラジル ボルソナロ大統領「ブラジルは止まらない」
・ボルソナロは主人の命令を代弁しているだけなのだ。その主人とは、もちろん<資本>である。ボルソナロの猥雑と残酷、そして人間の生命への無関心は、そのまま、資本の猥雑、資本の残酷、資本の生命への無関心である。<資本>とは、つねに、「わたしを止めるな」と命じるものなのだ。
・宿主に寄生しながらみずからを延命させるという点で、<資本>はウイルスと似ているが、しかし根本的には性質を異にしている。
・逆説的にも、カール・ポランニーが「社会による反動」と呼んだ、この<資本>に対する外的な要素の「抵抗」こそが、むしろ資本主義を延命させてきたのであって、<資本>それ自体には生命存続の本能はない。<資本>は、その運動のなかで、みずからの宿主を全滅させることもいとわないであろう(そして、それに付随するみずからの死滅もいとわないであろう)。
・2008年にすべての矛盾をさらけだし、イデオロギー的正当性もなにもかも全て失った、「ニュー(ゾンビ)・ネオリベラリズム」。警察や軍隊、あるいは借金を負わせて脅すといった古典的な方法でもってみずからのルールを押し付ける。
・アマゾンの大規模火災

小川さやか 資本主義経済のなかに迂回路をひらく タンザニアの人々の危機への対処から

・北部ムワンザ2005年コレラ 「ママ・シティリエ」「ママ・リシェ」路上惣菜売り
・誰かに提供した「貸し」をすぐに返してもらわず、自身が必要になった時に取り立てにいく。「いざというときの保険」。
・生存本能と結局は衣食住エネルギー
・ジョナサン・パリー&モーリス・ブロック『貨幣と交換のモラリティ』(2005)。金銭の取引には個人の欲求を満たすための短期サイクルと社会秩序や道徳を再生産するための長期サイクルがあり、人々は両者のあいだで貨幣をコンバートすることで貨幣のもつ危険な力を飼いならす。
・トンチン(=頼母子講)。個人が獲得した金銭を一時的に集団のものとすることで、個人が「利己的」に稼いだ金銭を「共有化された金銭」へとコンバートさせ、それによって金銭獲得行為(個人の利益追求)を正当化する行為。
・「リープフロッグ(蛙跳び)型発展」。携帯、電子通貨、ギグ・エコノミーも。
・迂回路を網の目のように構築する。

木澤佐登志 統治・功利・AI アフターコロナにおけるポストヒューマニティ

・ユク・ホイ「宇宙技芸」=ポスト近代の技術思想
・近代とはテクネーのグローバルな支配が完成した時代。
・「航行・軍事技術は、ヨーロッパ勢力による世界の植民地化を可能としたのだが、これは、私たちがこんにち呼ぶところのグローバル化をもたらした」
・中華未来主義=「大聖堂(カテドラル)」(=リベラルな価値観)に邪魔されずにテクノロジーを導入できた。
・中国における技術的加速やビッグデータによるデジタル・レーニン主義的統治
・ニック・ランドらトランス・ヒューマニスト ヒトのホモ・デウスへのアップデートの試み 啓蒙の弁証法の最終局面
例外状態の恒常化。セキュリティと管理支配(コントロール)のより大規模な再編成が行われつつある。
スマートフォンの支配(位置情報、検索内容)
・バイオメトリック・モニタリング(血圧、心拍数、脳波)は、ケンブリッジ・アナリティカのデータハッキング戦術を、石器時代の何かのように見せるであろう。
・人の脳を監視、支配する。
・中国の大手IT企業は膨大な個人データを保有しているが、その背後には利便性や安価なサービスの提供と引き換えに、進んで個人データを差し出すユーザーの姿がある。企業にデータを差し出すことがユーザーにとってのメリットになる。
アリババグループが展開する信用スコアの芝麻信用 データを提供すれば融資や分割払いの限度額が上がる 
・2000万台の監視カメラ
★法学者の大屋雄裕が述べるように、19世紀以来の啓蒙主義的なリベラリズムが前提としていた自由と幸福の親和的な関係が失効し、それに代わって個人の自律性を剥奪することによって社会統制を実現しようとする21世紀的な「アーキテクチャの権力」が今や全面化しつつあるのだ。すなわち、「自由か、さもなくば幸福か?」というわけである。
・統治功利主義=統治者が効用計算をして制度を設計し、被治者はただ社会の規則(コード)に従っておけばよい
・厚生=快楽や欲求充足 といった情報のビッグデータを集める
・こうしたAI的統治が目指すのはほぼ全面化したパターナリズムである。
パターナリズムとは「ある個人自身のため、すなわち、その個人の福利のために本人の意志を無視して介入を行うこと」 e.x.シートベルトを締めないとエンジンがかからない車のアーキテクチャ
功利主義のもとでは、厚生以外の内在的道徳的価値は一切認められない。よって、19世紀的リベラリズムが前提としていた「個人」に内在する自由や自律性といった諸価値も、それが厚生を増進するかという手段的価値の問題に切り下げられる。すなわち、「個人」の自由や自律性が厚生を損なうとされる局面においては、当然前者よりも後者の方が優先されるのである。
ベンジャミン・リベットの脳波の実験。意識より先に体が動く。無意識が意識を決める。
・キャス・サンスティーン「リバタリアンパターナリズム」=選択アーキテクチャが構成する「デフォルト・ルール」。既に実現しつつある、youtubenetflixのおすすめ。→負の側面、視野を狭める。意外な出会いがない。デフォルトに基づく受動的選択は、主体から能動性を奪う。人を既知に取り囲まれた「共鳴室(エコーチェンバー)」に閉じ込める。
神経科学社会デイヴィッド・イーグルマンの仮説「意識とは自動化された複数のサブルーチン・システムを制御し取りまとめる役割を担う、いわば企業におけるCEOのような存在。」
・つまり意識(意志)は、何か想定外、新しいことが起こったときに判断する、決断をくだす役割。
・世界と意識との間に摩擦や緊張がなくなれば、意識は消失する他ない。統治功利主義を採用した社会においては、人間の意識は斬新的に消滅していくだろう。
オーウェルの『1984』というより、ハクスリー『すばらしい新世界』や伊藤計劃『ハーモニー』の世界。
サイエンス・フィクション、あるいは思弁的(スペキュレイティブ)・フィクションは、未来を予言し現実に影響を与えるだけではなく、それ自体が現実に参加することで現実を作り出す。
・SFは見せかけの「自然律」が、なんら必然性のない恣意的なものでしかないことを喝破する。戻るべき「日常」など存在しない。私たちは「未来」を創造していかなくてはならない。

樋口恭介 Enduring Life(inn the time of Corona)

綿野恵太 「ウンコ味のカレーか、カレー味のウンコか?」という究極の選択には「カレー味のカレー」を求めるべきである。

・「ファクトフルネス」の薄っぺらさ。
パンデミックにおいて「他者の自己決定への恐怖・不安」がパニックを引き起こす。そして、不安と恐怖にかられた人々は「強大で絶対的な存在たる国家」=「リヴァイアサン」にみずから従属し、他者の行動を強制しようとする。
・みずからの「自由」と引き換えに「安全」を求めて監視・管理社会化を進めるのと同じ構図である。他者への「自由」に不安を抱きながらも、私たち自身がその運営を担い、「異質な他者」と共存を模索する「自由」な社会か、もしくは、国家権力やアーキテクチャによって「異質な他者」を排除することで、「安全」を保障してもらう代わりに従属するだけの「幸福」な社会か、という選択である。(大屋雄裕『自由か、さもなくば幸福か』筑摩書房
・コロナ=他者への恐怖=分断を加速
・政府は2019年台風19号のときと同じく「消極的な無責任」
・災害に便乗して新自由主義化を進める「災害資本主義」

工藤丈輝 流感・舞踏

・ロックダウン=観念のみが肥大化する
・演劇=空気を共有すること

小泉義之 自然状態の純粋暴力における法と正義

アガンベンの躓き
・生存という「共通善」を最終目的とする 「福祉」「保健」「衛生」「軍事」 

江川隆男 自由意志なき〈自由への道〉 行動変容から欲望変質へ

石川義正 「人間に固有の原理としての愚劣」

堀千晶 感染症階級意識

白石嘉治×栗原康 カタストロフを思考せよ

栗原康『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言 』(タバブックス)

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

  • 作者:栗原康
  • 発売日: 2015/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
目次

 
 

キリギリスとアリ ―はたらくこと馬車馬のごとく、あそぶこと山猿のごとし

・寒い日に非正規社員が笑顔でティッシュ配り
・そういうたすけあいこそ、ほんらい労働とよぶべきではないだろうか。みんなが小躍りしてしまうようなたのしい空間をつくることこそが、ほんとうの意味での労働ではないだろうか。

切りとれ、この祈る耳を  ―耳切り一団

・認知資本主義 情報による支配 耳をふさげ
佐々木中『切りとれ、あの祈る手を』

3・11になにをしていたか? ―とうとう江戸の歴史が終わった

徳川綱吉 明暦の大火 富士山噴火

豚小屋に火を放て ―伊藤野枝の矛盾恋愛論

・小学校の保険の先生 カメロンパン
・結婚 それぞれの役割を演じる 
伊藤野枝 矛盾恋愛 
・伊藤によれば結婚の起源は奴隷制であった 女性はカネや家畜、食料と交換することのできる商品であった
・家=豚

甘藷の論理 ―うまい、うますぎる!

・実際に植えた

地獄へ堕ちろ ― ヘイトスピーチか、それともスラムの念仏か

一遍上人 捨ててこそ この世が既に極楽であることにただ気づく 助け合い 慈悲にあふれている
・犠牲と交換のロジック 善悪優劣を決めるシステム
・恩は返さなくていい 慈悲なんだから
・農民に働かせて成果を収奪するのが国家 稲作→工場労働 人を働かせるためのインフラ整備であり福祉であり それが生権力

他人の迷惑かえりみず ―心得としての高野長英

・同居の息子が年金を払っていないと親の年金から引かれる
・年金 無尽講と頼母子
高野長英 17歳のときにもらった無尽講の感覚を死ぬまで手放さなかった 
・カネは天下の回りもの 相互扶助への絶対的信頼 他人の迷惑かえりみず それが相互扶助の神髄

お寺の縁側でタバコをふかす  ―大逆事件を旅してみれば

・道路のほうが人間よりも偉い社会
小栗判官

豚の足でもなめやがれ  ―もののあはれとはなにか?

・山形東北芸術工科大学 ポスドクのTA
本居宣長 もののあはれ 純然たる心のうごき 喜怒哀楽 恋が一番 儒仏思想の害 道徳の害
源氏物語は反政治
・今のデモは持てない 教条主義的 世界革命とか言ってたころはモテモテ 

大杉栄との出会い ― 赤ん坊はけっして泣きやまない

・「自我の棄脱」百合の皮をむいていく
・満員電車のサラリーマン 鞄で背中を叩いてくる

ヘソのない人間たち  ―夢をみながら現実をあるく

・ヘソ=尺度の中心 基準点

反人間的考察 ―歴史教科書としての『イングロリアス・バスターズ

・歴史の豚として飼育されることを拒否する
・いつでも白紙の状態に立ち戻る

豚の女はピイピイとわめく  ―老荘思想の女性観

荘子「山木篇」生滅変化
・フィリピン人 豚小屋
・ふだん、人間は物ごとを区別して、そこに善悪優劣の価値判断をはさみこんでいる。そうやって、不変の秩序をつくりだし、ほんらい混沌とした世界を、有限で管理可能なものにしたてあげているいるのである。もちろん、これはいま権力をにぎっている人たちのための世界だ。

だまってトイレをつまらせろ ―船本洲治のサボタージュ

・船本洲治 広島大学の学生 
・資本主義 生産過程における搾取-被搾取という階級支配の基本構造が商品経済過程でおおわれ、商品経済秩序(=市民秩序、市民社会)を維持することによって自動的に生産過程における搾取を貫徹することができるというきわめて巧妙な制度
労働組合などは市民社会の論理 労使交渉というのは、市民的秩序のひとコマ
市民社会(消費の社会)をこそ破壊せよ
・社会が狂うのか、それとも自分が狂うのか

あとがき

・現在35歳 年収80万 その前は5年間引きこもりのような生活
・働くことは尊いという労働倫理の洗脳 自分を偽る前向きさ 自分を偽る笑顔
・カネがなくては生きていけない はじめから負い目を背負って生きることを強いられる 「生の負債化」
・笑え、踊れ、遊べ
・丹野未雪 宮川真紀
 
1/27読了。
●要約:栗原康による2009-2015までのエッセイ集。
●感想:高野長英荘子の話が面白かった。本当はもっと自由に生きていいのだが、どんどんどんどん窮屈に、どんどんどんどん余裕が無くなっている日本。貧すれば鈍す。でも自分はしぶとく生きるしかない。

瀬戸内寂聴『諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(下)』 (岩波現代文庫) 巻末栗原康との対談

瀬戸内 魔子 ルイズに会ってる
一遍「捨ててこそ」
生き方を変えていくことが革命だとしたら恋自体が革命
管野須賀子 金子文子
2016/11/16 寂庵にて

「図書館で哲学を withコロナ時代の哲学『人権と公共の福祉 その両立を考える』」講師:山脇直司

神奈川県立図書館主催
ZOOM開催
 
人権 と 公共の福祉 の関係
人権 自由権(国家からの自由)/社会権(国家による自由) 原則自由権が優先
公共の福祉=WHO社会的健康=身体面+精神面+社会面が満たされた状態
 
>>時短協力金 日本は一律 欧州は従業員の数で計算<<
日本、ナチス 「公共の安寧」という表現で自由権が制限された歴史
シンガポール、中国 強権国家 開発独裁 公共優先
 
●人権の歴史 
マグナ・カルタ 貴族が国王を縛る → ジョン・ロックの思想 → 国連世界人権宣言
一方でホッブズ リヴァイアサン 万人の戦争状態を避けるため、人びとが相互契約して、あえて強権を生み出す
 
●公共の福祉の歴史 
アリストテレス政治学』、孟子「恒産なくして恒心なし」 → トマス・アクィナス「共通善」(カトリシズム) 
→ 功利主義 「最大多数の最大幸福」ベンサム→ミル→ロールズ「正義論」公平、公正
富の分配 格差の解消
河上肇『貧乏物語』
 
●afterコロナの目指すところ
日本国憲法の哲学的読み解きが必要
1.消極的な福祉(ベヴァリッジ)貧困の除去/積極的な福祉(ギデンズ)良い暮らし 双方の実現を目指す
2.アマルティア・センの福祉思想の導入 自己実現(ケイパビリティ)の自由 
3.人間の安全保障 危機管理
4.松下圭一 長洲一二知事。国より自治体を制度的基盤にする 個人による公共への「責任」から個人による公共の「構成」へ。公共の自治。関与。参加。
5.宇沢弘文「社会的共通資本」大気や水道、教育、報道など地域文化を維持するため一つとして欠かせないと説き、市場原理に委ねてはいけないと主張している。シカゴ大学で同僚だったミルトン・フリードマンと激しく対立し、フリードマンの市場競争を優先させたほうが経済は効率的に成長するという主張に対し、宇沢は効率重視の過度な市場競争は、格差を拡大させ社会を不安定にすると反論した。
6.山脇直司 滅私奉公→活私開公 公務員らは滅私開公、無私開公

wikipedia引用

●人権と公共の福祉の対立、衝突
佐藤幸治は、内在的制約原理と政策的制約原理を区別し、いずれの原理が指導原理となるかは各基本的人権の性質に応じて決まり、22条と29条とは後者の制約原理が妥当する機会が多いことからとくに再言されたものと解し、さらに、22条の移転の自由は内在的制約のみに服するとしている。

浦部法穂は、(1) 他人の生命・健康を害する行為の排除、(2) 他人の人間としての尊厳を傷つける行為の排除、(3) 他人の人権と衝突する場合の相互の調整の必要という人権の観念それ自体から導かれる内在的制約のほか、経済的自由権には政策的制約があるとしている。

高橋和之は、人権制約はすべての個人に等しく人権を保障するために必要な措置と捉え、人権衝突の調整のほか、他人の利益のために人権を制限する措置や本人の利益のために本人の人権を制限する措置も公共の福祉に含まれるとする。

・内野正幸は、「公共の福祉」の内容を「自由制約正当化事由」として包括的に分析し、その内容として、(1) 他者の権利・利益(治安・公衆衛生なども含む)の確保、(2) 本人の客観的利益の確保、(3) 公共道徳の確保、(4) 経済取引秩序の確保、(5) 自然的・文化的環境の保護、(6) 国家の正当な統治・行政機能の確保、(7) 社会政策的・経済政策的目的の実現(財政政策に基づくものや、事業の公共性を理由とするものをも含む)を挙げる。

・渋谷秀樹は内野の7類型を整理して、(1) 他者加害の禁止、(2) 自己加害の禁止、(3) 社会的利益の保護、(4) 国家的利益の保護、(5) 政策的制約の5類型とし、(1) (3) を内在的制約、(4) (5) を外在的制約、(2) をこれらと異なるパターナリスティックな制約とする。

・初宿正典は、人権相互の衝突の調整を根拠とする人権制約を「公共の福祉」とは別の問題であるとしている。

以上の様に様々な見解が見られ、現在の憲法学者の間では、公共の福祉を『人権相互の矛盾・衝突』の調整原理としてのみ狭く捉える見解はむしろ少数派であって、何らかの意味で公共の利益も『公共の福祉』の内容として認める見解が一般的である。しかしながら、このような見解においても、公共の福祉それ自体が基本的人権制約の正当化事由となるわけではなく、全体の利益が個人の権利・利益を凌駕することを意味するわけではない。

◆要約:人権にも公共の福祉にも歴史的積み重ねがあり、一見対立するようにみえる事例にあたっても、なるべく両立させる努力をする必要がある。
◆感想:本来はZOOMではなく対面が良い。フーコー生権力論の福祉国家論が気にかかる。人口の調整、労働力の確保。超福祉国家、人間の安全保障論は、超管理社会にも繋がるがこれは技術の発達の結果、避けられない宿命なのか?超管理社会とそこからこぼれたスラムが併存するエリジウム社会。