第3章 爆発する“まんだらけ”
・御茶ノ水古本市場 足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』
・みやわき心太郎
・3階家賃25万 10坪
・弱い善人、強い善人
・東てる美のまんが堂チェーン
・1200万の倉庫
・3階の一等地20坪6000万
・渋谷店 コスプレ店員
第4章 商売と芸術とスポーツと宗教と
・商売の発展と創業者の人間的変化
・理解=理(抽象)を解(バラバラにする――具象化)する
・30歳頃、本当に自分の好きな事だけやろう、やりたい事だけやろうと決心
・滝行 入れなかった いざとなれば、本気になればなんとかできるというふやけた現実認識を打ち砕かれた 本当にクズだったという暴かれた現実、真実
・漠然と想像している死とリアルな死との決定的な違い 「人はみんないつか死ぬ」という認識のリアルさの違い
・「いつ死ぬかわからぬ人生だから好き勝手して生きてやれ」→「人は必ず死ぬものだから、無駄な生を生きたくない」 自分の運命を自ら選び始める
・メインは何故山に入ったかという事であった。
東京という大都会で自意識と自己憐憫のとりことなり弱り切っていた私の自我と肉体は、絶望的なまでに休息を求めていた。
とにかく人間がいやになっていた。
人ごみがうっとうしかった
人と会うのがおっくうだった。
そのままではまさしく古本屋のガンコオヤジで終わる運命であった。
どいつもこいつも気に食わず、当然自分自身にも嫌気がさしていた。
そんな状況でやる方なく山に入ったのだ。
8日、9日目になると何か身体中に力が満ちて来て、眠らなくても平気になっていた。
10日目の山を降りる時、自分の内部で変ったと感じたのはあの他人に対する、人間に対する嫌悪感が無くなっていた事である。むしろ人が恋しくなつかしく、人混みが、満員電車さえもがいとおしいものに思えていた。
・現代都会に住む人達は未知なるものと分離して久しい。
その点、昔の人は常に人智を超えた自然、あるいは何がなんだかわからない
それこそ未知なるものに触れ、世界に対する興味、憧憬、怖れを当り前の感情として持ち続けていたのではないか。
・そしてその思いは、唯一の同胞である他人への思いやり、連帯感という感情を呼び起し強めていたのではないか。
人は荒涼とした無機質の未知と向き合う時、非常な恐れを抱く。慣れ親しんだ日常性は、普通の人の嫌う"死"や"未知なるもの"から一時我々を守ってくれるが、それはまた我々を愚か者のままに固定する麻薬でもある。
・私が自分を変えて来られたのは"死"と"未知"を使って来たからだという事を書きたかった
最終章 ちょっとうさん臭い話でさようなら
・「世界はエネルギーであり、それは力であり、時空間であり、美であり楽しみであり、愛である。そしてそして何よりもそれは自由である」