マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【読書メモ】『情況 2008年6月号 緊急特集:『実録・連合赤軍』をめぐって』( 情況出版 2008年)

目次

・情況 古賀暹、廣松渉、大下敦史、横山茂彦

情況への発言

反サミット運動はなにを目指すのか――洞爺湖サミット・テーゼ 矢部史郎

北京日記 2008/5 丸川哲史

・「安定団結」というスローガン 安直に言えば通貨と株価の安定

緊急特集 若松孝二実録・連合赤軍』をめぐって

あれから36年――兄や「犬死」した亡き同志たち、そして誤った闘争ゆえに犠牲を強いられたすべての人々に真に応える道 加藤倫教

・弟の最後のセリフはフィクション 同意もできない。
・「米日反動派のアジア侵略戦争を革命戦争で打ち破れ!」という基本方針
★何がなんでも日本人として生まれた自分は、かつての父親世代が犯したアジア侵略という負債を、自らの血を以ってしてでも贖わなければならない
★誤った世界情勢認識とかつての日本のアジア侵略に対する贖罪意識が根本的な要因
・革命の根本的な成立要因とは、大多数の大衆の支持を得られるか否か 
・革命の自己目的化という左翼の「病」
★一体、誰のために、何のために、革命闘争するのか?大衆と時代が求めない闘争を展開したところで、独りよがりの茶番に終わる。
・今の言葉で言えば「空気の読めない」ヤツだった
・革命運動に身を投じたことにはいささかも後悔はない。「社会主義」や「共産主義」の理想が間違っていたとはいまも考えていない。
・新しい社会のかたちをこれからも考え続ける

共産主義化の闘い」は新たな課題への挑戦だった 植垣康博

・いまの日本で革命ということを考えるとき、連合赤軍のことは避けて通れない
・流れを若い人にもわかりやすく伝えること。その意味でこの映画は成功
あさま山荘の銃撃戦があってよかった 山岳ベースだけだったら救われない

僕たちがなぜ連合赤軍事件にこだわるのか 若松孝二 × 西部邁 × 足立正生

小林秀雄「自意識なんかには詰め腹を切らせよ」
トロツキーの息子がスターリニストに殺されてパリのセーヌ河に浮かぶ 西部も死の予感
・戦犯が首相になったのは日本だけ。ドイツもイタリアもない
・言葉と言うものの恐ろしさ 最初に世界革命などと言ったものたちはネタだった ネタがベタになる
・セルゲイ・ネチャーエフ『革命家のカテキズム(革命家の教理問答)』革命のマキャベリズム」、「革命のイエズス主義」ドストエフスキー『悪霊』のモデル
・閉じているか、開かれているか?閉じていると極端化(カルト化)する
・昔の男の生き方だと何人かの友人を持っていた。しかし、現代の男たちはきちっとした友情の交換、責任の取り合い、励ましあいというようなささやかな儀式すらできなくなった。

史記述と党の問題をめぐって 長崎浩 × 長原豊

平岡正明 山岳ベース事件が発覚して、左翼バッシングが絶頂だったときの発言「左のマンコと、右のマンコのどちらが気持ちいいなんてことが言えるのか!」
・「歴史を記述する」ということはそもそも可能か?どうしたって作りての主観が入る。したがって、ドキュメンタリーではなく実録でいい。
・「ビスケット」の場面で、謝れば許すということに変わる。
・党建設と党員を結ぶディシプリン(規律-陶冶)と同志の問題。
・警察(国家)は敵を認めない。あくまで「人質救出作戦」の形をとる。
赤軍派 暴力を肯定するか否か
・深夜にアパートのドアをノックして勧誘(オルグ)する
・70年代、考える時間はあっという間に過ぎ、一挙にバブルと柄谷行人浅田彰ら「ニューアカ」が来た。政治思想は下水道に流されてしまった。
・70年代の失われた10年。考えることに疲弊して、やめてしまった。
・「女子供が党に参加するようになる」党というのは女子供には遠慮してもらわないといけない政治的範疇だと考えていた。
・党という特殊な集団に性的な事象が入ってく るようになるのです。60年代以降の先進国の大衆的叛乱は、セクシュアルな欲望の露呈と革命的な暴力とが分離不可能なエネル ギーとなって、階級闘争ではとうてい発揮できないような破壊力を全世界的に及ぼしていった。当時のアメリカでフロイト左派がかなりの影響力を持ったことに典型的に現れているようなことです。
・最近はドゥルーズガタリの変革論に依拠して「欲望を全面解放せよ」という変革論が是とされるようになった。
★当時の言葉で「身体性」と言われたもの、いわゆる「自然の叛乱」。フロイト的な意味でも「自然」。自然に発生してしまう→「自然というもの」が発生してしまう。自然の叛乱であり氾濫。
・「党とは労働者階級の前衛である」と考えることにそもそも間違いがあった。
★「固有の党」と「大衆の党」があり、前者は後者への不信を組織している防衛的なもの。したがって革命を僭称する資格を持たない。
・京浜安保、中京安保はもっと素朴な若者たち、「街頭の労働者」だった。赤軍は知的なエリート。お互いに後ろめたさがある。
スターリン純化だけが党を強くする」 バディウ「差し引く、減算することでいかに純化を避けるかが党の問題であろう」
ネグリ=党を否定 ジジェクバディウ=変革の後で社会をちゃんと組織していく党は必要

連合赤軍の倫理とその時代 千坂恭二

・1975年9月昭和天皇香淳皇后夫妻初の訪米 ここで一つのサイクルの終わり
・70年代前半「シラケ」、「無気力・無関心・無責任」三無主義 「内ゲバ」「爆弾」戦争終了後の内戦
・「大きな物語」の終焉→「小さな物語」 「世界革命」→「入管闘争」「反軍闘争」
・『天使の恍惚』(1972)ブランキの秘密結社を思わせる「四季協会」
・千坂=バクーニン派のアナキスト 反マルクス、反プルードン、反クロポトキン
赤軍派三島由紀夫は戦争継続派(たとえば陸軍参謀本部の畑中少佐たちの立場)の後継
・三島の精神上の師、蓮田善明(日本浪漫派)
永田洋子、禁欲の倫理 遠山美枝子を資本主義の体現とみなした
・革命派の核武装こそが焦点

映画論(1)

あまりにも日本人的なメンタリティーに溢れた内向きな戦い――連合赤軍 梁石日

・当時の運動について、何をやっているのかわからないという感想。
・韓国の民主化闘争とは一体何かというと、これは戦前から始まったもので、いわゆる日本の植民地時代に日本帝国主義にずっと抵抗してきた歴史的なものです。そして戦後植民地支配から解放されると思ったとたんに、米国を背景にして李承晩政権による独裁政治がはじまります。民主化運動は再びそれに抵抗を始めていきます。これが60年の4月19日、4・19学生革命と言われ、この革命は学生の力で李承晩政権を倒すところまで行きます。
・命の危険さ、切実さが全く違う。
・韓国支持→在日本大韓民国民団(中央本部・東京都港区) 北朝鮮支持→在日本朝鮮人総連合会(同・千代田区
従軍慰安婦『めぐりくる春』
>>食わしてやる、それで満足しろ→大多数は満足 お前たちのために革命してやる→望んでいない 連帯し自己充足すること 自己肯定感<< 

嫌なものを見たな、という感じ――映画論として 荒井晴彦

・管理人 牟田泰子 九州の農協で公金横領?
若松孝二 資本主義だろうと共産主義だろうと関係ない
>>エスカレートしていく問題。「そういうなら、じゃあやってやるよ」問題 煽り耐性<<
・左翼 天皇の代わりに「革命」をもってきている
★ルーズなところがブントの魅力だったはず。高校の時、『赤旗』にコカコーラを飲むとアメリカ帝国主義に協力したことになるのかという投書があって、例えば、コーラ飲みながら米帝打倒を叫ぶのが新左翼ではなかったのかと。
松川事件下山事件帝銀事件

映画『連赤』をめぐるいくつかのコメント――映画は言葉の呪縛から如何にして自由になるのか 小野沢稔彦

木下恵介『日本の悲劇』(1953)
今井正『武士道残酷物語』(1963)
四方田犬彦『ハイスクール1968』(2004)
・観念とリアル 
加藤泰『真田風雲録』(1963) やりたいようにやれ!

共産主義者同盟赤軍派」と映画労働者 清水一夫

・事件当時、長野県佐久市小林正樹『化石』の撮影中だった。
ケン・ローチ『大地と自由』(1995)
高橋和巳『わが解体』『悲の器』『憂鬱なる党派』『邪宗門

道程に終わりはない――若松孝二実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』について 廣瀬純

・彼ら優れた映画作家たちは、ひとつの出来事にべったりと貼付けられた「終止符」を引き剥がし、その出来事に「中断符」を返すために映画を撮り続けてきたのである。
・エラン・ビタール=「生命の飛躍」 あの時代の「中断符」を回復する映画
★たとえその後の反革命の時代において一時的に不可視あるいは不活性なものとなったにせよ、その潜勢力が疲弊してしまうことなど微塵もなかったひとつの「時限爆弾」として、この革命的かつ集団的なパッションを描き出す
・超コード化→脱コード化
・ショット/切り返しショット 現状/コミュニズムの亡霊

映画論(2)ブントの歴史から

「鉄砲から国家権力が生まれる」という発想の出所――映評、若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 荒岱介

・塩見(赤軍)史観への疑義 銃撃戦を始めたのは革命左派

かくも無惨な青春!――『実録・連合赤軍』映画評 神津陽

・前衛党ではなく大衆運動の重要性→全共闘三里塚

なぜ粛清を止める「勇気」は封殺されてしまったのか――『実録・連合赤軍』への極私的感想 渋谷要

フーコー 国家に対抗しようとする革命は国家にならって規律構造、階級制、権力編成を作ってしまう 革命側も権威主義になる → 指導部のディスクール(言説)に忠実なことが価値となる

書評を通じての映画評と映画に感ずる幾つかの諸点について――『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 塩見孝也

・塩見、植垣「外国特派員協会」での会見
赤軍にはあくまで、理想主義、ラディカリズム、人道主義ヒューマニズム)的な要素があった。リッダ闘争ではそれが発揮された。
・この本の吉野雅邦氏の手紙が一番精確な資料だと感じる。

覚書=歴史的対象としての第二次ブントと赤軍派 府川充男

・歴史とレイヤー 歴史は立体的、多義的なもの パースペクティブをどこに置くか 

連赤事件――京浜安保共闘赤軍派としての証言

永田指導部の形成過程 雪野建作

・愚直なゲリラ路線 理屈を言わないことが評価される

京浜安保共闘の女性たち――私の交流 京谷明子 【聞き手】大下敦史

宇和島出身 東京水産大学の寮の一室が京浜安保系のたまり場 京谷健司
・みんな純粋でピュア
・1969.10.21 新宿騒乱 広島大学 裁判傍聴 「ナンセンス!」 法廷侮辱罪 1週間監置処分
・救対
・山というアイデア ヤマギシ会のようなユートピア主義 革命左派と京浜、中京安保との間には意識にギャップがある
・金子みちよ、大槻節子

三国工業での活動――京浜安保共闘の拠点 佐藤保

・蒲田?従業員1400人 自動車部品(オイルポンプ) 労働組合 寮費値上げ反対運動
・佐藤 『倫理 社会』→ キルケゴールニーチェ実存主義 → マルクス
坂口弘、前澤虎義
京浜安保共闘結成集会に参加 川島豪 1969.9.3-4愛知外相訪米阻止羽田闘争

36年を経て連赤事件を思う 青砥幹夫

弘前大学
大菩薩峠、M作戦の大量逮捕で壊滅

森恒夫について改めて思うこと 西浦隆男

・歴史上、どの軍隊でも、規律の維持ということは非常に重要であった。中国紅軍・人民解放軍の経験は、あの当時もよく知られていたことであり、そのようなものへのあこがれが、特に中国派の革左に参加したメンバーにも流れていたように思う。にもかかわらず、革左も、中国革命通である森恒夫も「三大規律・八項注意」にふれながら、その内容には言及しようとしていない。不思議なことではある。連赤は、作風を重視するといい、共産主義化といい、プロレタリア化と言いながら、このような簡単な基本的なことを実行しなかった。もし、「三大規律・八項注意」が連赤の中で徹底していたとしたら、「総括」というような暴力行為が「同志的援助」という名の下に行なわれるようなこともなかっただろう、というのはこじつけだろうか?
・ 「三大規律」
1.切の行動は指揮に従う
2.大衆のものは針一本、糸一筋も盗まない
3.一切の捕獲品は公のものとする
「八項注意」
1.ことば使いは穏やかに
2.売り買いは公正に
3.借りたものは返す
4.壊した物は弁償する
5.人を殴ったり罵ったりしない
6.作物を荒らさない
7.女性をからかわない
8.捕虜を虐待しない
・査問、党内「裁判」 弁護人がいない

歷史的資料

12・18赤軍派アピール(1972年) 山田孝

坂東國夫宛書簡(1973年1月1日) 森恒夫

銃撃戦と粛清と、「連合赤軍」の科学的総括のために――事実経過(1973年執筆) 坂口弘

インフォメーション

編集後記

7/20読了
 
◆感想:とにかく、若松孝二のこの映画が作られたことによって、
議論が触発されたことはすごくよいことだったと思った。
みんな、肯定したい部分と、まったく考えることもしたくない嫌な気持ちが混在している。
映画が赤軍派史観・塩見孝也史観で作られていることに不満がある人が一定数いる。
映画論として、廣瀬純のエラン・ヴィタールの話がよかった。
京谷明子さんの章がとてもよかった。青春だったことがわかる。だからこそ、友人が無惨に殺されてしまったのが悲しい。
前段階武装蜂起論といったって駄目だった。ものすごく文化が豊かだったし、貧困も解消されつつある右肩上がりの時代だったから、大衆に全く響かなかった。
でも信念に殉じた人たちを無責任に批判はできない。