マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

栗原康『学生に賃金を』新評論

学生に賃金を

学生に賃金を

  • 作者:栗原 康
  • 発売日: 2015/02/05
  • メディア: 単行本
2015年2月発行。

はじめに 1
 
第1章◆大学無償化の思想……………………………………………………………9
学生に賃金を 9/アウトノミア運動―ヨーロッパの大学無償化 16/高等教育の機会均等 21 医師不足の解消 28/男女の進学格差 31/ショバ代をよこせ!―ベーシックインカム再考 34 財源はあるの? 38/出発点としての高校無償化 42
 
第2章◆奨学金地獄……………………………………………………………………46
ブラックリスト化問題 46/日本の大学授業料 49/日本の奨学金制度 53
財産の差し押さえ 57/奨学金は親不孝 59/返還猶予の条件は? 62
世界の高等教育①アメリカ 65/世界の高等教育②イギリス 67
世界の高等教育③ドイツ 69/世界の高等教育④スウェーデン 71 日本の奨学金制度の迷走↓暴走 73
【補論1 対談】院生問題―いま、「学生に賃金を」を考える(秋山道宏×栗原康) 79
【補論2 論考】大学賭博論―債務奴隷化かベーシックインカムか 95
 
第3章◆〈借金学生〉製造工場………………………………………………………113
大学紛争をうけて 113/政府が大学授業料を値上げした 116/〈借金人間〉製造工場としての大学 119 奨学金制度の貸金業化 127/債務者に賃金を 137
【補論3 論考】大学生、機械を壊す―表現するラッダイトたち 147
 
第4章◆悪意の大学……………………………………………………………………170
大学の病理的雰囲気 170/大学設置基準の大綱化 173/大学院重点化政策 176/都立大学の解体 178
非常勤講師の大量リストラ 181/早稲田サークル部室の撤去 184/東京大学駒場寮問題 190 大人用処世術概論 194/悪意の大学 202
【巻末特別座談会】さよなら、就活! こんにちは、夢の大学!(渡辺美樹+大滝雅史+岡山茂+栗原康) 211
 
おわりに 229
大学はモラトリアムだ/21 世紀の怪物/じいちゃんの遺言/被曝学生、ゼロ地点にたつ
初出 243

はじめに

空海三教指帰』 嘆息
もともと京都の大学で仕官を目指して儒教の勉強
栗原 35歳 年収80万円 借金635万円
日本学生支援機構 奨学金
有利子 学部4年 400-500万 修士、博士5年 600-700万
年収300万円以下 猶予5年 → 2014年から10年
・あとでくわしくふれるが、イタリアの社会学者マウリツィオ・ラッツァラートの『<借金人間>製造工場』によれば、資本主義の根幹は借金である。あたりまえかもしれないが、もともと人間はモノとちがって交換できるものではなかった。それを可能にしたのが借金である。カネを借りて返せないのは恩知らずであり、人間ではない。切りきざまれても、なにをされても文句はいえず、それが奴隷制の起源になった。奴隷の側も、負い目があるからさからえない。むしろ、すすんでしたがってしまう。この奴隷労働こそ、人間やその行為をカネで交換可能なものにしたのであり、労働力商品の原型になったのであった。資本主義は、借金によってうごいている。
空海 山にこもり、ときに土佐の室戸岬にでかけて、お経を百万回となえた。そして書きあげたのが『三教指帰』である。この本のテーマはただひとつ。立身出世の学問である儒教を批判することだ。
・どうせ栄華をきわめたって、死んだら朽ち果てて、虫に食われて消えるだけ。

第1章◆大学無償化の思想

・知識とは、いちどつかったら消耗してしまうような商品ではなく、むしろつかえばつかうほど、100人いれば100人ぶんだけ多様な知識が加算されるものであり、しかもつねに議論の前提としてあらゆる人びとに共有されるものなのである。
・白石嘉治「原理的なことだけを言うと、大学であつかわれるような認識や言語、あるいは科学的な知識等は、本来は交換のロジックになじまない。つまり経済学が前提としているようなトレードオフ、あるいは経済学の財が前提としているような希少性のロジックには乗らないものです。そうした認識や知識などは「共同財」ともいわれます。それを提示しても手元から失われないので、交換のロジックではとらえられない。そこではトレードオフの原理は働かない。そして希少性の原理とは、あるものを無償にした場合、万人が使えば枯渇するので、そこに価値としての価格が発生するということですが、認識や知識、あるいは芸術作品の鑑賞などもふくめて、大学という場所の根幹をなす「共同財」は希少財ではない。いくら使っても枯渇しない。にもかかわらず、人間にとって価値のあるものである。」
・アルバイトが忙しくて読書の時間もとれなかったとき、それはカネだけはらわされて知的活動にかかわる権利をうばわれていたわけである。カネがなくて入学できなかったひともふくめると、大学の授業料は、ほんとうにおおくの人たちから知的活動の権利をうばいとってきた。
・もちろん、それでこの社会がよくなるかどうかなんてわからない。でも、いま生きていて息苦しいのが、小学校から高校にいたるまで、就職のためになにも考えずに受験勉強しろといわれたり、大学にはいってからも就職することだけを考えろといわれたり、就職してからも家族のためにはたらくことだけを考えろといわれたりしていることなのだとしたら、その原因はずっと就職のためにああしろこうしろといわれていて、自分の人生をゆっくりと自分で考えることもできないことにある。だから、たった4年間でいい、カネがあって好きなことを好きなだけ考えてもいい時間があったとしたら、それはどんなにすばらしいことだろう。たぶん、だれもがとてつもない解放感をかんじ、ああ生きていてよかったとほんきでおもうはずだ。その後の人生もぜんぜんかわってくるにちがいない。学生に賃金を。この息苦しい社会を終わらせよう。いつだっておもうのだ。本が読みたい、酒が飲みたい、カネがほしい。
・1960年代末、学生叛乱が世界中でふきあれた。とくに、イタリアの学生叛乱は、学生賃金をスローガンにかかげていたことで有名である。1967年2月、イタリアのピサ大学の学生が大学占拠を決行し、サピエンツァ・テーゼという綱領文書を発表した。そこにはこう書かれていた。こんにちの資本主義では、高度な先進技術にもとづいて、生産活動がおこなわれるようになっている。おおくの仕事で、大学レベルの知識が必要とされるようになっているのであり、大学生は未来をになう大切な労働力だということができる。かつて、大学にいけるのは特権的なエリートだといわれていたが、もはやそうではない。大学生は次世代の労働力であり、労働者階級の一員として考えるべきだというのであった。というか、学生は資本主義をささえるために、大学で先進技術を学習させられているのであり、その時点ですでにはたらかされている。もっとはっきりいえば、大学生はタダ働きをさせられているのであり、かんぜんに搾取されている。だとしたら、いま大学生が要求するべきなのはなにか。学生に賃金を。この言葉は、イタリアの大学占拠のスローガンとして、全国の大学にうけいれられていった。
・理論的根拠になったのは、1960年代のオペライズモであった。オペライズモは、労働者主義という意味で、当時のイタリア左翼に共通の言葉であり、共産党系の知識人から新左翼の活動家にいたるまではばひろく共有されていた。なかでも、キーワードとなったのが、マリオ・トロンティやアントニオ・ネグリによって提起された社会工場という概念である。
社会工場とは、文字どおり社会全体がひとつの工場になったことを意味しているこんにちの資本主義の支配は、工場や会社のオフィスのようないわゆる生産の領域にとどまらず、再生産の領域にまでおよんでいる。というか、そうしなければもはや資本主義がなりたたなくなっている。たとえば、工場の生産活動がなりたっているのは、再生産の領域でいそがしいい家事をやりくりする女性がいるからであるし、高度な先進技術をまなばされてきた学生がいるからであるし、いつでも安くてキケンな日雇い仕事をひきうけてくれる失業者がいるからである。みんながみんな四六時中、社会工場ではたらいている
・家事労働に賃金を/学生に賃金を/失業者に賃金を → 社会賃金
・もちろん、イタリア政府は社会賃金などみとめなかった。だが、若者たちは、それを自分たちの手で勝手に実現していった。賃金をもらうかわりに、交通機関をただ乗りしたり、オペラの入り口を強行突破してタダで観賞したり、スーパーのレジに集団でおしかけ、交渉して物品をタダ同然でもちかえったりしたのである。自発的値引きだ。また、賃金のかわりに空き家を不法占拠したり、そこで共同生活をいとなんだりした。スクウォットだ。こうした行動は、1970年代にはいるとアウトノミア運動とよばれ、1977年に大弾圧をうけるまでさらに過熱していった。
・1970年代初頭になると、学生賃金の要求は大学無償化として結実することになる。イタリアばかりではない。ドイツでもフランスでもイギリスでも、ヨーロッパ全体で高等教育の無償化がすすめられた。
・高等教育の機会均等
・1966年国際人権規約第13条 日本国憲法第26条 教育基本法第4条
国際人権規約第13条、日本は項目bとc(中等教育、高等教育の無償化)を留保。しぶしぶ2012年9月に批准。ここまで批准しなかったのは日本とマダガスカルだけ。
・「医者になれる人」
・男女の進学格差
★ほんとうのところ、「学生に賃金を」というスローガンをつかう意義は、この共同財の存在に気づくということにある。
・自由闊達
・トニー・フィッツパトリック『自由と保障―ベーシック・インカム論争』「天然資源というのは、みんなで共有すべきものであり、企業が独占していいたぐいのものではない。」
★企業は共同財を横領している。
・高等教育予算をOECD平均だせば、ちょうど2兆5000億円で大学無償化できる。
関曠野『フクシマ以後――エネルギー・通貨・主権』ベーシックインカム、政府通貨
・「高等教育の無償化は福祉ではない」
橋本徹北朝鮮暴力団と同じ」「高校無償化は拉致を切り離せない」
・外国人が入って文化が混ざり合うことは面白い。

第2章 奨学金地獄

・2008年12月奨学金返還滞納者(3ヶ月)のブラックリスト
リーマンショックの最中
・2013年大学初年度授業料 国立81万 公立93万 私立130万 +生活費
・4年で 国公立最低600万 私立800万
・大学生の74%がアルバイト
・せっかく大学にいっても、好きなことを学ぶ時間がほとんど失われている
・日本育英会日本学生支援機構
・第一種奨学金(高校の成績が3.5以上) 無利子 年額約54-77万(2012年から年収300万以下は無期限で返済猶予)
・第二種奨学金 有利子(上限3%)36-180万
・世界の常識では奨学金は給付grant。貸与型は学生ローン
・およそ4割の学生が利用
・15年前と比べて、第二種が10倍以上、貸与人数がおよそ2.5倍
・2012年の訴訟件数2004年の100倍(6193件)
・民間の債権回収会社に委託
・世界の高等教育
アメリカ 州立大学は比較的安い「ペル奨学金」給付型「スタッフォード奨学金」貸与型
②イギリス 学費は後払い(卒業後) 年収344万を超えてから 25年で債務は帳消し
③ドイツ(フランス、イタリア) 基本無料
スウェーデン パーフェクト
・2006年 奨学金有識者会議 奨学金制度の貸金業
市古夏生 お茶の水女子大学教授
加山勝俊 社団法人しんきん保証基金常務理事
黒葛裕之 関西大学教授
小林雅之 東京大学教授
斉藤鉄生 早稲田大学学生部奨学課長
白井淳一 信金ギャランティ株式会社代表取締役社長
宗野恵治 弁護士
濱中義隆 独立行政法人大学評価・学位授与機構准教授
藤村直 三井住友銀行融資管理部長

【補論1 対談】院生問題―いま、「学生に賃金を」を考える(秋山道宏×栗原康)

・2009年「ブラックリストの会」
小林雅之「わたしは利用されただけだ」
大学院重点化政策 論文を早く書いて業績を出さなくてはいけない、流行にのったものを書かなければ研究費が確保できない
・学生がたまって議論する場所
・学生が大学という場を構成する一員ではなく消費者として、サービスの受け手として管理されていくような仕組みが、いわゆる大学改革の一連の流れのなかでつくられた
・広い意味での大学のネオリベ化 大学教育の商品化
・アウトノミア たとえばミラノ大学だと、建築学科の学生と教員が、ホームレスの人たちを大学構内にがんがん入れて、居住させちゃったりする。もちろん、当局は「部外者の退去」をもとめるんですけど、そしたらこんどはホームレスの人たちを非常勤講師として扱って、講義をしてもらう。それなら学内者なので排除はできないし、非常勤講師なのでお金をもらってもいいくらいだろう、と。結局、このときは学外に退去させられてしまうんですけど、引きかえに市内に無料住宅を、電気水道代込みで提供させたらしい。
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【補論2 論考】大学賭博論―債務奴隷化かベーシックインカム

・まるで宗教にでもはまったかのように、自己啓発に駆りたてられ、「もっともっと」と正しい自分を探しもとめる。
・2008「タルナック事件」不可視委員会『来たるべき蜂起』「就職面接の受けを良くしようと笑顔の練習にはげみ、すこしでも昇級しようと歯をホワイトニングする。団体精神を培うためにディスコに通い、英語を習ってキャリアアップを図り、新たな一歩を踏み出すために結婚や離婚をするといったあの光景である。果てはリーダーになるために演劇セミナーを受講し、うまく「葛藤に対処する」ために「自己啓発セミナーに通いはじめる。どこにでもいそうな導師の一人は次のように言う、「心の奥底での『自己啓発』は感情を安定させ、くつろいだ人間関係へと解き放ち、バランスのとれた知性を研ぎ澄ましてくれます。つまり経済的パフォーマンスをたかめることへとわたしたちを導いてくれるのです」。このひしめき合う小群衆は、ナチュラルに見えることを目指して練習に励みながら、選抜・抜擢されることを待ち侘びているが、彼らが与しているのは、動員(モビリザシオン)という倫理により労働秩序を救済する企図にほかならない。」
★これはフランスで書かれた文章だが、おどろくほど日本にもあてはまる。就職活動のためにリクルートスーツを購入し、TOEICやプレゼンテーション、ディスカッションのトレーニングにはげみ、エントリーシートの書き方を洗練させる。面接官にこころないことをいわれ、不採用にでもなれば、なにが足りなかったのかと思い悩み、本屋で自己啓発本を手にとりはじめる。就職してからもおなじことだ。たかい地位にたつためには、きちんと自己管理をして、たえず自分をリニューアルさせていかなくてはならない。英語や資格を身につけるために学校にかよい、自分の生活を律するために、しきりに健康に気をつかう。スポーツジムにかよい、自然食品を買い、エコライフを満喫する、婚活だって自己啓発のひとつである。人間の生が、労働の秩序に動員されている。というか、生きることそのものが認知資本なのであり、わたしたちはたえず自己啓発という労働をさせられている
・いちど借金をすると、学生は自分の未来を完全にコントロールされてしまう。自己啓発をして良い仕事をみつけ、働いて返すこと。大学という賭けは、学生を債務奴隷化し、その未来を自己啓発へといざなっていく。
・「自己啓発とはまったく無縁なもうひとつの賭博」
・農村 北方教育運動 子供が自分自身の生活を綴り、環境を知覚し、思考と感情を自らのものにすること 閉じること 自律すること
・実のところ、大学にもまったくおなじことがいえる。就職にむかっていく時間の流れをいったん遮断して、閉じこもって自分の生きかたを自分で決めようとすること。あるいは、それをさまざまなスタイルで表現すること。北方教育運動とおなじように、大学は学生の自律性を育むところなのであった。おそらく、このことを文字どおりの意味で実践し、学生にとって大学とはなんなのかを体現してみせたのが、1960年代末の大学ストライキだろう。このころ、全共闘をなのる学生たちが、全国各地で大学でバリケード封鎖し、授業をとめて大学にたてこもっていた。よくいわれることであるが、学生にとってバリケードとは自分の未来をさえぎりたいというおもいの象徴であった。自分の意志とは関係なく、就職へとはこばれていく時間の流れ。ほんのすこしでもいいからそれをとめ、自分の人生を自分で選びなおしたい。いわば、大学ストライキは時間をストライキするこころみだったのである。
戸井十月『旗とポスター』落書きについて
・ブログ「大学生詩を撒く」
・大学や自己啓発セミナーで、もっと「強い自分」でありなさいと命令される。だが、実のところ、「弱い自分」はこの命令によってはじめてうまれる。だから正直、自己啓発に終わりはない。自分を表現し、自分を探しもとめればもとめるほど、自分を見失い、疲れはててしまう。結末はあきらかだ。うつ病になるか、自殺をするか。
・ヒューマンストライキ。それは人間の生にとって、より直接的なストライキである。認知資本主義が、人間の認知能力、もっといえば生そのものをコントロールし、利潤に変えてなりたっているのだとしたら、それをとめること。かつて、工場ではストライキをおこなうのに機械の歯車をとめればよかったが、認知資本主義では人間の生の歯車をとめなくてはならない。
・勝利しかない賭博としての大学
・『vol 04』「どうしたらいいか?」Tiqqun
自己啓発としての大学を捨てたとき、そのひとは自分の身を賭して、知性の爆発としての大学を思考しはじめる。
・人間はいちど大きな借金を背負ってしまうと、だいたいその未来を一定の方向にコントロールされてしまう。きちんと金を返済するか、あるいはそのための望ましい行動をとるかである。
・永続的な自己啓発
・自分の生のかけがえのなさを確信すること。賭けた時点で勝っている賭け。

第3章◆〈借金学生〉製造工場

・1969年10月大学占拠77校でピーク
・60→70年 10年間で大学生数が2倍 71 → 167万
・1971年(昭和46年)中教審四六答申 教育費の受益者負担
・1971年 授業料 国立1万8千円 私立9万5千円 → 国立7万3千円 14万6千円 へ値上げを促す
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フランコ・ベラルディ『プレカリアートの詩』「精神大気圏の病理的雰囲気」
・うわべだけの笑顔、偽りのコミュニケーション
・ジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』飼い犬の紐を長くする方法=クレジットカードやローン
・1943年 大日本育英会発足 3日後神宮外苑 学徒出陣
・教育ローンを扱う銀行からの圧力。「自由競争をさまたげている」→1983年第二臨調答申(行財政改革
奨学金に利子をつけること
②返還免除制を廃止すること
・1999年 社会経済生産性本部『選択・責任・連帯の教育改革』堤清二橋爪大三郎大澤真幸ら ポスト近代の大学
①大学入試廃止
②授業料の大幅値上げ
③教育費の全額自己負担
④銀行の「奨学ローン」拡大
育英会の見直し
・大学を卒業すると、およそ20年にわたって、労働に拘束される。どんなに認知的労働がくだらないとおもっていても、あるいは他の生きかたがしたいとおもっていても、なにも考えずにカネを稼がなくてはならない。
・「鉄を喰え、飢えた狼よ、死んでもブタには喰いつくな」尾崎豊『Bow!』
・1965年8月ワッツ暴動 当時、人種問題として扱われることの多かったこの暴動に対して、シチュアシオニスト商品世界の破壊という位置づけをおこなった。
・金融は、労働の将来的な価値をあらわしている。
世界的に金融化が進行したのは、1970年代後半からである。この時期から、金融は一部の専門家ばかりでなく、中産階級にもひらかれたものとなった。これを家庭経済の金融化というのだが、ようするに中産階級の預金を投資信託にながしこみ、とりわけ確定拠出型年金というかたちで、年金基金の運用を普及させたのであった。
★だが、ここで考えなくてはならないのは、この金融化のプロセスが貧乏人からなにをうばいとったのかということである。結果的に、住宅がうばわれたとかそういうことばかりではない。ローンをくんだことで、貧乏人は想像力をうばわれたのだ。もともと、貧乏人のあいだでは、快適な場所でくらしたいというイメージが共有されていた。そして、それを具現化する方法もいかようでもありえた。政府に公共住宅を要求してもよかったし、空き家があれば複数人で不法占拠をしてもよかった。でも、ローンをくむことで、貧乏人の思考はマイホームを購入することに直結させられてしまった。いちどカネを借りてしまうと、快適な生活のイメージは商品生活の檻のなかにしかありえない。金持ちは、貧乏人がおもいえがいてきた未来の生活のイメージを、いいかえれば、貧乏人の認知的活動を金融商品として所有し、それを売買することによって利潤をあげているのである。そしてその一方で、貧乏人はマイホームの購入を「成功」の自明のイメージとみなし、ローン返済のために地獄のような労働をしいられるのだ。
・住宅ローンばかりではない。こんにちでは、教育ローン、自動車ローン、クレジット・ローンについても、まったくおなじことがいえるようになっている。先述したように、教育ローンは金額からいっても、住宅ローンにつぐ第二のローン市場である。奨学金がかんぜんに公的性格をうしなえば、おそらく住宅ローンとおなじことがおこるだろう。だれもが大学にいけると吹聴される。ひとりあたり数百万円にもおよぶ教育ローンをくんで。おそらく、このことで夢をみることができるようになる学生もいる。それまで不可能だった大学進学が可能になるのだから。だが、借金で大学にいくことが一般化すれば、大学をめぐる想像力が、商品世界のなかに閉じこめられてしまう。もともと、大学については、政府にたいして学費無償をもとめてもよかったし、まなぶべき知識についても、就職に役だつかどうかなんて関係なく、サークルや仲間うちで好き勝手なことをやっていてもよかった。だが、大学の金融化がすすめばすすむほど、借金をして、大学教育という商品を購入するのがあたりまえになってくる借金を返すために、まなぶべき知識が就活と直結してしまう。大学にいきたいという貧乏人の思考が、商品世界にくくりつけられてしまう。貧乏人をまっているのは、借金返済のための地獄の労働、ただそれだけだ。しかも、金持ちは教育ローンを運用し、ぞんぶんに利潤をえることができる。
金融化は、人間生活のすみずみにまでいきわたっている。いまわたしたちに必要なのは、商品世界にくくりつけられた人間の思考を解きはなつことだ。商品世界の破壊(ラッダイト)。金融化にもとづいた商品世界にたいして、人間がモノよりエラいことをしめすことができるかどうか

【補論3 論考】大学生、機械を壊す―表現するラッダイトたち

・人間らしさのみじんもない仕事
・社会工場=消費もシステム(工場)の一環
・生活の場から人間性をうばいとる社会
・1960年代末の大学ストライキ、それは大学という機械をラッダイトするこころみであり、未曾有の規模でおこなわれた文化的表現の実験場
・「今、うすら寒い講堂の一室でボク達は考えてきた。
全学バリケード封鎖を
東京大学の徹底的<破壊>を
全学バリケード封鎖の意味はただ単に七項目貫徹をめざした戦術アップでは決してない。今日の社会体制を根底から支えてきた、高級管理労働者養成所としての東京大学の存在そのものを具体的に否定する行為としてまたその中にどっぷりとつかってきたボク達の日常性そのものを完璧に否定する行為としてあるのだ。総力を上げて全学封鎖へと突撃せよ!」『進撃』第2号「”崩壊”の季節」
・当然ながら、東京大学でおとなしく勉学に専念していれば、たいてい出世の階段をのぼることができる。高級官僚、大企業の重役など、エリートと呼ばれるポストに就くことも夢ではない。しかし、それは自分たちが資本主義社会の支配層になることを意味していた。それでいいのか。というか、そんな自分を否定するべきではないのか。東大生のバリケードには、そんな思いがこめられていた。
★この話だけ聞くと、東京大学にしかあてはまらないと思うかもしれない。しかし、基本的に他の大学でも考えかたはおなじであった。もちろん、東大生のようにエリートになることが約束されていたわけではない。だが、それでも大学教育をうけ、企業が必要とするような能力を身につけることができれば出世の道がひらけてくる。しかも1960年代末といえば、ちょうど高度成長のまっただなかである。このままいけば、まちがいなく楽な暮らしがまっている。だが、その背後で、日本はあきらかにアメリカのベトナム侵略に加担していたし、工業化の結果として農村、漁村が破壊され、公害問題も続出していた。自分の「平和と繁栄」のために、他の人びとを犠牲にしてもいいのだろうか。人生のレールからいったん降りて、自分の生きかたを考えなおす必要があるのではないだろうか。せめてその時間だけでもつくりたい。当時、早稲田大学の学生であった津村喬は、後にバリケードの意味をふりかえって、つぎのように述べている。
バリケードというのは、機動隊や右翼が来るということへの備えという以前に、自分たちの運ばれていく未来をさえぎるためのものだった。待ってくれ、俺たちの人生は自分で決めたい、といいたかったが、それにはまず、授業をやめる必要があった。モラトリアム、といいたいならそれもよい。何と創造的な判断停止で、それはあったことか。」
バリケードは、時間の流れをさえぎりたいという学生たちの意思表示であった。大学にたてこもり、とてつもなくヒマな時間をつくりだす。そこでは必然的にいままで話そうともしなかった学生との会話がうまれ、共同生活をつうじて信頼関係がはぐくまれる。肘をつきあわせ、機動隊と衝突でもすれば、学生のあいだには強烈な連帯意識がめばえる。空き部屋を使っては討論会や勉強会をひらき、それでもものたりなければ、自分たちで授業カリキュラムを設定し、自主講座をひらく。自分たちにとって、のぞましい文化や生活を実験してみることバリケードには、そうした文化的意味合いが強かった。バリケードは、時間をとめるシンボルであり、イメージそのものだったのである。
・社会が悪くなる過渡期、初期は実感できる。悪くなった後に育つとそれがデフォルトで気づかない。
・自分の言葉で語ること 「ぼくはぼくの言葉で語りたい」津村喬全共闘
・ポスト工業化社会=知識や情報
・たとえば、全共闘を「暴徒」あつかいしたのは、大学当局や警察ばかりではなく、情報操作をするマスコミの力であった。また、人びとが消費に駆りたてられたのも、日本が物質的に豊かになったからではなく、マスコミや広告によって、それがあたりまえと思わされるようになったからであった。
・大学では、教育する者と教育される者がはっきりと区分されている。それは生産者と消費者の区分であったし、演劇にたとえていえば役者と観客の区分であった。ポスト工業化が両者の溝をひろげ、一方的な情報伝達を促進しているのだとしたら、いちどそれを断ち切って、「自己教育」の回路をつくりだすこと。大学のなかで受動的な消費者でしかなかった学生たちが、好きなことを好きなように表現してみること。たとえば、学生たちが自分たちで授業カリキュラムをくみ、自分たちがうけてみたい授業を自分たちで催してみる。内容が左派的かどうかは問題ではない。自分たちが学びたいこと。自分たちが伝えたいことを自分たちでまかなってみる。学生たちは、こうした自主講座のこころみをつうじて、大学の知的生産は教員の専売特許ではなく、学生もおこなえるのだということを表現したのであった。
・連帯を求めて、孤立を恐れず
造反有理
帝大解体
砦の上に我らが世界を
ニャロメ!
革命でやんす
とめてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている
闘魂不滅!
・ポスト工業化社会=「言葉の秩序」を土台。
・たとえば、学生は自分たちのヘルメットに色を塗り、文字を書きこむことで、みずからのアイデンティティを示そうとしていた。政治セクトについていえば、白ヘルは中核、Zマークは革マル、青ヘルは社青同解放派、カマトンカチは第四インター、黒ヘルはノンセクト、等々。
・今でこそ。ヘルメットはセクト学生の専売特許みたいになり、一人一人の個性や意志より、集団としての力を記号化するようになってしまったが、68年から70年の頃には、それは実に多様な個性を表現する小道具として存在していた。ヘルメットをナイフで削り、何層にも重ねられたスプレーペンキの色の断層
・当時、全共闘の大学ストライキに影響をあたえたといわれているのが、第一次・第二次羽田闘争、佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争、王子野戦病院反対闘争であった。
反戦青年委員会
・井上澄夫
・警官=秩序の象徴
・いまでは社会全体がひとつの工場であり、芸術も教育も、日常生活のすべてが工場の機械となっている。
労働組合さえもシステムの一部
・もはや労働組合も機械でしかなく、労働者が破壊すべき対象である。
・だから、いま必要なのは生産から消費にいたるあらゆる生活領域で、第二のラッダイト運動をはじめることである。こうしたドゥボールの視座が、パリの5月革命の先駆けであったことはまちがいない
・日本でも世界でも、学生は大学という機械をラッダイトしようとしていた。学生は将来、サラリーマンになることを運命づけられており、そこに口をはさむ余地さえあたえられていない。それならば大学にバリケードをはり、授業をとめてしまえばいいのではないか。とめてゆっくりと考える。
・大学ストライキは、学生たちのめいっぱいの文化的表現であり、みずからの自律をつかみとるきわめて政治的な行為だったのである。
・社会の工場化=システム

第4章◆悪意の大学

・1980年から大学改革。5つの柱
①大学の就職予備校化
②大学院重点化政策
国公立大学の「民営化」
④教職員の非正規化
⑤学生の自主活動の規制
・大学は、よりよいサービズを提供する空間なのであり、その企業イメージを損ねるような自由奔放さはとりしまらなくてはならない。サークル活動にしても、自治寮にしても、学生は大学のスペースをいかして、ここはみんなのものだといいがちだけれども、そうではない。大学は一企業の私的空間なのである。学生の自主活動なんてどうでもいい、とにかく学生はよい企業に就職して、大学の企業イメージをあげてくれればいいのである。そうすれば、また新年度に学生があつまってぼろもうけ。でも、そんな大学改革がすすめばすすむほど、大学は「病理的雰囲気」でむしばまれていく。
・1991大学設置基準の大綱化 2002年中教審「新しい時代における教養教育の在り方について」
①主体性ある人間としての自立する力、新しい時代の創造に向かう行動力、他者の立場に立つ想像力
グローバル化にともなう異文化理解とそのための語学能力
③科学技術についての理解とそれらの技術にかんする倫理的判断力
④国語力としての古典的教養
⑤礼儀作法をはじめとする身体的修養
=「新しい教養」
・ようするに、「新しい教養」とは人間の認知的能力のことである。ここで書かれていることを露骨にいってしまえば、企業の経済活動に役だつ「問題解決能力」「情報処理能力」「コミュニケーション能力」のことだといってもいい。たとえば、問題解決能力とは、キャリアプランニングやインターンシップ、フィールドワークをつうじた職業観の育成のことであり、情報処理能力とは情報機器の操作方法のことであり、コミュニケーション能力とは、企業でつかえそうな実用英語や日本語の言葉づかい、礼儀作法などのことである。
大学院重点化政策 1985年 7万人 → 2006年 26万人 「理工系のすぐれた研究員を育成し、新技術の開発や特許の獲得をおこなうこと」
→国から助成金や研究費
・現実は「ポスドク問題」「高学歴ワーキングプア
・九州大 憲法学 大学院生 放火事件
・2001-3 小泉・竹中 国公立大学の法人化
石原慎太郎 4大学統合 → 首都大学東京 すべての教員に口外不可の同意書 2005年4月 首都大学東京開校
埼玉大学 非常勤講師の大量リストラ 田隅三生学長のウソ
・大学非常勤講師 2万6000人 平均年収306万 44%は年収250万未満
・早稲田サークル部室の撤去 1995ー2001 6年間
オフィスビルと変わらないキャンパス
・もともと、大学がビラや立看板であふれていたのは、学生がサークルなどの自主活動をおこなっていたからである。学生はサークル活動をつうじて、たがいに交流をふかめたり、芸術や音楽にのめりこんだり、読書会や討論会をもよおしたり、あるいは酒を飲んだり、恋愛をしたりする場を自分たちでつくりだしていた。率直にいえば、学生の自主活動こそが大学をつくってきたのである。
・だが、「魅力ある大学」をめざす大学当局にとって、学生の自主活動はめざわりな存在でしかなかった。
・「私事になりますが、わたしは88年4月にそれまで育った尾張の農村をあとにして、青雲の志を抱きつつ、頬を赤らめて早稲田大学へと入学しました。入ってみてまず驚いたのが、自由溢れるキャンパスの雰囲気と学生が生み出す活気でした。数々の立て看が所狭しと立ち並び、トランジスタメガホンで情宣をしている左翼もいれば、ミニコミ誌の出店を出している人、ダンスパーティーの券を売る軟派学生、劇団公演のチラシを配る演劇青年など、さまざまな学生たちがおもいおもいに自己表現や主張を繰り出していました。管理教育が厳しいといわれる県で教育を受けてきたので、その対極ともいうべき大学の雰囲気に圧倒されました。」竹内一晴『空・間・開・放』
・「教育活動関連施設と課外活動関連施設の分離」新学生会館=徹底的な監視体制
・そもそも、早稲田大学のサークル文化が実り豊かであったのは、大学の枠をこえてはばひろい交流をもってきたからであった。あえていうならば、学外者こそがサークル文化の、しいていえば早稲田文化の支柱であったといってもいい。
・2001年7月31日引き渡し。およそ3000人集合。
東京大学駒場寮問題 1991-2001 10年間
駒場三鷹 相部屋→個室
北海道大学就活くたばれデモ
・大学3年からはじまる就職活動。採用面接では、コミュニケーション能力や問題解決能力がもとめられ、学生は自己啓発本を片手に、まるで宗教にでもはまったかのように自分磨きに必死になる。もちろんそれはしんどいことであるし、不採用でもかさなれば精神的にまいってしまう。
就職予備校化した大学が、学生の言葉やふるまいを就職に役だつように方向づけ、つねに他人に評価されることを意識させているのだとしたら、そんなものはいちど放棄してしまって、もっと自由な表現をさぐること、自己表現のスタイルはいくらでもありうるということをしめすこと。大切なのは、表現内容ではなく表現そのものである。純粋ビラというのは、学生たちのそんな気持ちを表現しているのではないかとおもった。
・第一に、就活のはじまる時期がとにかくはやすぎる。
・第二に、学生たちは過度に自己表現へと駆りたてられている。就活のときはもちろんのこと、「新しい教養」を重視するようになった大学は、実用英語や情報技術、ディスカッションのスキルや人間関係形成能力をたたきこむことにやっきになっている。やや極端ないいかたをすれば、学生は就活だけにむかっていく動員されたコミュニケーションをまなばされている。ほんらい、人とのつきあいかたや自己表現というのはいかようでもありうる。人間の生きかたそのものだからだ。しかし、企業はそれが仕事に役だつかどうかで選別をするわけだし、大学は企業に役だつものをただしいコミュニケーションとしておしえている。学生は、自己表現をすればするほど生を切り縮められ、しかも就活ではたいして年齢もちがわない面接官にダメだしをされ、自分の生きかたそのものを否定されている。たまらない。
・第三に、学生の根源的な知的欲求
・友人でも恋人でも、ほんきで遊んだ人間関係のなかでいつのまにか培われているもの
・一般的に、大学の起源は、13世紀初頭のヨーロッパとされている。なかでも、もっとも古いのがイタリアのボローニャ大学である。アラビア語文献の翻訳。学生たちが組合→ウニヴェルシタス(大学)。家賃交渉や教育内容、授業料の自治運営など。
・無名の、そして無数の知識人(卒業生、中退者)たちは、その生活を通じて、ヨーロッパ中に基礎の文化をひろめたのであった。
・「[大学は]世代間の批判的な対決が可能となる唯一の場である。それは恋愛や、政治や、芸術における多様な経験を可能にするかけがえのない場であり、多くの若い男女学生にとって、知識人の生活を社会秩序のなかに入るまえに多少なりとも経験できる最後のチャンスである。」クリストフ・シャルル アレゼール日本編『大学界改造要綱』
矢部史郎のスローガン「学生に賃金を」

【巻末特別座談会】さよなら、就活! こんにちは、夢の大学!(渡辺美樹+大滝雅史+岡山茂+栗原康)

渡辺美樹「ゆとり全共闘
・震災直後の2011年4月10日、「素人の乱」の松本哉さんたちの呼びかけで、高円寺で反原発デモがおこなわれ、すごい数のひとがあつまりました。わたしはそこで、大学2年生になってはじめて、社会運動が路上にでてきたのを目にしたんです。のちにいっしょに活動することになる学生たちも、このデモに触発されたという感じです。
・おなじころ、法政大学の飲酒闘争(学内での飲酒を禁止した大学当局への抵抗運動)、早稲田大学の「勝手に集会」(構内でのフリースピーチなどをつうじて自由空間をとりもどす運動)など、首都圏とその近郊の大学で、学内自治を問いなおすさまざまな活動が展開していました。それらが有機的につながったのが、ゆと全でした。当時、法政大学の5年生だった菅谷圭祐くんが連絡役となって、首都圏と近郊の大学運動の一種のハブとして機能することをめざしました。
・法政の運動との出会いには、けっこう運命的なところがありました。たまたま法政の授業に潜りにいったとき、菅谷くんがキャンパスでかき氷を配っていて、なにごとかとおもったんです。構内にはへんな漫画ビラが大量に貼ってあって、飲酒闘争とか書いてある。これはまさか!?……とおもって声をかけたんです。そこから、外堀公園での路上焼肉とかに誘われて行くようになり、早稲田のひとたちと出会ったり、ほかにも首都圏の学生との交流がたくさん生まれて、キャンパスの行き来がはじまた。ゆっと全はそのなかからできてきた、という感じです。
・高円寺のデモは「原発やめろ!」が主題でした。でも、わたし自身は、自分の足もとの問題を語っていきたかったし、法政なり早稲田なりもそういう、学生の生活圏から声をあげる運動だった。とにかく、テーマやトピックのちがいをこえて、声をあげていいんだ、ということを発見したのが、高円寺デモのおおきな影響だったとおもいます。
・2008年「年越し派遣村」「貧困問題ブーム」松本哉『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』
・7月には洞爺湖サミットがあって、反G8運動で北海道にきていた松本さんに直接お話をきく機会もあったりして、運動のイメージがさらに具体的になったところはあります。
・2009年は、ぼくは1年間休学していたのですが、そのあいだに京都大学の「くびくびカフェ」をおとずれて、ユニオン・エクスタシー(京都大学時間雇用職員組合)のひとたちと会うなど、関西との交流ができました。そして、東京では宮下公園ナイキ化反対のデモに参加することで、ようやくはじめてのデモ参加も果たしました。そのなかで、なんとなく関心はあっても、ぼんやりとしたものでしかなかった「デモの企画」というものを、自分でもやれるんじゃないか、と感じはじめた。それから、札幌に帰って前年の反G8運動にかかわっていたひとたちともコンタクトをとり、アドバイスをもらったりして、デモの具体化にむけて動きはじめました。
・なので、「就活くたばれデモ」は、就活を問題にしたデモとしては初だったけれど、反貧困運動、京大界隈のユニークな運動、ナイキ化反対運動、反洞爺湖サミットなどなど、各地のさまざまな社会運動から刺激をうけて、はじめて実現したものなんです。
・賛否両論、強い批判もあるが、議論が喚起できれば問題提起としては成功。
・身近なひとたちとの対話なくして運動もできない。
・「共同運営実験スペース りべるたん」
・ゆと全時代から、わたしたちのあいだでは、大学がたまり場ではなく通路になってしまっている、という認識がありました。各サークルをつないで当局と交渉する役割の文化連盟も、ただのお遊びサークルにすぎなくて、各サークルが島宇宙化して点在するだけで、学内に公共の空間がまったくない。大学のなかに学生がつどえる居場所がないなら、外につくろうということで、2013年夏くらいに、神楽坂に部屋を借りて「りべるたん」をオープンしました。そこから多少の経緯を経て、場所も東池袋に移り、いまにいたります。
・学生からして小官僚的になっていて、構内で鍋パーティーなんかしていると、「ちゃんとやりなよ」「やってもいいけど、ここではだめでしょ」とか言われたりする。
・ぼくも「りべるたん」になんどかおじゃましたことがありますが、だれだかわからないけど、続々とひとがあつまってくるという雰囲気ですね。あれ、すごくいいです。
・鍵はかけないようにしています。保安上どうなのか、いたいなことはあるかもしれませんが、いつもひらかれたスペースにしておきたいとおもっています。あと、大学に言論の自由や討論の場がないから、あらゆる思想のひとを排除しないことをこころがけてます。さがしづらくて、来ようとしてくれた人もよく迷うし、Google Mapにもでないような場所ですが、だれでもはいれます。以前、京大吉田寮におじゃましたときに、こういう場所って首都圏にないな、とおもったんですよね。だれでもうけいれてくれて、お酒をのんでいろいろなことを語りあったあとは、泊めてくれるような場所。
・2014年11月「シェアハウス大会議@東洋大学白山祭」
・いまの学生は、キャリアセミナーをうけさせられて、「自立」をうながされています。でもわたしは、傷をなめあうべきだし、肩をよせあうべきだとおもう。そんなふうに「共有的な自立」があってもいいとおもうんです。そういう話を学祭でやってみたかった。
・この「傷をなめあうこと」「共有的な自立」をもっと積極的に肯定していく意味で、ことしはシェアハウスをテーマにしました。貧困とか、若者の不安定雇用をベースにしたシェアハウスのありかたをさぐり、公共性を問いなおす、という問題提起だったとおもいます。
・サークルにしてもなんにしても、それぞれがタコツボ化していて、さまざまな考えかたをもった学生どうしによる侃々諤々の議論なんて、夢のまた夢という感じです。現実がそのように真逆だからこそ、公共の場としての大学、資本に唯一介入されない自由な場としての大学を、理想像としてもちたい。ひとはもっと語らっていいし、そういうことができる場であってほしいです。
・大学は、いろいろなことを考えたり、疑問をもったり、勉強したり、本を読んだりする行為が歓迎される場所だった。ほかの場所だと、「なんかむづかしいこと言ってるね」みたいな感じで敬遠されるような行為や態度が、好ましいものとされる場所。その点ですごく居心地がよかった。
・岡山茂『ハムレットの大学』「学生はみな、王子であり、王女である」
キリスト教の基盤、聖女のイメージ、美しい花のような大学都市
・知らないもの同士がともにいられる教会のような場
・学問だけでなく、自由な生をも可能にさせる場という意味では、大学こそが、賃金をもらえない、資産もない若いひとたちに、そうした場を提供するものであってほしいとおもいます。
・学び舎 廃校再利用 
・アレゼール日本 2012年首都圏非常勤講師組合 早稲田ユニオン 大学のストライキ
・菅谷圭祐「ゆとり全共闘総括文」
・京大 ユニオン・エクスタシー 2009-2011「くびくびカフェ」

おわりに

・スタミナ太郎
小林雅之『進学格差』批判する相手の本を読む
・好きなことを好きなだけまなんで、好きなように表現すればいい。たぶん、それでなにかいちどでも夢中になったことのあるひとは、その感覚をわすれはしない。卒業して何年たっても、またゼロ地点にたちもどりたい、とおもってしまう。わたしは大学に在籍しているか否かにかかわらず、そうしたことをのぞんでいる人たちのことを、学生というのだと思う。
・人類皆学生
新評論 吉住亜矢
・そもそも知識というものは、天然資源というか、ながい年月をかけて伝統的につちかわれてきた共同財というべきものである。だれのものでもなく、みんなが活用して、そのつどあたらしい知識へと錬成していく。ただ多様に、豊富になっていくだけのもの、ありがたい財産。それなのに、企業は知識をひとり占めして、ほかのひとにつかわせなかったり、値段をつけて優劣をきめたりしている。そんな迷惑行為をやっている。
・生の負債化。
・被曝学生、ゼロ地点にたつ
・2011年12月栗原の母方の祖父が死ぬ。栃木で佐野ラーメンを食べる。死を間近にすると見栄や義理など余計な欲望が削ぎ落とされて、純粋な欲望になっていく。
放射能のことを言うのはヒステリーだという圧力
立命館大学学食ふくしま定食のお盆をひっくり返せ 
・純然たる欲望(感情)に賭ける。恋がしたい、本が読みたい、おしゃべりがしたい、いっぱいかきたい、旅行がしたい、うまいものが食べたい、いますぐに。
・もういちど、もういちど。ゼロ地点はくりかえす。ひとはいつだって学生だ。いったい、わたしたちはあとなんど大学にいくことができるのだろうか。たえまないモラトリアムのために。学生に賃金を。これが本書の遺言だ。
6/20読了。老眼が進んで読めなかった。