マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

【読書メモ】東浩紀『ゆるく考える』(河出書房新社)

目次
1 2018
(坂のまち、東京
休暇とアクシデント
よそものが作る地域アート ほか)
2 2008‐2010
(なんとなく、考える 全体性について
なんとなく、考える 公共性について
なんとなく、考える 現実感について ほか)
3 2010‐2018
(現実はなぜひとつなのだろう
大島弓子との三つの出会い
少数派として生きること ほか)
 
1 2018 
・仮想通貨取引365日24時間
トークショー運営の可能性
・合格か不合格か 受験の残酷さ
・コンビニの狭さ
・最先端の哲学がどこにあるのか、どうしたら学べるのか、それを自力で探すのも勉強の一つ。
・女性パートの尻をさわる
・現代美術オークションの世界市場
・韓国 87年民主化 光州事件 タクシードライバー
 
2 2008‐2010
・「ゼロ年代の想像力テン年代がわからない
市川真人 
ジジェク
SF大会の話
阿部和重
シェイクスピア・カントリーパーク
三浦展ファスト風土ジャスコTSUTAYAブックオフ
・現実が凡庸で退屈で交換可能だからむしろシミュラークルのなかに交換不可能なものを見出す
宇野常寛との論争「涼宮ハルヒは酸っぱい葡萄なのか」
digg はてなブックマーク
ポストモダン大きな物語がないというよりも、「大きな物語があるべきだ」がない。人それぞれ。
★ぼくたちは、他人がなにを信じようとかまわないが、それが自分に押しつけられるのはごめんだとみなが考え、そしてみながたがいの信念の適用範囲を監視し制限しあっている時代に生きている。
・実際、カルトの信者やテロリストが危険視されるのは、決して彼らがまちがったことを信じているからではない。彼らがその信念を暴力で他人に押しつけることこそが問題なのだ、というのが、現代社会の原理のはずです。
・繰り返しますが、現代社会は、他人がなにを信じようとかまわないが、それが自分に押しつけられるのはごめんだとみなが考えている社会です。さらに踏みこんで言えば、そのような徹底した「相互不干渉」こそが、まずは正義であり美徳であると感覚される社会です。
・思想のサブカル
・週末の趣味としての思想。サブカルとしての文学。コミュニケーション・ツールとしての批評。
・「ブログ論壇」「サブカル論壇」
・民主主義の大敵は「疲れ」
伊藤計劃虐殺器官』『ハーモニー』高度監視社会
アシモフ鋼鉄都市』『はだかの太陽』SFミステリ
・この10年間ほど、同じポストモダン思想を背景にしながらも、『現代思想』系というか以文社系というか、つまりは毛利嘉孝氏が新刊のなかで「ストリートの思想」と括る左翼系のひとたちから忌み嫌われている
ゼロアカ道場=プロレスのアングル シーンを活性化させる
・なにか大事な基礎教養(=惻隠の情)を読み落とした世代
・左翼の呪縛に囚われる必要のない、教養の新しい再組織化の可能性をもとめた
・2009年twitter
・きわめて直感的に言えば、『動ポモ』は早稲田の文学部でよく読まれているが、情報社会論は慶應SFCに連なっている。
ほしおさなえ 父はハードボイルド評論家・翻訳家、小説家、アメリカ文化研究者小鷹信光
アリゾナの砂漠
・「なんとなく、考える」(「文學界」2010年4月中断)
 
3 2010‐2018
波状言論ised、「ギートステイト
大島弓子綿の国星』須和野チビ猫 冨永みーな
夏目漱石『こころ』同性愛 マイノリティ 自分が少数派だと後で知りショックを受ける アトピー
森村誠一悪魔の飽食731部隊「丸太」 入管「ガラ」
・母方の祖父 内装業 赤坂 一ツ木通り 旧コロンビア通り
赤坂氷川神社例大祭 酒を振る舞う
・「実存」としての会社経営
河出書房新社 伊藤靖 SF
2019年1月
6/7読了
 
◆要約:東浩紀2008-2018年のエッセイと連載。2008-2010東浩紀が一番勢いがあった時代。web2.0の勃興期。
◆感想:「ポストモダン」の理解が深まった。徹底した「相互不干渉」こそが、まずは正義であり美徳であると感覚される社会。東浩紀の出自の話も興味深かった。ポストモダンが当時流行ったのも当然。それは世界史でも特異な、金銭的に豊かで格差も小さい高度消費社会が当時日本で実現したから。コジェーヴの歴史の終わりと日本旅行の話。そして、いまポストモダンが全く流行らないのも当然。それは、その「豊かさ」は全く長続きしなかったから。
「私が育った環境は、幸か不幸か、「ポストモダン」の思想の影響を受けるには余りにも経済的に貧しすぎたといえます。私の場合、「経済的貧困や階級差別の問題はもはやたいした問題ではない」といった「ポストモダン」的言説には感性レベルで違和感を覚えます。それは経済的貧困による差別の痛みを我が身に受けたことのない者の言い方だからです。」(平子友長「共同探求通信のへの寄稿」 逸見龍生氏のtwitterより)
自分にとっての東浩紀の印象はこの引用の通り。お金で苦労したことのない層、あるいはそうなりたい意識高い系にはこれからも支持されつづけるだろう。
それでも相互干渉せず、共存できるのなら良いが、ポストモダンは事あるごとに左翼批判するので、こっちも目につけば批判せざるを得ない。
東浩紀もsealds批判、選挙棄権運動、ハッシュタグ運動批判などをし、猪瀬直樹細野豪志鈴木寛を応援したり、実害があるので、目にとまれば批判する。
でもなるべく見ないのが一番よいだろう。この本でだいぶわかったのでもう当分いい。