マラカスがもし喋ったら

読書メモ、講演メモ中心の自分用記録。

栗原康『大杉栄伝 永遠のアナキズム』夜光社

大杉栄伝: 永遠のアナキズム

大杉栄伝: 永遠のアナキズム

  • 作者:栗原 康
  • 出版社/メーカー: 夜光社
  • 発売日: 2013/12/24
  • メディア: 単行本

目次:

はじめに
第一章 蜂起の思想
一九一八年、一〇〇〇万人暴動 / デマを流せ! / 蜂起のイメージ / 民衆芸術としてのストライキ

第二章 アナキズム小児病
子どもという病 / 花の都大東京 / 監獄大学への入学 / 必然のコミュニズム / 黒い子どもはよく踊る

第三章 ストライキの哲学
人間爆弾に点火せよ / 獄中のアナキズム / 猿のストライキサンディカリズムの思想 / 四苦八苦

第四章 絶対遊戯の心
大杉栄とその仲間たち / 民衆芸術論の背景 / アメリカニズムとしての民衆娯楽 / 正義を求める心 / 大杉一派、よもやま話

第五章 気分の労働運動
演説会もらい / ストライキの狼煙 / テーラー主義はいやなんだ! / 気分、だいじ! /大杉栄、中国にいく / ロシア革命とはなにか / アナ・ボル論争

第六章 アナキストの本気
大杉栄、フランスにいく / アナ・アナ論争 / 大杉栄、神になる / 身を益なきものにおもいなす

おわりに

 
はじめに

「僕は精神が好きだ。しかしその精神が理論化されるとたいがいはいやになる。理論化という行程のあいだに、多くは社会的現実との調和、事大的妥協があるからだ。まやかしがあるからだ。
精神そのままの思想は稀れだ。精神そのままの行為はなおさら稀れだ。生まれたままの精神そのものすら稀れだ。
この意味から僕は文壇諸君のぼんやりした民本主義人道主義が好きだ。すくなくとも可愛い。しかし法律学者や政治学者の民本呼ばわりや人道呼ばわりは大嫌いだ。聞いただけでも虫ずが走る。
社会主義も大嫌いだ。無政府主義もどうかすると少々いやになる。
僕の一番好きなのは人間の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。
思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ。」(大杉栄「僕は精神が好きだ」『文明批評』1918年2月)

大杉33歳 
「もはや自分にはなんにもない。だが、そのなんにもなくなった白紙の状態から、自分がなにをしたいのか、その嗅覚がとぎすまされてくる。もっとわがままになれ、精神そのままを爆発させろ。大杉にとって、それが自由であり、アナキズムの真髄であった。」
「あらゆる社会は、人間を交換可能なものにする装置にほかならない。ひとは生きれば生きるほど、みずからの生をすり減らしていく。いきぐるしい。社会は解体しなくてはならない。」
「大杉は、思想と行動ばかりではなく、動機にも自由がなくてはならないと述べていた。」
大杉は社会をうがつ行為をストライキと呼んだ。
THE BLUE HEARTS『夢』 限られた時間のなかで 借り物の時間のなかで 本物の夢を見るんだ 本物の夢を見るんだ
 
第一章 蜂起の思想
1918年 8月10日 大阪
逸見直造 家賃不払い運動 借家人同盟
11日 天王寺公園公会堂 国民党大阪倶楽部主催米価調節市民大会
米騒動 米屋の独占 価格吊り上げ
1918年1月 1升あたり15銭 6月、7月 20銭、30銭 8月半ば 55銭
発端 7月22日 富山県魚津町 参加者総数 1000万人
日本最大の暴動
山鹿泰治 エスペラント語人工言語。国際補助語)
大杉「泥棒と町奴」
ねずみ小僧次郎吉 いかけ屋松五郎
サンディカリズム労働組合主義) ロマン・ロラン『民衆芸術論』 ✰トレカも民衆芸術

僕はたいがいの資本家および労働者とともに、ストライキは喧嘩だと感じている。資本家の人格を損なおうとする労働者と、労働者の人格を圧えようとする資本家との喧嘩だと感じている。資本家の人格とは専制人である。労働者の人格とは自主自治人である。
僕はまたたいがいの労働者とともに、この喧嘩が物質上の利益を得させると同時に、人格上の満足をもあたえる最後の手段だと感じている。ときどきは、物質上の利害はともかくとして、一種の人格上の満足、すなわち意地のための喧嘩だと感じている。
負けることはよく負ける。しかし幾度負けてもその喧嘩のあいだに感じた愉快さは忘れることができない。意地をはってみた愉快さだ。自分の力を試してみた愉快さだ。仲間のあいだの本当の仲間らしい感情の発露をみた愉快さだ。いろんな世間の奴らの敵と味方とがはっきりして世間がみえてくる愉快さだ。そしてまた、そういったいろんな愉快さの上に、自分等の将来、社会の将来がだんだんとほのみえてくる愉快さだ。自分等の人格の向上するのをみる愉快さだ。(大杉栄「労働運動理論家 賀川豊彦論・続」『労働運動』1920年1月)

大杉にとって、ストライキとは民衆芸術だった
生の無償性
 
第二章 アナキズム小児病
1885年(明治18年)生まれ
吃り 吃音
柔道、縄、棒術
『少年世界』
「10ヶ国語で吃る」
名古屋陸軍地方幼年学校
→東京へ 牛込矢来町 昼は神田猿楽町の東京学院 夜は四谷箪笥町フランス語学校
『万朝報』(黒岩涙香創刊)の幸徳秋水の文章に衝撃を受ける
おなじ下宿の佐々木喜善 ギュスターヴ・ル・ボン『群集心理』にハマる 
1902年 母親が死に号泣
東京外国語学校
本郷 海老名弾正の教会で洗礼
進化論→社会主義社会進化論
幸徳秋水社会主義神髄』
1903年 日露戦非戦を貫くため 幸徳秋水 堺利彦 『万朝報』記者を辞職
平民社たちあげ 『平民新聞』創刊 たちあげ演説会に感動 
「軍人の家に生まれ、軍人の間に育ち、軍人の学校に教えられて、軍人生活の虚偽と愚劣とを最も深く感じているところから、この社会主義のために一生を捧げたい。」 平民社社会主義研究会に参加
荒畑寒村 「オオハイ」大杉ハイカ
一犯一語 そして読書
21-27 監獄を出たり入ったり
日本社会党 堺利彦 西川光二郎 国家社会党 山路愛山
1906年 電車事件
獄中 フォイエルバッハの宗教論、アルベール『自由恋愛論』(charles albert 『l'amour libre』パリ 1902)
バクーニン全集』 トルストイの小説
ロシア革命は1917年
幸徳秋水 サンフランシスコ大地震 帰国 ゼネスト
巣鴨 クロポトキンの著作をむさぼり読む『相互扶助論』『パンの略取』『一革命家の思い出』『無政府主義の倫理』『無政府主義概論』『共産主義と無政府』『裁判と称する復讐清土』、ルクリュ『進化と革命とアナキズムの理想』、グラーヴ『アナキズムの目的とその実行方法』、マラテスタ『無政府』、マラトウ『無政府主義の哲学』、ローレル『社会的総同盟罷工論』、『老子』、『荘子
劉師培、張継 中国人アナキスト 
山川均
大杉弱冠22歳
ホッブズ 人間の利己心

日本でも、加藤弘之博士、丘浅次郎博士などは、このハクスレー流の好代表者である。そしてついに人類社会の日常生活にまでも、一々この生存競争という言葉があてはめられて、友人を売って勢力を得るのも、節を屈して富をなすのも、他人を殺すのも、みずからくくるのも、ありとあらゆる人間生活はことごとく生存競争の一語に約められるようになった。自分さえよければ他人はどうでもいい、むしろ他人を殺しつつ自分を生かす、という賤劣な利己主義が科学的宿聖をうけるような観を呈してきた。(大杉栄「動物界の相互扶助」『新小説』10月号)

「明治政府がとりくんできたことが、すべて進化の名のもとに正当化されている。富国強兵によって軍事力を高めることも、殖産興業によって資本主義を促進していくことも、みんな適者生存のためである。戦争でひとを殺してもかまわない、貧富の格差が生じてもかまわない。目のまえでおこっていることのずべてが、科学的にうらづけられる。大杉によれば、クロポトキンがやろうとしていたのは、ダーウィンの進化という発想をうけいれながらも、それを利己主義や競争原理に還元してしまうような科学的方法を、根底からつきくずすということであった。」
「政治でも経済でも、いちど指標が示されれば、ひとは誰もが他人よりも有用でありたいと思ってしまう。自分の利益だけを追求し、そのために他人をけ落とすこともいとわない。実のところ生物学にかぎらず、科学の誕生こそが利己主義や競争原理を生みだしたのであった。」
>>アドルノ・ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』の議論と通じる<<
プラグマティズム 実際主義 が 有用主義 と誤解されている
大杉「クロポトキン総序」 クロポトキン 近侍学校での頑固さ
子どもという病
蟻 飢えている仲間に消化した食物を吐いて与える フランソワ=アルフォンス・フォーレル 湖沼学

社会が人類のあいだによってもってたつ基礎は、愛や同情ではなく、人類共同の意識である。相互扶助の実行によってえられる力の無意識的承認である。各人の幸福が総人の幸福と密接な関係にあることの無意識的承認である。また、各個人をして他の個人の権利と自己の権利とを等しく尊重せしめる、正義もしくは平衡の精神の無意識的承認である。この広大なかつ必然的な基礎のうえにさらに高尚な幾多の道徳的感情が発達する。(大杉栄「人類史上の伝統主義」『新小説』1917年10月)

愛や同情と切り離して考える。 →無意識、自然に体が動く、必然
「アナルコ・コミュニズム。実現すべきだとか、実現されうるとか、そういうことでもない。なにも考えなくていい、なにもしなくていい。群体のコミュニズムは必然である。」
1908年 屋上演説会事件 議会政策派と直接行動派
赤旗事件 治安警察法違反、官吏抗拒罪
神田警察署で拷問→重罪(2年半)
社会主義者が弾圧するために、権力が本気をだしはじめた
1910年11月29日に出所するまで、長い監獄生活
その間、父の死と大逆事件
爆弾で天皇を爆殺
1911年1月18日 26名のうち24名に死刑判決
翌日うち12名は無期懲役へと減刑
1月24日 幸徳ら11名が処刑 翌日菅野も処刑
「春三月縊り残され花は舞ふ」 黒い子どもはよく踊る。
 
第三章 ストライキの哲学

生は永久の闘いである。自然との闘い、社会との闘い、他の生との闘い、永久に解決のない闘いである。
闘え。闘いは生の花である。みのり多き生の花である。
自然力に屈服した生のあきらめ、社会力に屈服した生のあきらめ、かくして生の闘いを回避したみのりなき生の花は咲いた。宗教がそれだ。芸術がそれだ。
むだ花の蜜をのみあさる虫けらの徒よ。(大杉栄「むだ花」『近代思想』1913年8月)

「資本主義によって凝りかためられた生を爆破すること。その飛び火から爆発の連鎖をまきおこすこと。人間爆弾に点火せよ。人間の生に火をともす。1912年以降、大杉が力をいれていたのは、そうした爆弾のイメージをストライキとして理論化することであった。」
1912年10月1日 大杉、荒畑『近代思想』発刊
安成貞雄 早稲田人脈 アナトール・フランス
「科学と文芸とを兼ねた高等雑誌にしたい。世の中はだいぶ真面目になってきた。真の知識、真趣味の要求が、はなはだ盛んになっている。」
「大杉は「科学と文芸とを兼ねた高等雑誌」をつくりたいと考えていた。大杉にとって、社会主義とは軍隊や資本主義がしいる標準的な生きかたに抗することであり、自由奔放に自分の心と身体をふるわせることであった。クロポトキンの科学は、はじめから標準を設定してものごとを検証する科学を批判する科学であったわけだし、大杉が幸徳にひかれたのは、時代の風潮などまったく気にせずに、おもいきり自分がおもったことを表現している文芸そのものであった。とりわけ、大逆事件後の数年間は、しばしば「冬の時代」といわれるように言論界はしずまりかえっていた。幸徳のように、ほんとうにいいたいことをいってしまったら、むざんに殺されかねない。あれをいってはいけない、これをいってはいけない。処刑という現実を目の当たりにして、タブーがあるとおもいこまされる。社会道徳の名のもとに、思想が萎縮してしまう。これではいけない。いいたいことがいえないということは、生きていないのとおなじことだ。硬直化した思想に亀裂をいれること。なにものにも縛られずにおもったことをおもったように表現すること。大杉はそのために科学や文学を論じ、あらためて社会主義の魅力をひきだそうとしていた。よく大杉は「冬の時代」を乗り越えるために、文学の仮面をかぶって社会主義を復活させようとしていたといわれている。あたかも文学を政治的に利用していたかのようだ。しかし、そうではない。大杉にとって、幸徳のような筆の力、表現の力こそが社会主義であった。数年後、大杉と行動をともにすることとなる近藤憲二は、『近代思想』を「社会主義運動の復活を告げるラッパ」であったと評しているが、まさに大杉は、この文芸雑誌をたちあげることによって、社会主義を再生しようとしていたのであった。」
千葉監獄 2年半 百数十冊
生物学、人類学、社会学
ルイス『個人の進歩と社会の進歩』
ド・フリース 突然変異説 ベルクソン 創造的進化
ギディングズ『プリンシプル・オブ・ソシオロジー』 ウォード『ソシオロジー
社会秩序がどのように形成されたのかを人類学的に説明
グンプロビッチ 人種闘争説 征服国家論
「かれの理論は、ひじょうに単純明快であり、国家や社会というものは征服によってうみだされるというものであった。人種間の闘争の結果として、強い人間が弱い人間を支配する。そして、その支配者のもとでルールがつくられ、それがのちに国家や社会と呼ばれるようになる。グンプロビッチは、社会ダーウィニズム論者でもあり、他の論者とおなじように弱肉強食の世界を肯定しようとしていた。」
文藝評論を学ぶために、『早稲田文学』を手がかりに。
「『近代思想』誌上での大杉は、人間の自我に注目して、みずからの思想を展開するところに特徴があったが、そこにはあきらかに『早稲田文学』の影響が読みとれる。また、こうした自然主義の延長線上に、高山樗牛を読み、ニーチェの思想にふれていたことも、大杉の思想形成にとって決定的に重要であったといえるだろう。」
力への意志
梅森直之 ハクスリー『動物学における個性の完成』 遺伝子 「個体は生殖によって子どもをのこすことができるし、文章でも書いてのこせば、死んだあとになっても、他人に影響をあたえて個性を高めることができる」 ベコニアの葉を3分割しても
ベルクソン 創造的進化 爆発 力を跳躍
クロポトキン相互扶助+ニーチェ個性の完成、自我の力+ベルクソン創造的進化

斬り殺されるか、焼き殺されるか、あるいはまた食い殺されるか、いずれにしても必ず身を失うべきはずの捕虜が、生命だけは助けられて苦役につかせられる。一言にして言えば、これが原始時代における奴隷の起源のもっとも重要なるものである。(大杉栄「奴隷根性論」1913年2月)

主人に喜ばれる、主人に盲従する、主人を崇拝する。これが全社会組織の暴力と恐怖のうえに築かれた、原始時代からホンの近代にいたるまでの、ほとんど唯一の大道徳律であったのである。
そしてこの道徳律が人類の脳髄の中に、容易に消え去ることのできない、深い溝を穿ってしまった。服従を基礎とする今日のいっさいの道徳は、要するにこの奴隷根性のお名残りである。
大杉栄「奴隷根性論」)

>>劉邦(漢の高祖)の儒教の導入<<

征服だ!僕はこう叫んだ。社会は、少なくとも今日の人の言う社会は、征服に始まったのである。カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスとは、その共著『共産党宣言』の初めに言っている。「由来一切社会の歴史は階級闘争の歴史である」と。けれどもこの階級闘争の以前に、またそれと同時に、種族の闘争があった。そしてここに、この征服という事実が現れた。(大杉栄「征服の事実」『近代思想』1913年6月)

「大杉は、奴隷根性が植えつけられるプロセスを征服の事実と読んでいる。」
武力での反乱の抑圧 → 法律 → 国民教育
「それならばということで、征服者が講じたのが国民教育であった。一見すると、平等に教育がほどこされているようにおもわれる。だが、標準とみなされているのは征服者の言語であり、文化であった。被征服者は、自分たちの言葉や習俗が劣っているかのようにみなされ、標準にあわせるように求められる。それがあたりまえになってくると、被征服者は、自分たちが奴隷のようなあつかいをうけるのは、自分たちが劣っているからだとおもってしまう。参政権でも認められれば、それはさらに助長される。法律をまもり、征服者の論理にしたがえば、征服者の一員として認められる。もちろん、これは欺瞞である。征服の事実そのものは変わりないのだから。征服者にしたがえばしたがうほど、被征服者の奴隷性は深まっていく。」

社会は進歩した。したがって征服の方法も発達した。暴力と瞞着との方法は、ますます巧妙に組織立てられた。
政治!法律!宗教!教育!道徳!軍隊!警察!裁判!議会!科学!哲学!文芸!その他いっさいの社会的諸制度!!
そして両極たる征服階級と被征服階級との中間にある諸制度の人びとは、原始時代のかの知識者と同じく、あるいは意識的にあるいは無意識的に、これらの組織的暴力と瞞着との協力者となり補助者となっている。
この征服の事実は、過去と現在とおよび近き将来との数万あるいは数千年間の、人類社会の根本事実である。この征服のことが明瞭に意識されない間は、社会の出来事の何ものも、正当に理解することは許されない。(大杉栄「征服の事実」)

「時代がくだるにつれて、征服の方法も発達してくる。ひとたびそれが近代的であるとか、公正であるとかいわれるようになると、被征服者の多くが奴隷であることをよしとするようになってしまう。奴隷は、主人の命令に快楽をおぼえる。ご主人さま、教育をほどこしてくれてありがとう、参政権をあたえてくれてありがとう、軍人さんも、おまわりさんも、わたしたちを守ってくれてありがとうと。だが、これがありがたいとおもえるのは、主人の命令を聞いているかぎりである。奴隷が、奴隷自身の言葉で、奴隷自身の文化をかたりはじめたとき、かれらはすぐにとりしまりの対象になる。征服者によってばかりではない。おなじ被征服者からも、罵声をあびせかけられる。おまえたちのせいで、社会の恩恵をうけられなくなったらどうするのか、責任をとれるのか、この反社会的、反道徳的な賊徒どもがと。だが、それでもなお反逆してやることはできるだろうか。征服の事実にあらがうことはできるのだろうか。大杉は、躊躇せずにこういった。社会も道徳もくそくらえ。」

生ということ、生の拡充ということは、言うまでもなく近代思想の基調である。近代思想のアルファでありオメガである。しからば生とは何か、僕はまずここから出立しなければならぬ。
生には広義と狭義がある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。力はただちに動作となって現れねばならぬ。何となれば力の存在と動作とは同意義のものである。したがって力の活動は避け得るものではない。活動そのものが力の全部なのである。活動は力の唯一のアスペクトである。
さればわれわれの生の必然の論理は、われわれに活動を命ずる。また拡張を命ずる。何となれば活動とはある存在物を空間に展開せしめんとするの謂いに外ならぬ。(大杉栄「生の拡充」『近代思想』1913年7月)

「被征服者は、自我の力を拡張することができない。被征服者は、征服者の命令に絶対服従であり、自分の意志をもつことができないからだ。生きのびるためには奴隷になって働くか、法律でも教育でも、征服者が標準とよぶものをうのみにするしかない。やれることがあるとすれば、征服者のまねをしたり、征服者の役にたってまわりを喜ばせたりするだけだ。いつもまわりの評価が気になって、自分の力を自分で感じることができない。実のところ、征服者にしてもおなじことだ。いつのまにか、自分たちがつくったルールにしばられて、そのなかで優劣を競いあうことしかできなくなっている。ひとはみな社会の奴隷である。」

ここにおいてか、生が生きていくためには、かの征服の事実にたいする憎悪が生ぜねばならぬ。憎悪がさらに反逆を生ぜねばならぬ。新生活の要求が起きねばならぬ。人の上に人の権威を戴かない、自我が自我を主宰する、自由生活の要求が起きねばならぬ。はたして少数者の間にことに被征服者中の少数者の間に、この感情と、この思想と、この意志とが起こってきた。(大杉栄「生の拡充」)

大杉は、自我の力をぞんぶんに表現し、自由をつかみとることを芸術と呼んだ。大杉にとって、社会主義とは芸術なのである。
そして生の拡充の中に至上の美を見る僕は、この反逆とこの破壊の中にのみ、今日生の至上の美を見る。征服の事実がその頂点に達した今日においては、階調はもはや美ではない。美はただ乱調にある。階調は偽りである。真はただ乱調にある。(前掲「生の拡充」)

大杉 正気の狂人論 何度転げ落ちても、山の頂きを目指す
「くー」という瞬間
最高のストライキ
よりよい奴隷になるか、奴隷をやめるか
ワニと猿の比喩 賭博本能論
ジョルジュ・ソレルのサンディカリズム思想 フランスのCGT(労働総同盟)、アメリカのIWW(世界産業労働組合
ベルクソンの仮我と真我 ミーとアイ
「ソレルは、この二つの自我を社会にあてはめた。かれは仮我にあたるものを機械的装置と呼び、真我にあたるものを生きた有機体と呼んだ。憲法や立法、行政、司法などの政治制度はすべて機械的装置であり、人間を均質な空間のもとで操作可能な対象にしてしまう。また経済の領域では、交換のメカニズムがこの機械的装置にあたる。労働力でもなんでも、人間の活動が商品として抽象化され、カネで交換できるようにされてしまう。いくらカネを稼ぐことができたのか、それによって人間の有用性がはかられる。共通の尺度のもと、どういう生きかたをするべきなのか、その将来のありかたがはじめから決定されてしまう。いきぐるしい。これにたいして、ソレルは社会的にあらわれる真我のことを生きた有機体と呼んだ。いかなる尺度にもとらわれない無償の行為のうち、とりわけ政治的、経済的な行為がこれにあたる。労働運動をたちあげて、その意思決定を他人にゆだねるのではなく、いちから自分で、自分たちで考えていく。その結果のよしあしも自分たちしだいだ。なにかを生産するにしても、いくらカネがもうかったとかそういうことではなく、ただ大切なひとをよろこばせたいとおもう、それが生きた有機体だ。」
「議会政治をつうじて社会政策がとられるようになったとしても、労資交渉がうまくいったとしても、カネで労働者の待遇改善がはかられるだけだ。そんな数字をいじくっただけの部分的解決では、むしろ資本主義が強化されてしまう。ソレルによれば、社会問題の真の解決は、全的革命でなくてはならない。」

われわれが自分の自我――自分の思想、感情、もしくは本能――だと思っている大部分は、実にとんでもない他人の自我である。他人が無意識的にもしくは意識的に、われわれの上に強制した他人の自我である。
百合の皮をむく。むいてもむいても皮がある。ついに最後の皮をむくと百合そのものは何にもなくなる。
われわれもまた、われわれの自我の皮を、棄脱していかなくてはならぬ。ついにわれわれの自我そのものの何にもなくなるまで、その皮を一枚一枚棄脱していかなくてはならぬ。このゼロに達したときに、そしてそこからさらに新しく出発したときに、はじめてわれわれの自我は、皮でない実ばかりの本当の生長を遂げていく。(大杉栄「自我の棄脱」『新潮』1915年5月)

「資本主義のもとでは、わたしたちは自分の自我を生きていない。わたしたちは交換の論理を生きており、カネを稼ぐために、資本家の命令にしたがうのがあたりまえだとおもわされている。だが、ほんとうのところ、それはぜんぜんあたりまえではない。わたしたちの社会には、はっきりと征服の事実が存在している。交換の論理にしても、征服者である資本家がつくったルールにほかならないのであり、わたしたちは他人によって強制された自我を生きている。他人の命令に笑顔でおうじる。もううんざりだ。自我を棄脱しよう。他人によっておしつけられた、仮そめの、皮相的な自我を脱ぎ捨てよう。誰とでも交換できるような地位や責任なんて、放り投げてしまえばいい。なにもかも捨ててゼロにたっしたとき、そこから真の自我があらわれる。なにか特別なことをするわけではない。自分が楽しいとおもったことをやるだけだ。既存の評価なんてどうでもいい。いつだってゼロから開始し、いまここで楽しいことをすべて味わいつくす。ほんとうは意識していないだけで、ふだんからひとはこうした自我を生きている。それに気づかないのは、資本主義があるからだ。だからこそ、いちど無理にでも自我を棄脱し、ゼロにならなくてはいけない。大杉は、ソレルの議論を参考にしながら、こうした行為をストライキと呼んだのであった。」
1914年9月 およそ2年間で『近代思想』廃刊
原稿があつまらない 土岐哀果(善麿)『生活と芸術』に流れる。
廃刊の辞 理論(抽象)より実践(具体)
→『平民新聞』1号、2号、3号、すぐに発禁、5号
デモ 銀座 カフェ・パウリスタから出発 当時 司法省 尾崎行雄を非難
伊藤野枝 そのとき弱冠20歳 平塚らいてうのあとを継いで『青鞜』編集長
「無主義、無規則、無方針」
大杉30歳 初の評論集『生の闘争』新潮社
辻潤 神近市子
大杉 フランス語の授業(教室)、タルド「模倣の法則」などを講読
自由恋愛の三条件
1.お互いに経済上独立すること
2.同棲しないで別居の生活を送ること
3.お互いの自由(性的のすらも)を尊重すること
新潮社から絶縁状 カネがない 発禁にする内務省が悪い → 内務大臣後藤新平を訪ね、300円借りる。
堀に50円、伊藤に30円渡す
1916年11月6日葉山日陰茶屋事件 喉元をナイフで刺す。
宮嶋資夫 野枝を蹴りまくる
妹の死 世間から悪魔とののしられる 野枝との娘生まれる → 魔子
「もはや、大杉と伊藤に躊躇はない。社会なんていらない。道徳なんてくそくらえ。なにをやってもうまくはいかないのならば、なにをやってもいいはずだ。秩序紊乱。あれもいい、これもいい、ぜんぶいい。自由をむさぼれ。」
 
第四章 絶対遊戯の心
舟のへさきが打ち起こした波の行衛は、誰にもわからない。波は自らの道を拓いていく。いっさいを賭けて、未知の彼岸に漕いでいく。(「道徳非一論」『塵労』1915年10月)
大杉の死後の借金 1万5千円 → いまの約1500万円
野沢重吉の後家さんに、伊藤の羽織を質に入れた5円を渡す。 お手伝いさんが勝手にタンスから金を持ち出す。
近藤憲二、村木源次郎、和田久太郎、久坂卯之助 → 大杉グループ、大杉一派
「社会不適合者たちが、大杉を慕ってやってきた」
第一次大戦前後 工業化のレベルが一気に上がる
「フォードでは、工場にベルトコンベアが導入され、流れ作業によって効率的に部品を組みたてることで、T型自動車の大量生産を可能にしていた。そして、この流れ作業のスピードをひきあげるために導入されたのが、有名なテーラー主義であった。」=科学的労務管理
資本家=頭脳労働 労働者=肉体労働
大量生産、大量消費の時代 生活様式(日常生活)が大きく変化
サラリーマンやOLの誕生 グラムシアメリカニズムとフォーディズム」「人びとの日常生活が、大量生産のために合理的に設計されている」
日本も例外ではない 工業生産額が農業生産額を抜く 東京、大阪、名古屋、横浜など都市部の人口が倍増 東京ー横浜間の電車 山手線
三越呉服店がデパート宣言 万年筆 懐中時計 カメラなどが人気 洋服 食生活 和風洋食 米食
総合雑誌 → 大衆雑誌『キング』 映画(活動写真)サイレント映画に弁士 マキノ省三 尾上松之助
これが民衆芸術論の背景
教養などなくても誰でも楽しむことができる大衆的な文化が普及 
ロマン・ロラン『民衆芸術論』
江口渙、小川未明加藤一夫中西伊之助、宮嶋資夫、宮地嘉六 労働文学 → プロレタリア文学 平林初之輔
権田保之助の民衆芸術論 大杉と正反対
手工業(職人)→工場労働
権田『民衆娯楽の基調』刹那的、単純、刺激的 受け手を軽んじている
「権田は、大衆消費文化を賛美している。資本主義の問題は、あくまで労働者の肉体的な疲労や賃金の低さであって、それをいやしてくれるやすい娯楽さえあれば、なんの問題もなかった。アメリカニズムとフォーディズム。工場労働の問題は、工場労働の徹底によって解決される。」
✰この辺、まさにトレカ問題。トレカは民衆芸術。
『民衆芸術論』1.娯楽 2.元気 3.理知の光明
理知の光明とは、労働者が自分でものを考えられるようにすることである。ふだん労働者は、資本家に命じたことをこなすばかりで、自分のあたまを働かせる機会がない。だから、娯楽をあじわっているときくらい、自分のあたまを働かせたいとおもっているし、それが快楽になるというのである。
「大杉も権田も、当時のテーラー主義のインパクトを的確にとらえていた。テーラー主義は大量生産を可能にしたばかりでなく、人びとの日常生活も変容させようとしていた。街には安い商品がたちならび、カネさえ払えば、それ相応の快楽を手にすることができる。いわば大衆消費文化が到来しはじめていたのであるが、権田はこれをポジティブにとらえていた。ふだん労働者は忙しくて、時間がない。誰となにをして、どうやって遊ぶのか、それを一から考えている余裕なんてないほどだ。だったら、工場労働とおなじように、はじめからなにをするのかを決めてもらって、それにしたがっているほうが楽ではないだろうか。値段によって、なにがどのくらい楽しいのかを決めてもらって、カネしだいですぐにそれをあじわえるようにする。権田は、これを民衆娯楽と呼び、あたらしい社会に必要不可欠なものであるとしたのであった。
これにたいして、大杉は民衆芸術をつうじて、日常生活にまで浸透しつつあった工場労働のリズムをたたこうとしていた。」

生命とは、要するに、復讐である。生きていくことを妨げる邪魔者にたいする不断の復讐である。復讐はいっさいの生物にとっての生理的必要である。
(中略)
道徳とは、本然的に言えば、この生命必須の力の肯定である。自己にたいするおよび他人にたいするこの生活本能の尊重である。そしてこの尊重が、動物および人類の社会生活の根底であり、かつ正義の、自由平等友愛の、根本義である。(大杉「正義を求める心」『文明批評』1918年1月)

憎悪を表現することが民衆芸術

わたしは劇が好きだ。劇は多くの人びとをおなじ情緒のもとにおいて友愛的に結合させる。劇は、みんながその詩人の想像のなかに活動と情熱とを飲みに来ることのできる、大きな食卓のようなものだ。しかしわたしは劇を迷信してはいない。劇は、貧しいそして不安な生活が、その思想にたいする避難所を夢想のなかに求める、ということを前提とするものである。もしわれわれがもっと幸福でもっと自由であったら、劇の必要はないはずである。生活そのものがわれわれの光栄ある観物になるはずである。理想の幸福はわれわれがそれに進むにしたがってますます遠ざかるものだからついにはわれわれがそれに達するということはできないのであるが、人間の努力が芸術の範囲をますます狭めて生活の範囲をますます広めていくということは、もしくは芸術をもって閉ざされた世界すなわち想像の世界としないで生活そのものの装飾とするようになるということは、あえて言える。幸福なそして自由な民衆には、もう劇などの必要がなくなって、お祭りが必要になる。生活そのものが観物になる。民衆のためにこの民衆祭を来させる準備をしなければならない。(ロマン・ロラン『民衆芸術論』)

大杉一派よもやま話
1.近藤憲二 早稲田 『労働運動』 事務能力に長ける 『大杉栄全集』 無口で真面目 
>>大学行けなかったら、弟子入りうれば良い<<
渡辺政太郎 流浪の人生 片山潜の演説 北風会
 
2.村木源次郎 ご隠居 横浜海岸教会 大杉復讐を決行して逮捕
 
3.和田久太郎 性病 足尾銅山 ヤクザ 働けば働くほど借金 大阪を拠点 

4.久坂卯之助 ヴ・ナロード(「人民のもとへ」) キリスト
望月桂 黒曜会
「しかし近年、足立元『前衛の遺伝子』(ブリュッケ、2012年)で述べられているように、むしろ黒曜会のラジカルさはこの素人っぽさにあった。」
「大杉にとって、自分のもとにあつまってきたこの社会不適合者たちは、まさに民衆芸術そのものであった。素のままで生きること、ありのままの生を表現することをすでに実践していたのだから。」
 
第五章 気分の労働運動
演説会もらい
水沼辰夫 植字工 活版工 信友会
1919年11月 ワシントンDC 国際労働会議(ILO)第一回
友愛会 鈴木文治 桝本卯平 三菱造船 犬
ILO労働代表反対集会
労資協調 → 階級闘争

米国で有名な「科学的管理法」の著者テーラー氏は揚言して、労働問題とは畢竟賃金と時間との問題である、賃金を十分にやり時間を短くしてやりさえすれば、労働の不安不平は絶滅するといっている。もちろん、それはいかにして労働者の能率を高め、これによって時間の短縮と賃金の引き上げを実現することが可能なるかを最高の問題として考えられたものである…、がしかしこれが労働の人間性を益々激減しその商品性なることをさらに強く押し付ける…。今日の労働の最も苦痛とするところは労働に創意の伴わないことである。雇い主の命ずるがまま、ただ機械的に与えられた仕事に従うことが人間たる労働者にとって最大の苦痛なのである。(靖州「同胞の為に叫ばん」『正進』1920年4月)

職人がいなくなった

僕等は、自分の生活が自分の生活でないことを、まず僕等の工場生活から痛感している。僕等は自分の生活を、自分の運命を、ほとんど全く自分で支配していない。すべてが他人に課せられている。他人の意のままに、自分の生活と運命とを左右されている。
さきにも言った、労働者の生活の直接決定条件たる、賃金と労働時間との多寡は、まったく資本家によって決められる。工場内の衛生設備もそうだ。その他、職工雇入れや解雇の権力も、職工に対する賞罰の権力も、原料や機械などについての生産技術上の権力も、生産物すなわち商品の値段を決める権力も、すべてみな資本家が握っている。
僕等は、この専制君主たる資本家に対しての絶対的服従の生活、奴隷の生活から、僕等自身を解放したいのだ。自分自身の生活、自主自治の生活を得たいのだ。自分で、自分の生活、自分の運命を決定したいのだ。少なくともその決定にあずかりたいのだ。(大杉「労働運動の精神」『労働運動』1919年10月)

そういう職場とそうじゃない職場(クリエイティブ)

労働組合は、それ自身が労働者の自主自治的能力のますます充実していこうとする表現であるとともに、外に対してのその能力のますます拡大していこうとする機関であり、そして同時にまた、かくして労働者が自ら創り出していこうとする将来社会の一萌芽でなければならない。
繰り返して言う。労働運動は労働者の自己獲得運動、自主自治的生活獲得運動である。人間運動である。人格運動である。(大杉「労働運動の精神」)

→形骸化した
前掲 ストライキは愉快な喧嘩論
「殴るしかない。えらそうにしている資本家やその手先を殴りつける。まちがいなくクビである。だが、そんなことはもう関係ない。」
人生とはなんぞやということは、かつて哲学史上の主題であった。そしてそれに対する種々の解答が、いわゆる大哲学者等によって提出された。
しかし、人生は決してあらかじめ定められた、すなわちちゃんとできあがった一冊の本ではない。各人がそこへ一文字一文字書いてゆく、白紙の本だ。人間が生きて行くそのことがすなわち人生なのだ。

労働運動とはなんぞや、という問題にしても、やはり同じことだ。労働運動は労働者にとっての人生問題だ。労働者は、労働問題というこの白紙の大きな本の中に、その運動によって、一字一字、一行一行ずつ書き入れていくのだ。
観念や理想は、それ自身がすでに、一つの大きな力である、光である。しかしその力や光も自分で築きあげてきた現実の地上から離れれば離れるほど、それだけ弱まっていく。すなわちその力や光は、その本当の強さを保つためには、自分で一字一字、一行一行ずつ書いてきた文字そのものから放たれるものでなければならない。(大杉「社会的理想論」『労働運動』1920年6月)

「大杉にとって、資本主義がおそろしいのは、人間の行動パターンを一本化してしまうことであった。AといわれたらBをする。いくつかの行動パターンが決められていて、あとは指示されたとおりに動くしかない。なんどかそれを繰りかえしていくうちに、そうしないことがおかしいことのようにおもえてくる。資本主義のもとでは、人生そのものに一本線がひかれていて、すべては労働につながっている。学校にいくのは、よりよい仕事につくためであり、家庭をもつのはパートナーの仕事をささえるためであり、出世をしてカネをかせぐのはレジャーにいそしみ、仕事の英気をやしなうためである。どの人生の、どの段階にいても、ひとつの方向にむかうように駆りたてられてしまう。
しかし、これでは人間は奴隷とおなじである。人間には、自分があゆむべき道をいちから考える力がそなわっている。というか、それがなによりも愉快なのであり、誰もがそれをやらずにはいられない。学校にかよっていて、ほんとうに仕事のことしか学ばない人間なんて存在しないし、パートナーにしてもはじめから仕事がどうこうとか考えてつきあっていたわけではないはずだ。ただ学ぶことだけに、ただ遊ぶことに無我夢中だったのである。それがどんなかたちをとろうと、当人の勝手である。しかし、気がつけば、誰もが労働の一本道へとたぐりよせられている。どうしたらいいのか。大杉は、それに白紙というこたえをだした。いつもやっているように、つねにゼロ地点にたって、いちからものごとを考えられる状態にすればいい。時間の流れをとめること。あたまを空っぽにして白紙になること。ストライキ。それは人生の階梯をいったん中断させ、みずからの生をあらゆる方向にひらく行為であった。だから逆にいうと、社会主義だろうとなんだろうと、たとえ資本主義を批判したとしても、はじめから理想状態がさだめられて、それにむかってただしい労働者象などを説かれたのでは意味がない。それでは資本主義を再現してしまうだけだ。ストライキに賭けられていたのは、社会主義の理想状態にいたるただしい筋道をつけることではない。いまこの場にいかにして白紙状態をつくりだすのか、ただその一点であった。」
1920年8月 コミンテルン第三インターナショナル)の密使 李増林 大船から密航 上海へ
韓国 李東輝 中国 陳独秀 ロシア ヴォイチンスキー
帰国 神田青年館 日本社会主義同盟 創立報告大会
共産主義者 = ボルシェビキ = ボル派 ロシア革命スローガン「パン・土地・平和」
大杉『労働運動』 アナ・ボル協同
山川均「大杉君と最後に会ふた時」『改造』1923年11月
エマ・ゴールドマン、アレクサンダー・バークマンによるロシア革命の実情
労働者、農民は貧困 アナキストは投獄 新経済政策(ネップ)
「国営大企業にたいしては、あらたに労働法をつくって、経営者に専制的権力をあたえようとした。大切なのは生産性であって、それに支障をきたすようなストライキは認めない。むろん、こうした経済政策で得をするのは、富農層や経営者だけだ。このころのロシアでは、資本主義のわるいところが、資本主義以上にあらわれていたといっても過言ではないだろう。」
高尾平兵衛「なぜ進行中の革命を擁護しないのか――大杉栄氏に問ふ」
大杉の反論「生死生に答える」「無政府主義将軍」 ウクライナ マフノ運動 ネストル・マフノ
アナ・ボル論争 ―権力をとるか、気分をとるか?
八幡製鉄所罷工記念講演会 右翼はこのころから体制の犬
「日本ではどうしたら革命をおこせるのかという質問にたいしては、理論やイデオロギーではない、行動だ、本気がつたわれば、その行動がまた行動を呼びおこすのだと熱弁をふるった。」
1920年5月2日 日本初のメーデー 上野公園2000名
緊急動議 啓明会 教員組合 下中弥三郎 高等教育の無償化
1923年9月30日 大阪天王寺公会堂 総連合設立大会
大杉は批判 中央集権 組合帝国主義 ボルシェビキの独裁
山川均「無産階級運動の方向転換」『前衛』1922年7月 
「これまで、日本の社会主義者は少数精鋭であった。議会政策はあてにならないし、労使協調はなまぬるい。かんぜんに資本主義を離脱しようとしてきたのであった。もちろん、これで思想的に純化されるのであるが、しかしその一方で、資本主義にうたがいをもっていない大多数のひとびとからは孤立してしまう。これではだめだ。社会主義者は、自分たちがすすんだ前衛であることを自覚しなくてはならない。おくれた後衛たちによりそって、ただしい進路を示してやらなくてはならない。なにをすればいいのか。それをおしえさとすのが、社会主義者の政治である。それなのにアナキストときたら、いまだに政治はいらないの一点張りだ。まるで警官と乱闘を繰りひろげ、パクられることが社会主義者のあかしであるかのようだ。いいかげんに大人になれ。ひとりよがりに気分よくなろうとするのはもうやめよう。それが山川の提起したことであった。」
労働組合テーラー主義化
労働組合であったとしても、それが労働者を束縛するものでしかないのであれば、そんなものは資本家と変わらない。」
 
第六章 アナキストの本気
マルクス ←→ バクーニン
1922年11月20日 スイス サン・ティミエ「国際アナーキスト大会」 50周年
アンドレ・コロメル 招待状 問題はカネとパスポート
有島武郎 武藤重太郎(武藤山治の息子)に無心
「カネは自分で稼ぐものではなく、他人からもらうもの。」
列車の中でヒゲを剃り変装
神戸 上海 山鹿泰治 マルセイユ リヨン パリ
『ル・リベルテ―ル』社 林倭衛(画家) 大杉は酒を飲めない ひたすらコーヒー
『日本脱出記』 パリ、サンドニメーデーでがっかり
大杉「入獄から追放まで」
警察に捕まる 禁錮3週間 ラ・サンテ監獄
ビフテキやローストビーフ
白ワインをおぼえてきたぞ。「そして、酔っぱらって気分がよくなったのか、変な詩をつくっている。」

魔子よ、魔子
パパは今
世界に名高い
パリの牢やラ・サンテに。
 
だが、魔子よ、心配するな
西洋料理の御馳走たべて
チョコレートなめて
葉巻きスパスパソファの上に
 
そしてこの
牢やのお陰で、
喜べ、魔子よ
パパはすぐ帰る。
 
おみやげどっさり、うんとこしょ
お菓子におべべにキスにキス
踊って待てよ
待てよ、魔子、魔子。
(前掲、大杉栄「入獄から追放まで」)

アナ・アナ論争 アナルコ・サンディカリズム vs 純正アナキズム
反総同盟系全国労働組合自由連合会(全国自連)
大杉死後 八太舟三 サンディカリズム批判 「むしろ資本主義を補完している」

分業では一つの生産に従事するものは他の生産に対して責任と理解と興味とを持ちえない。したがって、分化せる生産を綜合するため、生産に従事しない人びとが生産に対して超越的に綜合することとなる。すなわち、一切の生産は生産に従事しない人びとの集団によりて綜合せらるることになる。

八太 DIYで農業+小さな工場 
「純粋なものを求めれば求めるほど、キュウクツになってしまう。主張されていた内容は、まちがっていなかったのかもしれないが、究極の理想にあわせようとすればするほど行動の余地が狭まっていく。いわば反セクトセクトの思考である。」
大杉のストライキはもっと広義の意味でのストライキ
レベッカ・ソルニット「災害ユートピア」 ←→ 関東大震災 朝鮮人大虐殺3000名以上 なぜか?
1923年9月1日 関東大震災
このころ、大杉は北新宿の柏木にすんでいた
馬場孤蝶荒畑寒村の家を見舞う
このとき、東京にいた社会主義者は、そのほとんどが捕まっている。
9月15日 辻潤、鶴見の弟を見舞う 甥の橘宗一をつれて帰る 
家に帰る寸前 東京憲兵隊大尉 甘粕正彦と四人の部下
大手町 憲兵隊司令部 リンチ→やく殺→古井戸へ放り込む
甘粕 軍法会議 「国家の荼毒を芟除せんとしたるに在るもの」 懲役10年 → 3年 → 満州で暗躍
岩田富美夫 右翼団体文化会 遺骨を奪う
12月16日 合同葬儀 谷中斎場 700名
大杉の父 清水の鉄舟寺 納骨を断る 失礼な寺 結局沓谷の共同墓地
大杉の仇討ち ギロチン社 中浜哲 古田大次郎
震災当時 戒厳司令官 福田雅太郎
長男ネストル病死
和田 本郷菊坂町 長泉寺 燕楽軒 銃撃失敗
村木 和田 身を益なきものにおもいなす
 
おわりに
(前略)まるで気ちがいだ、野獣だ。だが俺は、この気ちがい、この野獣がうらやましくってしかたがない。そうだ!俺は、もっと馬鹿になる、修行をつまなければならぬ。(大杉栄「野獣」『近代思想』1913年9月)
矢部史郎 海賊研究翻訳の後輩K あまりに金がない
「だが、いちどでもそれ(権威のある先生に媚を売って、職や出版社を紹介してもらうこと)をやってしまったら、大切なものをうしなってしまうような気がする。」
矢部たちがカンパしてくれた。2600円のコンバース
「さて、大杉栄は、資本主義の根底には奴隷根性があると言っていた。資本主義は、なんでもかんでも数量化し、善悪、優劣のヒエラルキーをもうけようとする。ひとは気づかないうちにそれがあたりまえだとおもいこみ、そのなかで高く評価されようと必死になってしまう。ほんとうは他人によって、自分の価値がきめられるなんてとてもおかしいことなのに、たくさんカネをもらえれば、なんだかほめられているようでうれしくなってしまうし、あまりカネをもらえなければ、自分はだめなんだとおもって落ちこまされてしまう。貧乏であることはわるいことであり、負い目に感じるべきものである。もっと働け、カネ稼げと。大杉は、この負債の感覚を奴隷根性とよんだのである。いつだって、もっと支配してくれといわんばかりだ。」
「どうしたらいいのか。大杉は、ストライキをよびかけた。工場でばかりではない。社会をストライキすること。資本主義では、ひとはよき労働者として生きることばかりでなく、よき消費者として、夫として、妻として、学生として生きることがもとめられている。それぞれのアイデンティティには役割がさだめられていて、より多く稼いだひとがえらいとか、必要もないのに高い物を買えるひとがえらいとか、高収入の夫をもち、子どもを生める女性はえらいとか、将来、労働者になるために勉強をする若者はえらいとかいわれている。そして、その役割を忠実に遂行したひとが道徳的にえらいのである。だが、そんなものによって人間の生がとてつもなくつまらないものにされているのだとしたら、アイデンティティも道徳も、まるごとかなぐり捨ててしまうしかないだろう。」
社会主義者や左翼活動家と、自分で自分にレッテルを貼って、型に嵌っても、それが生の萎縮につながる場合もある。
「だから、どんなに口きたなくののしられ、おまえは社会にとって無用な存在だとか、おまえは日本国民の道徳に背いているとか言われても、大杉はただひとつのことだけを信じていればそれでよかった。ありふれた生の無償性。他人のためになにかしてあげたいとおもうこと、ほどこされたものをありがたくうけとること、決して恩を返そうとはおもわないこと、自分がたのしいとおもうことだけをやってみること。なにも考えなくてもいい、なんの役にたたなくてもいい。それでもわきあがってくる、やむをえない生のうごめき。それが自由だ。「そうだ!俺は、もっと馬鹿になる、修行を積まなければならぬ」。遊ぶことしか知らない子どもたち。狂気にみちた猿たちの賭博。愚かな野獣たちは、なんどでもおなじことを繰りかえしてしまう。やっちゃいけないといわれても、たとえひどい目にあわされたとしても、気づいたらまたおなじことをやってしまう。いつだって頭は空っぽだ。生まれてはじめて味わうかのように、楽しいことだけにのめりこんでしまう。永遠だ。人間の野獣性を理想主義の衣でおおいかくすのはもうやめよう。もっと素直に、野獣でありたいとおもう。とまれ、アナキズム。」
 
参考図書 
鎌田慧 竹中労
黒旗水滸伝
平岡正明『犯罪あるいは革命に関する諸章』
松田政男『風景の死滅』
 
人物索引
 
1/12読了